第2話「少女の名」
「……?」
優愛が目覚めると、目の前には木造と思われる天井が広がっていた。
「……知らない天井—」
「あ、大丈夫ですか!?」
ベッドで寝ていた優愛の率直な感想を遮るように、先程の少女が身を乗り出して話しかけてきた。
「ごめんなさい、その、急には、裸で来られるものだから、こう、エイッ! と……」
少女が言うには、優愛が眠っていたのは彼女が原因らしい—優愛の前頭部には大きなタンコブができていた—。それを聞いた優愛の中で、ある疑問が浮かんでいた。
−−なんで僕、眠ってたんだっけ。確か……。
先程の自身の行動を思い出した優愛は徐々に顔が青くなっていった。それもそのはず。いくら愛美のことで切羽詰まっていたとはいえ、見ず知らずの少女に裸で迫ってしまったのだ。しかも優愛は現在、ローブを着用している。つまり、目の前の少女が恥を忍んで着せてくれたと言うことに違いない。
優愛の中で、罪の意識が爆発寸前になっていた。そして—。
「でも、ご無事みたいで良かったです。もうあんなこと、しないでくださいね?」
−−優しく微笑む少女のその言葉で、限界を迎えた。
「……う」
「う?」
「うゔぁあああああああああああああああああああ!」
「ひぃ!?」
優愛は叫んだ。罪悪感・羞恥・懺悔……それらの感情が胸から張り付いたように離れてくれず、少しでも振り払うために力の限り叫んだ。
「ああああああああ、うんふ、ぬぅ! おわぁああああああ!」
「おおおお落ち着いてくださ、あぁ、頭打ち付けちゃだめ、ダメですーっ!?」
少女が必死の説得をするも、優愛は全く聞き入れる様子がなかった。
優愛の発狂が治ったのは、再び少女が優愛の前頭部にチョップを喰らわせ、眠らせたあとであった。
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「あの、ほんとに大丈夫なんですか……?」
「……なんとか、ね。それよりも、本当にごめん。なんて謝ればいいのか……」
少女は困惑していた。いきなり全裸で求婚紛いのことをしたかと思えば、今度は発狂。そして現在は先程までの暴挙が嘘だったかのように潮らしくなっている、目の前の女性のような顔立ちの少年に。
「……反省しているのなら謝罪は結構です。でも、本当に怖かったんですからね? あなたの行動全部」
「もう二度としません……」
「当たり前ですっ!」
少女は目の前の少年に対し軽い説教をした後、優しく微笑み、右手を胸に添えた。
「え?」
「自己紹介がまだでしたね。私はアルフィ。アルフィ・アルグワーツと申します。以後お見知り置きを」
綺麗な動作で挨拶をする少女—アルフィに対し、少年は困惑した様子であったが、アルフィと同じく微笑んだ。
「……僕は、久野優愛。こちらこそよろしく、アルフィ」
「クノ、ですか。いいお名前ですね!」
「はは、逆だよ逆。久野は苗字で優愛が名前。まぁ外国だと違うみたいだけど」
「……え?」
アルフィは自身の耳を疑った。外国も何も、普通は名前の後に苗字が来るのに対し、まるで目の前の少年ーー優愛は自分はそうじゃないと言っていたからだ。
普通の人間なら、彼の無教養を嗤うだけで終わったのかもしれないが、アルフィは違った。
「ってこんなことしてる場合じゃないな……アルフィ、ここはーー」
「ユーアっ!」
何か言おうとしていた優愛の言葉を遮り、アルフィは彼に顔を近づけ問を投げかけた。
「あなたは何者ですか!?」
「……へ?」
「苗字の後に名前が来る人なんて、見たことも聞いたこともありません! あなたは一体、どこからきたのですか!?」
「ちょ、近……いや君、何言って……」
アルフィは知識に貪欲であった。知らないことがあれば知っている人に教えてもらうまで付き纏い、本をページが破けるまで血眼で読み漁った。
今回もまた自身の常識が通用しない人物が目の前にいたため思わずスイッチが入ってしまったのである。
−−故に気を回せなかった。これから起こる最悪の事態に。
ドンドンと忙しない足音が迫り、部屋の扉が慌ただしく開けられた。
「お嬢様っ!? 一体いつお帰り、に……」
扉を開けた者—アルフィの専属メイドのアーヴィが見たのは、アルフィが自身のベッドに婚約者でもない男を半裸で寝かせ、その男に必要以上に顔を近づけているアルフィの姿だった。
「……あ」
「あ、えっと、どうも」
アーヴィの方を向き血の気が引いていくアルフィと、気まずそうに挨拶する優愛。そんな二人を見て、ワナワナと震えたアーヴィは—。
「お、お嬢様の、不貞者ぉおおおおおっ!」
−−力の限り、叫ぶのであった。
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