公子、メイドを泣かす

 翌日は、<デイリークエスト>を達成できなかった。

 時間がなかったせいだ。

 こういうとき、貴族というのは不便だ。

 大貴族なら、家庭教師も使用人も、何人でも雇える。しかし、雇った奴らによって、俺の自由が奪われていく。

 その上、親の監督権が強いので、いくら高貴な血を持っていても、親が命じると、奴隷のように行動を制限された。


「レベル上げの時間を確保するには、父を説得するしかないだろうな」


 公爵家の当主である父が認めれば、自由にできることが増える。

 父は恐いが、戦闘能力偏重の実力主義者なので、力を示せば交渉できると思う。


「まあ、父上が帰ってくるまでは我慢か」


 彼は現在、辺境へ魔物退治の遠征に出ていて、不在だった。

 しばらくは、短時間でできる<一日一善>のアイデアを探しておこう。


「その、何をしたら、善行と評価されて経験値がもらえるのかが、未だに分からないんだよな。人のために何かするなんて、考えたこともない人生を送ってきたから。俺の発想力が乏しいのかもしれない。誰かに相談してみるか」


 まずは、朝の支度に来てくれたマリに尋ねてみた。


「マリ、<一日一善>するなら、何をする?」

「坊ちゃん、そんなことを考えてらしたのですか? 先日から人が変わったみたいですよ」


 自覚はある。以前の俺は、使用人のやることにちょっとでも気に入らないところがあったら、怒鳴り散らすような奴だった。


「来年には王都に行くから。大人になろうと思ったんだよ。それより、<一日一善>だ。何か案はないか?」

「そうですねぇ。私だったら、掃除でもしますが」

「掃除か! それをやろう!!!」


 なるほど。やっぱり、貴族は浮世離れしているんだろうな。その発想はなかった。


「だ……ダメです! 坊ちゃんは公爵家の跡取りなんですよ。掃除なんかしたらダメです。私が坊ちゃんに掃除するように諭したなんて知られたら、私、鞭で打たれてこの家から追い出されてしまいます」


 大慌てのマリに止められた。


「……そうか」


 もしかして、公爵家の立場が邪魔か? 勉強で忙しいし。

 家出した方が、レベル上げしやすいんじゃなかろうか。

 それに、俺が知る未来では、悪魔の侵攻で、公爵家は跡形もなく滅んでいる。俺が継げる公爵家はなくなるんだ。


 でも……。

 悪魔によって、公爵家だけでなく、王国も滅ぼされる。勇者を中心に、抵抗は続けられたが、面で侵攻する悪魔に、点でしか対抗できない勇者では、守れる範囲が狭すぎた。

 人々は国外に逃亡し、誰もいなくなった土地は全て魔物の領域となって、王国は地図から消えた。


 1人で隠れ住んで、悪魔の誘惑にかからなかったとしても、国から人がいなくなる世界は地獄だ。

 影響力のある公爵家の立場を捨てずに、国の滅亡を回避する方がいい。

 いずれどこかで逃げるにしろ、今はまだ、最善の結果を求めていよう。


「マリ、俺にもできそうな、<一日一善>は思いつくか?」

「そうですねぇ。魔物退治とかでしょうか」

「却下。殺しはだめだ」


 植物の枝を折るだけで減点だぞ。魔物でも、殺したら多分ヤバい。


「うーん、寄付とかは?」

「もうやった」

「うぅ。思いつきません」


 答えを出せないマリが、泣きそうな声で言う。


《 女性を怯えさせました 経験値が下がります 経験値が-50されました 》

《 現在のレベル:-50 現在の経験値:410/1000 》


 うそぉ。今ので下げられるのかよ。


「すまない、マリ。難しいことを聞いた。気にしないでくれ」


 マリの頭をポンポンと撫でながら謝る。


「坊ちゃん……」


 ぶわりとマリの目から涙があふれた。

 ちょっと、何でさらに泣き出すんだよ!?


「セリム様が、お優しくなられた。うぅ……。マリは、とても嬉しいです」


 今までどんだけ俺にストレスかけられてたんだよ。

 罪悪感でキツくなってきたぞ。


 

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