自称許嫁の少女は、今日も変人研究家を追いかける

桐麻

婚約の儀に向けて

 集落にほど近い、森の中。

 成人予備軍の少女たちが、小粒な赤や紫の実が生る木々の周囲に集ってお喋りしている。

 耳の縁が刺々しい葉のような形をしている彼らは、この広大な大森林のほとんどを占める、『森葉もりは族』と呼ばれる種族だ。


「お、こりゃいいね。こんど丸鹿獲れたら、これで煮込んでもらおーっと」

「ぷちぷちっと。ほいおしまい。次行くよー」


 艶のない金の髪に、手作りの飾りを揺らしながら、少女らは軽快な足取りで木々の狭間を移動する。


「それでそれで、あんたが狙ってるの誰よ。いい加減おしえといて」

「もう儀式近いもんねー」


 大人のように遠出しない子供たちが、食材となる植物を集める仕事を担っていた。

 そして年頃の少女たちにとって、それは普段の遊びの場となんら変わりはない。

 手足は動かすものの、口はそれ以上に留まるところを知らないようだった。


 森葉族に、男女による体格差はあまりみられない。

 だから普段から狩りだろうと共に活動するのだが、この年頃が気難しいのはどの種族にも違いはない。


 女子だけの秘密だといって、お洒落に関することや、近所の噂話など、はたから聞けば他愛もないことを喋り倒すために、男子とは別行動をしているのだ。

 元々、元気がよくお喋りな種族だが、特有の乙女パワーにはさすがに森葉族の少年だって辟易するというものだ。


 そして、現在の彼女らの興味を引いている話題は、もちろん色恋に関すること。

 ただし、この一族にとっての方法でだ。


 もっぱらの話題は、近付いてきた婚約の儀に関してである。

 彼らは成人と認められるまでに、将来を共にする相手を、同世代から選んでいなければならない。

 そうしなければ、両親が、暮らすのに都合の良い家の子を相手に選んでしまう。


 だから大抵は、婚約の儀が行われる前のこの時期が唯一、自由に恋愛できる期間ともいえるのである。

 いっそ異様な盛り上がりを見せる時期であるのも、無理はないといえよう。


 ひとしきり、自分の希望や狙った相手を話し終えた少女たちは、相手が被らなかったことに安堵して胸をなでおろした。


 そもそも狭い集落だ。

 生まれた時から共に過ごしているようなもので、とっくに互いの関係なども把握している。

 やはり、たんに喋り倒したいだけなのかもしれない。


 ともかく、最後の念押しとばかりに、それぞれの許嫁予定者を確認して安堵の笑みを浮かべたのだが、なぜかその輪の外に一人が取り残されている。

 その少女は覚悟した顔つきで、ずいっと輪の中へと割り込んだ。


「アゥトブの許嫁は私だから。手を出すなら、私と闘うことになるの覚悟して!」


 一斉に、半目になった少女たちの視線が声の主に向けられた。


「あー……うん」

「ないわ」

「あれがいいってのは、あんただけっしょ」


 仲間外れにされていたのは、どうやら公認のためだったようだ。


「ふっ、あんたらには分からないか……あの大人びた、かっこよさが!」


 勝ち誇った笑顔で鼻を鳴らした少女は、肩口で揃えた毛先が跳ねるほどの勢いで、ふんぞり返る。

 呆れた顔付きの少女たちは、次の木を目指して移動を始めた。


「でさー、今度の狩り用に、新しい武器作ってたじゃん」

「あ、材料揃ったんだー」

「完全無視!?」


 仲間の後を慌てて追うのは、集落の南の外れに暮らす少女、サイ・レン。

 よりにもよって、誰に聞いても集落一番の変人と言わしめるアゥトブ・レークに恋してしまった少女。


「もーまってよー!」

「ははは冗談だって。みんな分かってっから。すねるなって」


 サイは数年も前から、隣家の少年の許嫁だと公言して憚らない。

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