毒と歌声

もりさん

第1話

空の片隅から落ちた赤い星は、地に落ちてサソリとなった。


サソリにとって、あまりにも、この地上は、冷たく乾いていて、心の中には虚ろな寂しさが充満し、痛みとなった。


サソリは、永く、永く、塵を喰らい、人がめったに踏み込まない砂漠に住むようになった。


心の中に満ちた寂しさは、触れると命を奪い人が恐れる毒となった。


その毒に満ちあふれた心を互いに分かち合う者さえなく、さそりは、ぽつんと砂漠の中にいた。


月夜の蒼い夜。

砂漠を征く多くのラクダの背に沢山の荷物を乗せ、踏みしめるように歩を進めるキャラバンの輸送の姿を見ることができた。


きらびやかな金銀の財宝は、ラクダが歩を進めるたびに、鈴の音のような透き通った音を奏でた。

その音に混じって澄んだ鳴き声がする。

荷物の中に大事に包み込むように包まれた籠の中。

美しい青い鳥。


その声は、微かな音色で夜空に深く吸い込まれながらも、堅い装甲のような殻にさえ染み渡る。


心の中に深く響き渡る音色に遥かな昔、手の届かない世界となったいくつもの思い出が蘇り、サソリはうずくまった。


遠い、空の記憶が蘇っていた。


サソリは狂ったように、その声を求め、馬の背に這い上がり、鳥カゴの中に迷いこんだ。

鳥は恐れるでもなく、優しく歌いかけた。


その声は澄み渡った心で、何も知らない無垢な魂をそのまま映した声。


自分が求めても手にいれる事の出来ない思い。

サソリは流れる涙の毒のような痛みに、その歌を聴いていられなくなっていた。

かつて持っていた祈りの心。

かつて持っていたやすらぎ。

かつて持っていたやさしさ。

その歌は、彼が歌いたくても歌えないもの。

それは、私の歌だった。

私が歌いたかった歌だ。

サソリは、その、美しい鳥の姿と、その声を嫉んだ。


毒のような涙を流しながら燃え上がるような怒りを抱いた。


かつて自分が心の中に宿していた歌、その歌を、自分の痛みを知った後でも歌える?

歌えるはずはない。

私の受けた屈辱、怒り、悲しみ、寂しさ…。


この思いに満ちた毒をあなたに注いでみれば、きっとそれがわかる。


あなたは、この苦しみに耐え兼ねて、歌を無くしてしまい、二度とその声で歌うことはできなくなるはずだ。

この苦しみは、あなたの体に私のような堅い堅い殻をつくりあげてしまうだろう。


あなたの心は、この苦痛に満ちた毒に満たされて、溶けてしまうに違いない。


その言葉を聞くと、鳥は言った。

私は、君の毒をも理解する。

この身体が溶けたとしても、きっと、心満たす歌を歌い続ける。

いつでも、どこでも、ずっと、ずっと。


サソリは、その根拠の無い言葉への侮蔑と、怒りに満たされながら、その鳥の腹に、微かに毒を流し込んだ。


鳥は、痛みに耐えながら、サソリを優しくその羽根で


サソリの堅い冷たい殻をあたためているかのように包み込んだ。


かすかに囁くように歌うその歌は、子守歌のように響いた。


痛みに似た愛おしさに満ちた歌声だった。


サソリは抗うように、僕が持つ苦しみはこんなものではない。

きっと、君は、僕の体の中に満ちた深い深い毒を注いでしまえば、全てを呪いながら死んでいくだろう。


僕の毒は、世界中全ての呪いをかき集めた、悪意に満ちたものだから。


あなたの毒は、ひどい苦痛を伴っている。

きっと、あなたの全ての毒をこの身体に満たすことはできない。

けれど、あなたのその毒がその深くならないように、うけとめていくことはできると思う。

私は、その痛みをあなたがもっているからあなたを尊いものだと思う。

愛おしく思うことができる。


あなたのその痛みは、一人で宿していくにはあまりにも辛いでしょう?


