ソロ・ベースボール
沢田和早
ソロ・ベースボール
「世界中の野球ファン、そして世界中のタロー選手ファンの皆様こんにちは。今日はここカワカド武蔵野野球場からタロー選手対タロー選手の試合をお送りします。実況は私、
「よろしくお願いします」
「さて今回タロー選手が挑戦するスポーツは野球ですが、見どころはどういった点になるでしょうか」
「本来は9人で行う走攻守、これをどのようにひとりでこなしていくのか、この辺りに注目していきたいと思います」
「グラウンドでは審判団が位置につきました。タロー選手は軽くウォーミングアップを行なっています。投手も捕手もタロー選手です」
「残像現象ですね、マウンドとホームの間を1秒簡に24往復しているのです」
「1秒で24回というのは映画と同じですね。だからひとりなのに違和感なくふたりに見えている、というわけでしょうか」
「そうです。マウンドで投球を終えた後、球よりも速くホームに移動してミットとマスクとプロテクターを装着して球をキャッチ。返球と同時にそれらを外してマウンドに戻りまた投手になる。それを繰り返しているわけです。世界に名だたるソロプレイヤー、タロー選手の驚異的身体能力がなければ絶対不可能な技と言えるでしょう」
「あっと、ここで突然バッターボックスに打者が出現しました」
「タロー選手のひとり3役です。投手、捕手、打者の3役を1秒間に24回繰り返しているのです。もっともこれは通常時の場合。プレイ中はさらに役割変換の頻度が増加するはずです。1秒間に千回入れ替わり、といった場合も想定しておくべきでしょう」
「さあ、アンパイアの右手が上がって試合が始まりました。投手のタロー選手第1球、投げました。打者のタロー選手空振り、ストライク。球速は時速300キロをマークしています」
「伸びのあるいいストレートですね」
「捕手のタロー選手からの返球を受け取って投手のタロー選手、第2球、投げました。打者のタロー選手、打ちました。ライトに飛んでいる。おっと投手と捕手が消えました。同時にライトにタロー選手が出現しました」
「右翼手に専念するために投手と捕手の役割を放棄しましたね。まあ観客も飛球しか見ていませんから良い判断だと思います」
「ライトのタロー選手、打球をキャッチ。アウト。一塁に走っていた打者のタロー選手がその瞬間に消えました」
「アウトになればその役目を演じる必要はなくなりますからね。ここはタロー選手のスタミナ温存策でしょう」
「ライトからの返球をマウンドで受け取った投手のタロー選手。球よりも速く動けるのですから返球せずに球を持ったままマウンドに戻ればよいのではないかと思うのですが」
「いや、それでは観客が楽しめません。効率よりもエンターテインメントを重視する、タロー選手らしいファンサービスと言えましょう」
「さてワンアウトとなって次の打者もタロー選手です。今度は左バッターボックスに入りました」
「これはやってきそうな予感がします」
「投手のタロー選手、第1球、投げました。おっとバントの構えだ。当てた。転がった。ああ、打者のタロー選手、すでにホームインしています」
「タロー選手は球よりも速く動けますからね。バットに当たった瞬間、ダイヤモンドを駆け抜けてしまったのです」
「マウンドのタロー選手、悔しそうです。と言っても得点したのも同じタロー選手ですからこれは演技と見て間違いないでしょう」
「これもファンサービスですね」
「さあ、先取点を挙げて勢いに乗る先攻めのタロー選手、またも左バッターボックスに入りました。マウンドのタロー選手、気を取り直して第1球、投げました。おっと、やはりバントの構え。また1点入るのか。あっと、投手のタロー選手、バントを読んでいました。球よりも速くマウンドを降りて打者のタロー選手の真正面に仁王立ち」
「いや、読んでいましたはおかしいでしょう。どっちも同じタロー選手ですから」
「これは失礼しました。打者のタロー選手、そのままバント。投手のタロー選手、打球が地面に着く前にこれをキャッチ。アウト。見事なプレーです」
