第3話「法廷」
「成る程成る程……つまりあなたは大切なご家族を庇って事故に、気がついたらお嬢様のベッドで寝ていた、と。そうおっしゃりたいのですね?」
「はい、そうです」
先程、目の前の細長いツノを持つ、長身の金髪をポニーテールにしたメイド服の女性が全身全霊の絶叫を轟かせた後、直ちに駆けつけた立派なツノの生えた屈強な男性たち––恐らく兵士—によって優愛は捕らえられ、地下の裁判場のような場所に連れてこられていた。
現在優愛は裁判所で言う被告人席のような場所に立たされており、目の前の女性による尋問を受けていた。
周りには老若男女問わずツノの生えた人々が怪訝な表情で優愛に厳しい視線を投げかけており、優愛のすぐ隣には物凄く気まずそうな表情を浮かべたアルフィが目線を泳がせながらおずおずと立っていた。
「成る程成る程、可哀想にそれは大変でしたね……なんて言うと思います?」
「……全然」
優愛は疲れていた。自身の置かれた状況を整理すればするほど、全くわけがわからなくなってしまうためだ。
愛美を庇ってトラックに撥ねられたと思ったら真っ暗闇の中にいて。
そこから出たと思ったらアルフィの前で痴態を晒し、その後和解……かと思ったら変に詰め寄られて、気づけばこの様だ。
さらに困ったことに、それらを丁寧にこの女性に説明しても、氷柱の如き冷徹な目線で優愛を貫くだけであった。
「あなたの言い分が真だと仮に認めましょう。しかし、一体何故あなたはわざわざお嬢様の部屋へ飛ばされたのです? あそこには転送の魔法陣を仕掛けた覚えはありません」
一呼吸おいて、女性が続ける。
「––本当は、何が目的で?」
優愛は、それを顔を顰めて聞いていた。
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アルフィは内心気が気でなかった。何を隠そう、優愛が自身の部屋にいたのは、他でもないアルフィ自身のせいだったのだ。
いつものようにみんなに内緒で屋敷から出て探検に出かけていたアルフィは、森の中で全裸の、自身と歳が近そうな少年が倒れているのを発見した。
男性の裸体を見たことがなかったアルフィは赤面して取り乱したが、その少年をそのままにしてはいけないと思い、必死の覚悟で少年を抱え屋敷まで急ぎ、自室で服を着せ、念のため回復魔法をかけたのである。
その少年こそが現在法廷に立たされている少年––優愛である。
アルフィは優愛が連行される直前、彼の潔白をいま彼を糾弾している女性––アーヴィに説明した。しかし……。
『お嬢様、先程は大変失礼なことを口走ってしまい、大変申し訳ございませんでしたっ!
しかしこのアーヴィ、既にわかっております。––あの男がお嬢様をたぶらかしたのでしょう? ええ、そうです、そうに決まっております! ならばこのアーヴィ、全力で彼奴を成敗いたします!』
––といった様子で、全く聞き入れてもらえなかった。民衆に声をあげようにも、今この雰囲気で立ち上がる勇気を、生憎アルフィは持ち合わせていなかった。
「……あなたが行ったのは我らの長、アルグワーツ家の時期当主であるアルフィ・アルグワーツ様への極めて不遜な行為です。一体どんな魔法を使って忍び込んだんですか?」
部屋の扉の左右にある松明の火がゆらゆらと揺れている。
このままでは、優愛は罪人として刑罰が下されるだろう。
––一体、どうすれば。
途方に暮れるアルフィ。アーヴィは今も優愛を睨み続けている。民衆たちも様々な感情を秘めた目線を彼に送っていた。
そんな中、優愛がついに口を開く。
「ふざけてるんですか。魔法だなんて……使えるわけないでしょ」
「何を惚けたことを……。両耳が見えづらいですが、あなた、エルフですね? エルフといえば魔力に優れた種族。魔法を使って犯行を行ったと考えるのが当然––」
「いやだから、ふざけないでくださいって。それになんですかエルフって。僕は––」
アーヴィの言葉を苛立った様子の優愛が遮る。そして優愛は耳を覆っていた茶色い髪の毛をかき上げた。
––そこにあったのは、尖ってもいない、特徴のない丸い耳。
「ただの人間ですよ。て言うか魔法なんて、そんなの現実にあるわけないでしょう?」
「––は?」
法定が、ざわついた。
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優愛は混乱していた。自身を取り巻く混沌に疲れ、苛立った優愛が自身が魔法使いでもなく人外でもないただの人間であることを表明した瞬間、まるで目の前の女性や民衆の目が妖怪か何かを見るような目線を投げかけてきたためだ。
「あの……え、ちょっどうしたんです、か……?」
「……ユーア」
「あ、そだアルフィ! アルフィからもなんとか––」
「あなた一体何者なんですかっ!?」
アルフィは、優愛がたじろぐのも気にせず目をキラキラと輝かせ優愛の両手をがっしりと掴んだ。
「すごいすごいすごい! エルフでもドワーフでも鬼人でも獣人でもない、ニンゲンだなんて、それに丸い耳なんて、しかも魔法の存在も知らないヒトなんて! 私初めて見ました! ニンゲンっどんな種族ですかどこの国から来たんですかどうやって生活してるんですか今までどうやって生きてきたんですかーっ!?」
アルフィは非常に高いテンションで矢継ぎ早にペラペラと言葉を紡ぎ、やがて優愛を物凄い力で上下左右、時々斜め方向に振り始めた。なお、やはり優愛が死にかけているのは一切目に入っていない様子である。
––一体、何がどうなってるのさ、ほんとに……。
優愛が本日3度目の失神を起こそうとした、その時。
「––私抜きで裁判をするな、と。何度いえばわかるのです、アーヴィ」
落ち着いたその声が聞こえてきた瞬間、暴走していたアルフィも、そして騒がしかった民衆たちもピタリと押し黙った。優愛は地面に叩きつけられ意識を取り戻した。
扉から優雅に出てきたのは、この場にいた誰よりも大きくたくましいツノを持った、魔法使いのようなローブを羽織っている凛々しい雰囲気を醸し出す老齢の女性だった。右手には、美しく輝く水晶がはめられた長い杖を携えている。
「ま、マダム! なぜ!」
優愛を糾弾していた女性––アーヴィは慌てた様子でマダム、と呼ばれた女性に向け声を投げかけた。
「アルグワーツの現当主はこの私。理由はそれで十分でしょう」
「しかし……!」
「……あなたの気持ちはわかっています。ですがこれは、私の仕事。あとは私がやります」
なおも食い下がるアーヴィに対し、女性は微笑みを向けた。その笑みは深い慈愛に満ちており、それを見たアーヴィは落ち着きを取り戻した様子でぺたんと腰をついた。
女性はアーヴィから視線を外すと、怯えたように小刻みに震えているアルフィに声をかけた。
「アルフィ。あなたの優しさはとても美しい、何より大切な宝です。しかし……今のように客人を法廷に立たせるのは感心しませんね。今晩は説教です」
「っひぃ! お、おばぁ様〜!」
「怯えてもダメです。後で私の部屋に来るように」
アルフィはその言葉にすっかり意気消沈した様子で、ガックリと項垂れていた。
そしてついに––女性は優愛の方を向き、語りかけた。
「ドワーフの森へようこそ。私はマダム・アルグワーツ。初めまして、彼方の空からきたヒトよ」
マダムの持つ杖の光が、優しく優愛を照らしていた。
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