妄想はあなただけの中で
貴田 俊恒
妄想、直進!
俺にはクラスの誰にも言っていない秘密がある。
それは「妄想」をすることだ。
しかし、顔は中の下くらいで成績も学年平均以下、それでいて彼女がいたこともない俺がクラスのカースト組に加わってしまっている。
それゆえに一人で妄想の世界に入れるわけもなく、ただただ退屈な学校生活を送っている。
「あ~やっと1時間目終わった~!一トイレ行こうぜ!」
早速現れた1人目の刺客。1人でトイレ行けない星人、大地。
こいつは休み時間になるたびに自分がトイレに行きたくなると1番先に俺のところに誘いに来る。
「ごめん!俺次の授業の予習するから他のやつ誘って!」
本当は予習なんて1度もやったことはないが断るのにはこれが1番効果的だ。
トイレなんてまったくもって行きたくないし、なんなら訳のわからない集団に絡まれて気持ちの悪い下ネタトークに付き合わされてしまうかもしれない。
そんな下品な言葉をわざわざ口に出して周りのぼっち達を困らせたり、アニメトークをして盛り上がっている2、3人組のオタクグループに変な気を使わせることになってしまう。これだけは決して邪魔をしたくないのだ。だって超楽しそうじゃん。
次の授業が始まって誰にも声をかけられずにようやく妄想の世界にダイブできると視線をノートに一転集中(妄想)しようとしていたところに次の精鋭が現れた。そいつは後ろの席から俺の背中を叩いてくる。
「負けたらジュースおごりな…」
小さな声で言いながら1枚の紙を渡され開くように指示をしてきた。すると最悪なことにそこには意味の分からない線が入り混じっていた。これは度々付き合わされる絵しりとりが始まる合図だ。後ろの席の仁は絶望的に絵が下手なくせに絵しりとりを授業中に開催してくる。それでいて休み時間で1階にある自販機まで行って飲み物を買わされるという新手の休み時間つぶし野郎。ちなみにここは3階。
「……。」
せっかくの妄想タイム(授業)を捗らせようと意識をそっちに持って行っていたのに完全に台無しだ。適当に次に渡して1秒でも長く妄想していたいところだが、次に渡さないといけないのが左隣にいるクラス1可愛い三浦さん。この人に飲み物を買わせるわけにはいかないし、何より自分の絵が下手なところは絶対に見せたくない。仁の絵を解読し、それに加えて三浦さんに恥ずかしくない絵を描くという2つの試練と戦わなければならない。
「付き合わせてごめん…」
周りに聞こえないくらいのトーンで絵しりとりの続きを三浦さんに託すと、三浦さんは可愛いらしい笑顔でクスッと笑って受け取った。このとき俺は絶対に次の休み時間は三浦さんとデートの妄想をすると心に誓った。
とうとう勝利のコングが教室に鳴り響いた。なんとか言い出しっぺの仁に四人分の飲み物を買いに行かせることに成功し、これで心置きなく妄想デートできると顔を伏せる瞬間に悪魔、いや天使が現れた。
「一君て意外と絵、うまいよね。おかげで凄いやりやすかった!」
「え……?い、いや全然そんなことないよ……。それより授業中なのに邪魔してごめん。仁に俺の次は三浦さんに渡すように言われちゃって…。」
なんということだ。まさか三浦さんが話しかけてきた。周りの男子のおかげもあって普段から話さないわけではないけど、1対1で話すことなんて滅多にない。せっかくのデート(妄想)時間だったけど、直接話せるのなら仕方ないか。本当は妄想して楽しみたいんだけど。
「いや、一より断然麗奈の方が上手い!てか可愛い!特に顔が!!」
ここで守護神志門さんの登場。せっかく二人で話しているところだったというのに。だがしかし志門さん、それには
同感だ。
「ちょっと顔は関係ないでしょ…」
なんだか照れている様子。二人の戯れ…ではなく言い争いを聞く時間は少なく、二人は教室から出て行ってしまった。次の時間は体育だった。
当然体育の時間は妄想なんてする時間は1秒たりともできるわけもなく1時間が経過した。男子と女子は別々の授業のため三浦さんの姿は見ることはできなかった。しかし三浦さんが着替えを終えて席に着く瞬間になんだかいい香りがしたような気がした。4時間目こそ今までにないくらいコンディションが整っている状態で妄想に励みたいと思っていたら先ほどの体育の疲れか睡魔が一気に襲い掛かってきた。これだから体育の時だけ元気な男共の空気は体に悪い。