「全てタロー選手の筋書き通りに運んでいるわけですから、見事なのは当たり前ですね」
「これでツーアウト。次の打者タロー選手は右バッターボックスに入りました。マウンドのタロー選手、第1球、投げました。あっと打ち上げました。キャッチャーフライ。捕手のタロー選手キャッチしてスリーアウト。先攻めタロー選手、1点止まりでチェンジです」
「バントで得点された時はどうなるかと思いましたが、1点に抑えられてよかったです」
「さて、この試合は特別ルールにより1回でゲームセットです。延長はなく1回を終わっても同点の場合は引き分けになります」
「後攻めタロー選手の最後の攻撃ですね。なんとか得点してほしいと思います」
「さあ。後攻めタロー選手、バッターボックスに入りました。タロー選手、第1球、投げました。あっ、打ちました。サードゴロ。これは確実に1点入りそうです」
「バントでもホームに還れますからね。タロー選手の足を考えれば球が転がれば得点です」
「ああっ、どうしたことでしょう。打者のタロー選手、1塁ベース上に止まっています。サードのタロー選手からファーストのタロー選手に球が送られました。セーフ。ノーアウト1塁です」
「これはわざと1塁に止まりましたね。観客を楽しませるために見せ場を作っているのでしょう」
「タロー選手の出塁により1塁手も姿を現しました。グラウンドには全部で5人のタロー選手がいます。全てひとりのタロー選手が演じています」
「本当に恐るべき身体能力ですね」
「投手のタロー選手、1塁に牽制球。セーフ。タロー選手の足を考えれば牽制球の間にホームまで生還できるはずですが」
「それを敢えてしないのはこの場を盛り上げるためでしょう。観客第一のタロー選手ならではの心配りです」
「投手のタロー選手、次の打者に第1球、投げました。打ちました。ファーストゴロ。しかし1塁走者は2塁止まり。ノーアウト1塁2塁」
「盛り上がってきましたね」
「投手のタロー選手、この回3人目の打者に第1球、投げました。打ちました。セカンドゴロ。しかし各走者はひとつずつ進塁しただけ。ノーアウト満塁です」
「これはもうサヨナラ満塁ホームランを期待するしかありませんね」
「全ての塁が埋まったことでショートを除く全ての内野手が出現しました。マウンドには打者も含めて9人のタロー選手が出現しています。全てひとりのタロー選手が演じています」
「ソロプレイここに極まれり、と言ったところでしょうか」
「さあ、どんなプレイでこの試合を締めくくってくれるのでしょうか。3人の走者を背負ってマウンドのタロー選手、第1球、投げました。ああっ! 盗塁です!」
「これは驚きました」
「投球と同時に3人の走者が一斉にホームへ還ってきました。捕手が投球をキャッチした時には3人全員が本塁を踏んでいました。しかし2人目がホームインした時点で逆転サヨナラです」
「まあ、球よりも速く走れるのですから当たり前ですよね。それにしても地味な終わり方ですね。飛距離10キロのサヨナラホームランでもかっ飛ばしてくれるのではないかと期待していたのですが」
「マウンドのタロー選手悔しそうです。捕手のタロー選手、内野手のタロー選手、打者のタロー選手が投手のタロー選手を慰めています」
「見事に役割を演じ分けていますね。さすがタロー選手」
「最後は18人のタロー選手がグラウンドに出て観客に挨拶です。いやあ素晴らしい試合でしたね」
「ますますタロー選手が好きになりました。次の試合でもまた超人的な活躍を期待したいです」
「そうですね。さてそろそろ終了時刻が近付いてきました。解説の甲斐チョウさん、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「本日はここカワカド武蔵野野球場からタロー選手対タロー選手の試合をお伝えしました。それでは皆様、さようなら」
ソロ・ベースボール 沢田和早 @123456789
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます