第1話「復活、生まれたままの姿」

真っ暗な空間で優愛は目を覚ました。


ーーここは、どこだ?


優愛はとりあえず立ち上がろうとしたが、なぜか身動きが全くできなかった。それどころか、瞼も口も全く開かない。


ーーまさか。


何もできない闇の中、優愛は自分の身に起こったことを思い返していた。

いつものように妹を学校に送っていく途中で、交差点の横断歩道を渡っていたら信号無視のトラックが自分たちに向かってきて、咄嗟に愛美を庇い、そのまま。


ーー僕、死んだのか。


事を理解して、優愛は急速に身体が冷えていくのを感じた。もう決して戻ることのできない後悔、死の恐怖、そして最愛の妹にもう会うことができないという事実に、動かない身体が震えているような錯覚を覚えた。


ーーまだ、死にたくないのに。


優愛は死を拒んだ。もう遅いとわかっていても。


ーーまだ、生きたかったのに。


優愛は生を望んだ。肉体は朽ち果て、既にできることなどないとわかっていても。


ーーまだ、愛美の……愛美の事を、独りにしたくないのにっ!


優愛は嘆いた。まだ幼い、誰よりも大切な妹が孤独になってしまうのを。

ーー家族を失う悲しみを、味合わせてしまう事を。


ーーいやだ。


優愛は心の中で叫び続ける。意味がないとわかっていながら。


ーー僕は死にたくない! 死んじゃいけない!


僅かでも、奇跡を起こすために。


ーー約束したんだ、愛美を守るって! 絶対幸せにするって!


そうして、叫び続けて。


ーー僕は、死なない! 死んで、たまるかっ!


目の前に、暖かい光が差し込んだ。


##################


優愛が目を覚ますと、目の前には木造と思われる天井が広がっていた。


「……え?」


思わず飛び起き、自身の身体を確認した。

衣服の白いバスローブのような肌触りの良い布だけだったが、手が動き、足はあり、熱もあるーー全て普通、そこには命が確かにあった。


「……?」


優愛は上半身だけ起こしたまま、思わず周りを見渡した。

優愛が現在いる場所は木造の建物の中のようで、若干隙間のある木の板の床には布が敷かれ、同じような作りの壁と天井、そして今優愛が眠っていたらしいベッドと、その横に置かれた椅子には。


「……ツノの生えた、女の子?」


銀髪に黒い山羊のツノのようなものが生えた少女が俯いてちょこんと座っていた。顔はよく見えない。


「……」


その少女は物珍しい風貌をしていた為、優愛はよくないと知りつつもじっと観察してしまった。

少女の服装は民族衣装を思わせるもので、上半身の白いブラウスは肩の部分だけ膨らんでおり、胸から膝にかけてーー腰の部分は黒い紐で結ばれているーー青を基調とし複雑なオレンジ色の模様が入った細い前掛けが垂れていた。白いズボンは裾以外膨らんでおり、なぜか左右の腰から膝の上部分だけ露出し、白い肌が丸見えだった。


「……なるほどね、そういうことか」


優愛が顎に手を当てここでの出来事を踏まえて結論を出したとほぼ同時に、少女が顔をあげた。

眠っていたのだろうか、少々目が腫れぼったく口元によだれの跡が見える。しかし、それらの要素があっても目の前の少女はまるで映画やドラマの主役なのかと思ってしまうほど美しく、可愛らしい顔をしていた。


「……ん? ん!? はぅあ!?」


寝ぼけていたらしい少女は、どうやら起きていた優愛に驚いたらしく、素っ頓狂な声をあげ立ち上がった。


「ご、ごごごごめんなさい! お客様だというのに、もてなすのも忘れて寝こけてしまうなんて……! あぁぁ、アルグワーツ家にあるまじき失態、なんたる不遜……」


およよ、という効果音がつきそうな程、目の前の少女は百面相で自身の恥を悔いていた。

優愛はそれに面食らいつつも、少女に穏やかに語りかけた。


「大丈夫。その気持ちだけでも嬉しいよ、ありがとう」


「そ、そうですか? それならよかーー」


少女の言葉を遮り、優愛は少女の小さな両手をがっしりと掴んだ。


「ほぇ?」


「一目でわかった。ーー君は、天使だ」


「……へ」


意味がわからない、といった様子で少女は優愛の目を見つめていたが、先ほど優愛に言われた言葉を理解したのか徐々に顔が赤くなっていった。


「は、はいぃ!?」


「僕には君が必要なんだ。僕は、君が欲しいんだ!」


「な、な、な、何を言って……!?」


優愛が突然こんな奇行に走ったのには理由がある。

1つは、愛美がまだ幼稚園通いの頃読み聞かせていた本が女性の天使が出てくる話が多数だったこと。

2つは、優愛がここが死後の世界だと誤解してしまっていること。

そして3つ目、そんな優愛の頭の中の思考はこうだ。


ーー死後の世界に可愛い女の子。つまり、この娘は天使! 実際天使みたいに可愛いし、多分この娘なら僕のこと生き返らせてくれるかもしれない!


ということだ。そのためにもこうしてアプローチを図ったわけだが……。


「頼む、付き合ってくれ!」


「そそ、そんな、いきなり言われても……!」


ーー誰がどう見ても、これはただのナンパであった。


「と、とにかくダメです! 私には、その、一応許嫁がいますし……」


真っ赤になりつつも優愛の手を払いそっぽを向いた少女の言葉に、流石の優愛も疑問に思った。天使に許嫁なんて制度があるのか、と。しかし。


ーー死後の世界も大変なんだなぁ。でも今はそれどころじゃない!


という思考に至ってしまった。それと同時に少しでも話を聞いてもらうため、まず同じ目線に立って話そうとしてベッドから降りーー以前バイト先の先輩から交渉するときはまず見栄を張れ、というアドバイスを思い出しーーかかっていた毛布に手をかけ思い切り天井に向けて投げた。ーー誤ってローブまで投げてしまったことに気づかずに。


「頼む!」


優愛は、目の前の少女が顔を真っ赤にしていることに気づかぬまま彼女に迫る。


「君の全てを!」


硬直した少女の双肩を優愛が力強く掴む。


「ーー僕にくれ!」


ーーこうして、全裸の変態少年が初対面の幼気な少女に愛の告白をするという、最悪な絵面が完成してしまったのだった。

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