盛大な躓き

 サイ・レンが、お隣のアゥトブ・レークに恋してしまったのは、運も悪かった。


 それは幼い頃、友達とのお喋りの中で、許嫁を決める婚約の儀について知った日のことだ。

 当然、自分にも当てはめて、相手のことを考えてみたのだ。


「おとうさんと、おかあさんみたいな感じになるって、ことだよね……うーん」


 その帰り道、森の際に一人の少年が佇んでいるのを見た。

 お隣さんのアゥトブだ。

 いつものサイなら大声で挨拶しながら駆け寄って飛びつくので嫌がられるのだが、つい立ち止まって様子を見ていた。


 もともと家が隣同士というのは、最大の許嫁候補となりうる相手。

 嫌でも意識してしまうというものだ。


 大抵、アゥトブは一人で森を観察している。

 それまでのサイなら、すぐに陰気だなんだと喚いて、強引に木陰から連れ出していたものだった。


 しかし、その時は意識しまくりの、ふるいにかけるような目でアゥトブを見ていた。

 そして、いつもなら気味が悪いくらいに思っている、ねちっこく植物を観察する真剣な横顔を、違う視点でとらえた。


(あれ……ちょっと、かっこよくね?)


 だなどと、ときめいてしまったのだ!


「……アゥトブ?」


 そこで、いつものようには無理に止めることなく、おずおずと声をかけていた。


 すぐにビクッと震えたアゥトブの体が振り返り、サイを見て顔を歪める。


 そういえば、最近はこんな反応をされてばかりだったようだと気付いたサイは、少しばかり傷つくが、自業自得である。

 それまでは、自分の態度の方が当たり前だと考えていたのだ。


 気を取り直して、笑顔で近寄る。

 また飛びつかれると思ったのだろうか、アゥトブは両手を構えて後ずさったが、サイが一歩手前で立ち止まったのを見て、ぽかんと口を開けた。


 まだ幼いサイも、いきなり自分の考えを改めたわけではない。

 ただ遊ぶ時に大人に言われる、「順番に仲良くね」という言葉を思い出していた。

 サイにとっては理解不能なアゥトブの行動を、それがアゥトブの遊びなのかもしれないと考えた。

 それで、いつもはサイから誘うのだから、今はアゥトブの番だと譲ることにしたのだ。


 サイとしては最大限、歩み寄ったつもりだった。


「いつもなにしてるの? あ、なにか植物が変化してるとか、長老と話してたって聞いたけど。その、アゥトブから直接聞いたことなかったかなって。で、そのことなのだけど――」


 サイも森葉族ならではの口の多さだ。

 しかしサイは、それがアゥトブには煩わしいのだと知らなかった。


 アゥトブからしてみれば、突然に態度を変えたようでいて、立て板に水で話し始める、いつもと変わらないサイを何を企んでいるのかと怪訝に思うしかない。

 

 だからサイのお喋りが、質問らしき内容でありながら口を挟む隙もないように続くため、戸惑いながらも黙っていた。

 そうするとサイは、うまく伝わらなかったのかと思い、さらに途切れることなく言葉が続いてしまう。


 アゥトブは、思わずといったように空を仰いだ。


 それで、ようやくサイは慌てて口を閉じる。

 その隙を逃さないように、アゥトブは短く告げた。


「別に、サイが楽しいことじゃないから」


 そうして、またサイの気が変わって飛びつかれないようにと、くるっと背を向けて家へ戻ってしまった。


 逃げられたのだとは、思い至れなかった。

 なんせサイは、譲ったのだから、きちんと話ができたのだと思ったのだ。

 しかも怒らせることなく、自分に気を遣ってくれさえしたのだとご満悦だった。



 サイは盛大に勘違いした。

 男子ならではの、不愛想に。



 女子に対して、偏屈な態度を取る気難しい時期でもある。

 好きな子に悪戯してしまうような歳ではないが、苦手な相手に文句を抑えられそうもない、とはいえ仮にも女の子と喧嘩もできない、といったうまく制御できない時期だった。

 他の種族と比して性差が少ないとはいえ、肉体の違いに気を遣いはする。母体に敬意を払えとも教えられることだ。しかしアゥトブはまだ、それらを飲み込める歳ではなかった。

 単に、煩わしいと感じての態度だったのだ。



 しかし森葉族は、元が騒がしい種族だ。

 他の男子は馬鹿げた競争事などで騒々しい。


 サイは、その馬鹿騒ぎを思い浮かべて、アゥトブは他の男の子とは違うということが、心に響いた。


「大人みたい……格好いい!」


 と、目がくらんでしまったのである。


 それが彼女の、人生をかけた苦労の始まりだった。

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