午前中の授業は終わり昼食の時間になっていた。だが、一人になる時間は当たり前のようになく、ぞろぞろいろんなやつらが集まってきた。
「おい一!俺のおかずと交換しようぜ!」
無駄にガタイだけは言い五条が半ば強引に俺の弁当箱からおかずを盗み、そして違うおかずへとすり替えた。
「あ”あ”あ”~午後の授業だり~」
大地が喚き、仁は同意する。俺はお前らが俺の机の上で弁当を広げて目の前でやりとりしているのが1番だるい。
「ところで仁、麗奈に告らないのか?」
「まあ、告ろうとは思ってるんだけどな…。でもなんかフラれたら教室で気まずくね?」
と意味のない会話から急に恋愛話に。いや、俺には関係ないんだけど。
仁は数か月前から三浦さんに好意を抱いている。時折、誰かがそんな話を持ち掛け恋愛会議みたいな流れになっていくのだが、そうなると俺のとっておきの妄想相手に泥がかかってしまう。そうならないためにはこのままの関係でいてもらいたい。やっぱ関係大ありだ。
「でもやっぱりせめてクラス替えになる前まではそのままでもいいんじゃない?気まずくなるってのは相当のリスクだし、仁の気持ちもわかるけど、今はね。」
と完全に自分のためにそっちの流れに持って行ったが、ここでは俺の立場もたまには役に立ち「一が言うなら現状維持にしとくか~」と納得してくれた。なぜか妙に恋愛の話になると俺の意見を尊重してくれるわけだが、俺恋愛経験0なんだよな。妄想ならいくらでもあるけど、お前らの邪魔がなければ。
と昼休みも妄想はできずに午後の授業に差し掛かる。今日は珍しく一回も妄想する時間が訪れなく、完全に厄日だ。1日の最後くらい盛大に頭の中で楽しむぜ。
まずは三浦さんとのデートだな。まず行くとしたらどこに行くのがいいか。飲食店で食事をするのはあまりにもベタすぎる。じゃあ映画館デートか。三浦さんの趣味ってよくよく考えたら全然知らないな。なんなら聞いてみるか。
「三浦さんて、休みの日どんなことしてるの?」
ノートの1ページを破りひとこと書いて三浦さんに渡す。なぜかわからないが、俺は妄想している時だけは積極的になれる。
「うーん、日によるけど、だいたいテレビか勉強か友達とSNSかな。」
「そうなんだ、テレビってどんなジャンル?」
「バラエティ番組かドラマか、たまに映画も観るかな。」
「俺も映画好きなんだ!もしよかったら今度映画観に行かない?」
「え?いいの?今ちょうど観たい映画があってね、ただ一人だとどうしても行きにくくて誘う相手探してたの。」
「じゃあさ、俺のID書いておくから家帰ったら送って!」
なんだかんだいい感じに手紙のやり取りをしていたが、急に三浦さんからの返事が来なくなった。ここまで一心不乱に書いてたけどところで最後ってなんて書いたっけ。
気になって三浦さんの顔を除くと少し困った顔をしていた。どうしたのだろう。
しばらく経って三浦さんからの返事が返ってきた。
「ごめん、一君てそういう人だったんだ…。やっぱりこの話はなしで。あと、もう話しかけてこないで。」
心臓か、はたまた世界か。一瞬だけ時間が止まったような感覚になったが、どちらにせよ衝撃的な内容のあまり、理解するのに少し時間がかかった。
どうしてだ、なんでこんなことに。
一番上から丁寧に読んでいったが下に行くにつれてだんだん嫌な予感がした。
それは俺のIDを送った後に、三浦さんに辱めるような内容ばかりを質問していた。
完全に無意識だ。完全に現実と区別できていなかった。
三浦さんとの手紙のやり取り、そして映画を観るという約束までして気持ちが昂りすぎてしまったのだ。
授業が終わる間、俺は人生で初めて授業が終わらないことを願った。
次の日にはいつも声をかけてきた男たちは誰一人として近づいては来てくれず、完全にクラスで孤立した。しばらく経って風の噂で仁と三浦さんは付き合えたらしい。もう俺にはどうでもいいことだ。
さて、これからは1人になれるわけだし、今までできなかった妄想の日々を送ろうではないか。そしてこれからは絶対にリアルの友達は作らない。ウェルカム、ソロプレイ。フォーエバーモーソー。
妄想はあなただけの中で 貴田 俊恒 @tsunemon
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