公子、老婆と出会う

 街中を1人で歩いた。

 付き添いが誰もいないのが新鮮だ。

 客引きの元気な声が聞こえてくる。街は賑わっていた。


 市場を抜けて、平民の居住区まできた。そこで、井戸水を汲み上げて運ぼうとしている老婆を見かけた。


「手伝おうか」


 老婆の持つ水桶に手をかけた。


「なんじゃ、アンタ、暇なのかい」

「ああ、そんなところだ」


 老婆について彼女の家まで行き、台所の壺に水を移した。


《 老婆を手伝いました 経験値が上がります 経験値が+10されました 》

《 現在のレベル:-47 現在の経験値:220/1000 》


《 デイリークエスト<一日一善>を達成しました 》

《 <祈り><一日一善>がともに達成されました クエスト報酬で経験値が上がります 》

《 経験値が+500されました 》

《 現在のレベル:-47 現在の経験値:720/1000 》


 簡単にデイリークエストを達成できた。

 遠征で村に行ったときに気付いた。直接平民と交流すると、<一日一善>がやりやすい。


「アンタ、暇なら、ついでに掃除もしていっておくれ」


 水運びを手伝ってやった老婆が、ギョロリとした目で俺を見上げていた。

 たしか、マリは<一日一善>するなら掃除だと言っていたな。俺にもついに掃除が出来るぞ。


「いいだろう」


 了承すると、老婆は俺に布切れを括り付けた棒を手渡してきた。


「何だ、これは」


 こんな棒で何をするんだ? 城のメイドたちは、こんなもの使っていなかったぞ。


「アンタ、はたきも知らないのかい? どんな生活を送って……、いや、大体分かるねぇ」


 いぶかし気に老婆が俺を見る。今の俺の服装は、シンプルなシャツと装飾のないズボンだから、出自はバレないと思うのだが……。


「まあ、いいよ。それでこの棚の上のホコリを払うんだ」


 トンっ!


「何、棚にはたきを叩きつけているんだい! 布の部分で、拭うようにやさしく……」


 ふむ。分かってきたぞ。この棚の上の白い綿みたいなのがホコリか。それを払って床に落とす。


「ところで、ご老人」

「何じゃい」

「ホコリならもっと上の方にたくさんあるぞ」


 老婆は背が低いから、見えないのかもしれない。今掃除している飾り棚より、向こうの食器棚の上の方に、たくさんホコリがたまっている。

 俺は食器棚の上を、はたきで払ってみせた。


「ごほっ、ごほっ……。いきなり何するんだいっ!」


 ホコリを吸い込んだ老婆に怒鳴られる。なるほど、ホコリが立った部屋にいるのは辛いな。これはきちんと掃除した方がいい。

 俺は目の前のテーブルにはたきを置き、持ってきていた付与魔法用のインクで、はたきの軸に魔法式を書き込み始めた。


「あんた、何をする気だい?」


 老婆は俺の手元のはたきをのぞき込み、顔をしかめると、何も言わず椅子に座って水を飲みだした。

 はたきの魔法式を書き終わる。


「使わなくなったコップなどないか? ご老人」

わしはご老人なんて名前じゃないよ。アマンダだ」

「そうか。アマンダ、何でもいいから筒状の入れ物をくれ」

「……この年齢の儂を呼び捨てにするかね」


 呆れながら、アマンダはひびの入った陶器の入れ物を俺に渡した。

 俺はその入れ物の表面にも、魔法式を書いた。



「完成だ」


 はたきと入れ物に魔力を流す。

 すると、はたきは独りでにふよふよと飛んで、食器棚の上のホコリを払いだした。

 さっきより大量のホコリが舞い上がるが、それは俺の作った入れ物に、吸い込まれるように入っていった。


「アンタ、魔道具職人だったのか」

「いや、趣味でやっている程度だ」


 ガシリと、老婆が俺の腕をつかんだ。


「何だっていいよ。ちょうどいい奴を捕まえた。ちょっとついてきな」


 俺を引っ張って家を出ると、アマンダはずんずん歩いて、1軒の小さな喫茶店に入っていった。


「おや、アマンダ婆さん、いらっしゃい。どえらいイケメンを連れてるじゃないか」


 ずかずかと店に乗り込んだアマンダに、店主が挨拶する。しかし、彼女は無視して、奥にある大きな箱の前に、俺を連れてきた。


「これを直しておくれ」


 箱を指してアマンダが言う。

 開けてみると、箱の内側の面には、びっしりと魔法式が書かれていて、中には楽器の弦のようなものが、何本も張ってあった。


「ふむ。魔法式の文字がかすれているだけだな。直せそうだ」


 箱を何枚かの板に解体し、それぞれに書かれている文字を、上からなぞったり書き足したりして、式を完成させた。

 再び、箱を元の形に組み立てる。


「直ったぞ」


 そう言うと、アマンダは箱に飛びつくように近付いて、上についたダイアルを回した。


 チャラ~チャララ~


 箱から音楽が流れ出す。


「おや、本当に直せたのかい」


 驚いた店主が俺に話しかけてきた。


「ありがとうね。修理に持って行ったんだが、古い型だから直せないと言われて、困っていたんだよ。新しいものに買い替えろなんて言われても、こんな爺婆ばっかりの店で、今更、設備投資なんてできないからねぇ」


《 魔道具を直しました 経験値が上がります 経験値が+100されました 》

《 現在のレベル:-47 現在の経験値:820/1000 》


「お喋りはいいから、近所の奴を呼んでくるよ。久しぶりにカラオケパーティーじゃ」


 アマンダが外に出て数分後、店の中に老人がぞろぞろと入ってきた。


「さあ、歌うよ。……ボエェ―、ボボエェ-……」


 突然、アマンダが鶏を絞め殺した断末魔のような声で叫びだした。

 周りの老人は、ノリノリで拍手を送っている。


《 街の老人たちの楽しみを取り戻しました 経験値が上がります 経験値が+500されました 》

《 現在のレベル:-46 現在の経験値:320/1000 》


 どうやら、街の老人たちは奇声を発する集会を開くのが楽しみらしい。

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