公子、どぶさらいをする

 翌日も、お忍びで街に出た。

 俺は真っ直ぐに、昨日出会った老婆、アマンダのところへ向かった。


「アマンダ、何か困っていることはないか? 手伝うぞ」


 そう言うと、アマンダは奇妙なものを見る目で俺を見た。


「金持ちの道楽かい? それとも貴族の社会見学?」

「レベル上げだ」

「レベル……? 何だい、それは」

「何でも良い。<一日一善>がしたいんだ」

「はあ。変なお坊ちゃんだね。でも、儂の困っていることを、坊ちゃんが手伝うのは無理だと思うよ?」


 小馬鹿にしたようにアマンダが言った。


「何だ? 言うだけ言ってみろ」

「どぶさらいじゃ」

「どぶさらい?」


 何だそれは。


「側溝の掃除だよ。地域一斉清掃ってのがあってね。この街で暮らすには、どこの家からも、1人は人手を出さなきゃいけない。だけど、儂のところは、この婆の1人暮らし。なかなか大変なんだよ」

「掃除か。掃除なら<一日一善>になるな。やろう。今からか?」

「明日の午前中だよ。明日は休みだろ?」

「明日か。大丈夫だ」


 休日なら、朝から来られる。


「それはそうと、今日することはないのか?」


 <デイリークエスト>は、毎日やるものだ。


「ああん? じゃあ、昨日の井戸から、水でも汲んできておくれ」

「わかった」


《 老婆を手伝いました 経験値が上がります 経験値が+10されました 》

《 現在のレベル:-46 現在の経験値:330/1000 》


《 デイリークエスト<一日一善>を達成しました 》

《 <祈り><一日一善>がともに達成されました クエスト報酬で経験値が上がります 》

《 経験値が+500されました 》

《 現在のレベル:-46 現在の経験値:830/1000 》




 次の日早朝、約束通り、アマンダを訪ねると、一斉清掃の集合場所とやらに連れて行かれた。


 2人で、受付をしているおばさんのところへ行く。


「おはよう。今回は、儂の代わりに、この子が参加するから」


 受付のおばさんは、俺を見たまま固まってしまった。


「え…っと、アマンダさん、この美少年に何をさせるつもりで?」

「どぶさらいじゃ!」



 受付を済ませた俺は、側溝のふたを外す作業に加わった。

 中を開けてみると、なるほど、泥や落ち葉が溜まっていた。そのままにしておくと、水が流れにくくなり、大雨のときに、あふれやすくなるそうだ。

 蓋の開いた側溝に、シャベルを入れて、中の泥をかき出すらしい。


「この泥は、土みたいなものだな。なら、土魔法で動かせるか。クレイウェーブ!」


 側溝の泥が波打って、1か所に集まってきた。それを球体にまとめて、中の水だけを外に出した。

 ポタポタと、綺麗な水が泥から落ちていく。


「これはどこに持っていけばいい?」


 横でポカンと口を開けて、泥の球を見ていた男に尋ねた。


「……あ、向こうの空き地に」

「分かった」


《 街の掃除をしました 経験値が上がります 経験値が+100されました 》

《 現在のレベル:-46 現在の経験値:930/1000 》


《 デイリークエスト<一日一善>を達成しました 》

《 <祈り><一日一善>がともに達成されました クエスト報酬で経験値が上がります 》

《 経験値が+500されました 》

《 現在のレベル:-45 現在の経験値:430/1000 》


 街でのレベル上げは、色んなことができて面白いな。

 受付に終わったことを報告に行くと、参加賞のリンゴ1個と、おばさんが焼いたというパン、その隣のおばさんが焼いたというクッキー、その隣の隣のおばさんが作ったというアップルパイをもらった。



「アマンダ、終わったぞ。参加賞だ」


 アマンダの家に戻って、貰ったものをテーブルの上に置いた。

 彼女は疑わし気に俺を睨んだ。


「アンタ、本当に掃除してきたのかい? やけに服が綺麗じゃないか」


 アマンダは俺に近付いて、クンクンと匂いを嗅いだ。


「どぶ掃除に出て、石鹸の匂いをさせて帰ってくるものか?」

「ああ、汚れると家の者にバレるからな。身体に薄く結界をまとわせていたんだ」

「ハァ……」


 アマンダは大きなため息をついて、テーブルに置いたクッキーをボリボリと食べはじめた。


「この食べ物は、アンタの仕事で稼いできたもんだろう? 持って帰らないのかい?」

「いい。アマンダが食え。俺は帰る」


 昼食前に帰らないと。外出がバレたら面倒だ。


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