公子、父親を説得する

 ゴブリン退治から戻ると、父が辺境から帰ってきていた。

 以前に考えていた通り、レベル上げの時間を確保するため、父と交渉しよう。

 俺の父であるベルクマン公爵は、視察や遠征で城に居ないことの方が多い。話すなら早い方がいい。



「父上、お話があります」


 父の執務室で、もっと自分の時間が欲しいことを伝えた。


「家庭教師の時間を短くしろだと?」


 父にギロリと睨まれる。


「私も、自分で考えて行動する時間が欲しいです。家庭教師の言いなりは嫌です。午後2時くらいまでで、勉強は終わりにしたいです」

「生意気な……」


 父は熊のような大男だ。いかつい顔は、見ただけで子どもが泣き出しそうである。

 俺は母親に似た優男タイプなので、見た目には父と血の繋がっているところが全く見当たらない。ただ、声質がとても似ているので、喋ると親子だと分かるそうだ。


「お前は未熟だ。力のない者は、黙って従っていろ」


 父は徹底した実力主義者で、強くなければ、息子であろうと発言権は無い。

 俺はできるだけ涼しい顔で、じっと父を見た。父相手の交渉で、ビビったら負けだ。


「家庭教師に従って身につくものなど、王都の学園で、少し見栄を張るのに使える程度です。そんなものに時間を割くのは馬鹿らしい」

「思い上がるな!」


 ドンッドンッ!!

 室内だというのに、突然、父がこちらに向けてファイアボールを撃ってきた。

 これは、避けたら部屋がめちゃくちゃになる。


「氷壁結界!」


 俺はていねいに、全ての火を氷の結界で打ち消した。

 まったく。何で俺が父の部屋を守ってやってるんだ。


「ベルクマン結界? それも、私が攻撃したのを見てから発動したのか?」


 父が驚く。

 氷壁結界は、ベルクマン公爵家にとって特別なのだ。

 複合魔法の中には、貴族の家名がついたものがある。その家で代々、開発・改良が進められているものだ。俺はちゃんと、ベルクマン公爵家の複合結界を継承していた。

 俺が1周目の人生でこれを習得したのは15歳で、もう少し先のことだった。当時は発動するのにやっとで、実戦で即座に使うことは出来なかった。素早い発動は、17歳まで生きて、2周目を生きている今だから出来る芸当だ。


「ほう。口先だけではないようだ」


 父は剣を抜きながら、ゆっくりと俺に近づいてきた。

 ……この場で続ける気か。父の執務室って、高級家具だらけなんだが。

 俺はできるだけ物の少ない場所に立った。


「もう一度ベルクマン結界を出してみろ」


 言いながら父は剣に炎をまとわせた。部屋で火を使うな!

 仕方がないので、付近の家具や壁を護るように魔法の障壁を被せた。


「そうじゃない。しっかり見えるように結界を張れ」

「……氷壁」


 自分の周囲に氷のドームを作る。周辺の温度が下がっていった。


 ガシッ、ガンッ、ガンッ


 父が俺の作った結界を剣で思いきり叩く。

 みるみる魔力が消耗するが、守りに徹して耐えた。



「ふむ。お前に考えがあるというのは認めよう」


 十数回剣を振るった後、父は何事もなかったかのように仕事机に戻った。

 俺が結界で必死に守ってやらなかったら、その机の上の書類も危なかったんだからな。


「部屋を荒らさないように配慮するところは、エーリカに似たな」


 エーリカは俺の母親だ。

 このむちゃくちゃな父親で、領地の内政が意外としっかりまわっているのは、母の功績が大きい。

 父は魔物討伐に出てばかりなので、城内のことは、ほとんど母が管理している。だが、俺の教育の話になると、父のいないときに決めたら、絶対に後でもめるのだ。

 まあ、口で勝てない母を説得するよりは、父に挑む方が楽な気もする。

 父が腕力で説得できるタイプで良かった。これでレベル上げの時間を確保したぞ。




 翌日、午後2時からは俺の自由時間となった。


「しばらく1人で集中する。ぜったいに、部屋には誰も入れるな」


 メイドのマリに向かって宣言した。


「は……はい。」

「ん? 何だその顔は」

「い……、いえ。坊ちゃんもそういう年頃ですからね」


 メイドのマリは、妙にニコニコしながら、「14歳といえば、多くの少年が心に病を……思春期ね……」などと呟いて部屋を出て行った。


 マリが納得した理由はよく分からないが、協力的なんだから問題ないだろう。

 俺はドアに付与魔法を書いた紙を貼り、魔力を通した。


「これで誰も入れない」


 クローゼットを開け、一番地味に見える服を選んで着替えた。


「身分があるから掃除も出来ないんだ。なら、身分を隠せばいいじゃないか」


 俺はお忍びで街に行くことにした。


「レヴィテート」


 浮遊魔法で窓から外に出る。城外に出ると、身体強化魔法を使って走り出した。



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