第4話「転生者•前編」

突如として現れた女性––マダム・アルグワーツの言葉に、優愛は疑念を抱いた。


「……彼方の、空? それは––」


「アーヴェン」


優愛の質問を遮り、マダムは誰かの名前を呼んで指を鳴らした。

––瞬間、優愛とマダムの間に赤いローブを着た長身の––マダムより大きい––痩せぎすで、太く短いツノを持つ男性と、白く大きな機械的なモールドが彫られた、棺のようなものが現れた。

優愛は驚愕した。先程まで影も形もなかったはずの目の前の男性及びに物体が、突然現れたからだ。これはまるで––。


「これが転送魔法です。この部屋には何があってもいいようにこうやって、魔法陣を仕掛けているのですよ」


「っ!」


優愛の心を見透かしたように、マダムが微笑みながら言った。


「私の言葉の真意には、今アーヴェンが持ってきたこの棺が関係しているのですよ、彼方の……失礼、名前は?」


「……久野、優愛。えっと、久野が苗字で、優愛が名前です」


「! まぁ、なるほど……名付けの仕組みも違うのですね」


マダムは優愛の名前を聞くなり意外そうで、それでいて知的探究心を刺激されたような表情になった。


––アルフィとそっくりだ。あ、でもやっぱりアルフィの方が凄かったな、色々と。


優愛がアルフィのキラキラとした目を思い出しながらそんなことを思っていると、軽く咳払いをしたマダムが話し始めた。


「まず、この世界について説明しておきましょう。この世界には4種のヒトが存在しています。まずは、エルフ」


マダムの言葉に合わせて、いつの間に用意していたのか、先程のアーヴェンという男性が図解の書かれた紙を優愛に向けていた。


––何なんだ、一体。


優愛がそれに目を向けると、そこには風を操っている、耳が長く尖った男女が描かれていた。


「エルフは魔力に優れており、様々な魔法を扱う長寿の種族です。それ故か他の種族を見下す者も多いのですが……今は置いておきましょう。次は、鬼人」


アーヴェンはエルフの絵をポイッと捨て、今度は額から細長い2本のツノを生やした、火を吹いている男女の絵を取り出した。


「鬼人はかつて存在したと言う『オニ』なる生き物から名付けられた、と言われています。彼らもまた長寿で、彼らだけの異能である妖術を扱える種族です」


アーヴェンは、今度は獣のような耳と尻尾を生やした男女の絵を取り出した。


「彼らは獣人。特別な異能もなく魔力に優れているわけではありませんがその分、瞬発力に優れているため非常に素早い行動を可能にしています。そして––」


マダムとアーヴェンは、両手を広げた。


「我ら、ドワーフ。ドワーフはエルフほどではありませんが魔法を器用に扱えます。しかし、最大の特徴は……」


そう言ってマダムは、右足で床を思い切り踏みつけた。

––すると、床がまるで豆腐のように簡単に崩れ、波紋状のクレーターができた。


「この、筋力です」


「……」


「この、筋力です!」


「は、はい!」


呆気にとられた優愛に向け凄い気迫で筋力を自慢したマダムは、再び軽く咳払いをして言葉を続けた。


「と、このように。この世界にはこれらの種族が暮らしていますが、あなたのような、『ニンゲン』と言う種族は存在しないのです」


人間が、存在しない。その言葉を聞いた優愛の呼吸が、一瞬だけ止まった。


––どう言うことだ? それじゃ、この世界は、まるで。


薄々は感じていた。しかし、認めたくなかった事実だった。

松明が揺れている。メラメラと、優愛と世界の境界線をなくしていき、やがて。


「僕のいた世界と、違う」


––ポロリと、その言葉がこぼれ落ちた。


「……我々アルグワーツには、代々語り継がれてきた伝説があります」


マダムは棺に左手の指を添え、穏やかに語り出した。


「『大いなる災い目覚める時、神に選ばれし棺の者、邪悪を打ち倒さん』……恐らく、あなたは使命を果たすべくこの世界へ呼ばれたのでしょう」

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