サソリの毒は、ある日は、ひどく自虐的に、ある日は、ひどく暴力的に鳥の中で荒れ狂った。


鳥の声は、あるときには激しくむせび泣き、あるときには、狂ったように罵るような響きを醸し出した。


旅人達は、こんな声では、この鳥は使い物にならないと、鳥を殺して食おうとした。


しかし、鳥カゴの中に、赤い光を宿したサソリを見つけると、恐れのあまり、鳥カゴを砂の中にほおり出してしまった。


サソリは、鳥カゴの鍵を開ける鍵を持ってはいなかったが、かぎ爪で開けることはできそうだった。


だが、サソリはあえて、砂漠の中でこの鳥に毒を注ぎ続け、お互いに朽ち果てることを望んでいた。


あなたのその赤い眼には、いったいこの世界はどのように見えている?

あなたは、世界の全てが赤く、赤く、呪うべき物に見えている?

私の声が聞こえている?

私が歌う歌は、あなたの心に届いている?

私の歌は、あなたの苦しみを受け止めて、本当の思いをいつも語りかけていたのに。


あなたは、何を恐れているの?


それは声にならなかった。

鳥は伝えたくても、伝わらない思いを歌にしようと思った。

しかし、鳥にはもう、呟くような声さえあげることができなかった。


ただ、さそりをじっと見つめることしかできなかった…。


サソリは、鳥との絆が切れたように感じた。


歌ってくれない鳥は、もう、サソリを思っているのかもわからなかった。

サソリは、自分がしてきたことを後悔した。


自分の持っている毒を呪い、のたうちながら苦しんだ。


鳥は、そんなサソリを見つめ、自分がサソリをまだ、思っている事を知らせたかった。


しかし、咽はその毒で焼き付き、かすかな息しか搾り出すことしかできなかった。


それでも、鳥は、震える翼でサソリを冷たい風から守ってあげようと、そっと羽根で包む。


鳥の羽は、やわらかくサソリを包み込んだ。


サソリは嬉しさと、後悔とで身が引きちぎられそうな思いを抱いてそっと鳥を見上げた。


赤い眼からは、大粒の涙が溢れていた。


僕は何もしてあげなかった。

それなのに、何故君は、僕をこうして優しく包んでくれるのだろう。

どうして、僕の心は、こんなに引きちぎれそうな痛みを抱えているのだろう。

君が愛おしくてたまらないのに、どうして、僕は君を癒してあげるだけの歌が歌えないのだろう?

どうして僕は、君を癒してあげられる薬を作ることができない?


何故、僕はサソリなのだろう?


サソリは、尻尾のねじ曲がった鍵爪で、鳥カゴの扉を開き、鳥を岩場まで運んでいった。


夜の冷たい風が鳥を避けるように、岩場の間に鳥を隠し、昼の間に熱を蓄えた砂を少しかけた。


昼は、サソリは、その歩みの遅い足で、砂漠を渡る者を探した。

ラクダに、己の毒を注ぎ込み、殺し続け運ぶにままならなくなった旅人の放棄した荷物を奪った。


鳥の食べ物にするために。


サソリは、鳥を昼の灼熱の太陽から守るため、岩に堅い殻で覆われた自分の爪で一心に穴を穿った。

旅人から奪った食料はすぐに砂に埋もれてしまい、サソリは、また、旅人達を狙い続けた。

サソリは思った。


私が奪ってきた食料は汚れていて、それで命を繋ぐ鳥に天からの罰が下るかもしれない…。


これは、自分の罪だ、鳥にその咎はありません。

神様、罰するのなら、この私を罰してください…。


そう祈りながら罪を重ね続けていた。


声を無くした鳥は、サソリが岩を穿っているとき、旅人を襲っているとき、寂しさのあまり命の火が消えてしまった。


身動きしない鳥の身体を眼にしてもサソリは、その亡きがらにえさを運び続け、岩を穿っていた。亡きがらが風化し、風に消えるころには、サソリは、岩に穿った洞窟の中に鳥の彫像を彫り上げ、じっとその場にうずくまった。


ずっと、ずっと、サソリは、その世界が終わるまで、旅人を襲い、岩盤を穿ち、いくつも、いくつも鳥の彫像を作り続けていた。


サソリは、鳥の歌う天の歌をいつまでも恋しく思いながらも、天に昇ることを拒み、地を這い永久に生き続けた。

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毒と歌声 もりさん @shinji_mori

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