五の十二
町はじょじょに明るんできて、家並は群青色に染まっていた。
轟の腕が左右に大きく開かれる。まるで鶴が翼を広げたような美しい構えだった。
右手の大刀が振りおろされる。反射的に信十郎は弾き返そうと刀をだしてしまい、反対に自分の刀が弾かれる。直後に左腕の攻撃が迫る。かわす間がなく、それも刀で受けてしまう。またはじかれる。轟は左右からかわるがわる攻撃してくる。まるでつむじ風が間断なく吹き荒れているような攻撃だった。信十郎は、それを受け、はじかれつつ、後退していく。腕がどんどん麻痺してくるようだった。
背中に、家の壁がせまってくるのを感じた。
轟の猛攻はやまない。
今度は二刀を同時に振りおろした。
信十郎が鍔元で受けると、十字に二刀を重ね、凄まじい膂力で押してくる。
押し返そうとするがかなわず、背中が壁にあたる。
もう逃げ場がないとみて、信十郎はめいっぱい力をふりしぼって轟を押し返した。
轟がわずかによろけた隙に横に飛んだ。
すぐに体位を立て直した轟の大刀が、信十郎を追って薙いできた。
刀は窓の格子を真一文字に引き裂いた。
ばりばりと音をたてて、格子が数本折れて、飛んだ。
避けた信十郎を追って、さらに剣が追ってくる。
脇差が家の角に積まれていた樽を割り、大刀が
信十郎は道のなかほどまで逃げると、道に沿って構えた。この道は、四半町ほど先がどん詰まりになっているので、これでしばらくは追いつめられる心配はなくなったが、だからといって、まったく有利に立ったわけではない。
轟の右腕が頭上にあがる。左腕はまっすぐ前にのび、脇差の切っ先が信十郎の精神を刺しつらぬくように圧迫してくる。
両手持ちの剣術が、二刀流に
だが、轟は片腕だけでも、常人の両腕と同等以上の力を持っている。
信十郎としては、まるで利点がないのである。
どうする、どうすると、信十郎が迷っているうちにも、轟はじりじりと間合いを詰めてくる。信十郎もじりじりとさがっていくしかない。
ふたりは二間ほどの間合いのまま、ずれるように移動していく。
「どうした、秘剣はやかぜとかいうのを使わんのか」
轟は脚をとめると、口もとをひきつらせて云った。
――秘剣……。そんなものを期待しているのか。
だからといって、要望にこたえてすぐに披露できる技ではない。はやかぜは、意表をついて唐突に繰り出すこともあるが、基本的には戦いの流れのなかで、巧みに動作に織り交ぜて使用するものだ。しかも、相手が待ち受けているとなると、そうとう使いづらい種類の技なのだ。
だが、これ以上、轟の剣を受けつづけるわけにはいかない。じょじょに手に力が入らなくなってきている。腕力はもう限界に近かったし、このままでは刀自体も折れてしまいかねない。
――やるしかない。
信十郎は心のなかで、つぶやいた。
物音で目を覚ました住人が窓から様子をうかがったのだろう、どこかから、ひっ、と引きつるような悲鳴が聞こえた。
それを合図にして、轟の腕が動く。右腕の大刀が振りおろされる。
信十郎は真向から受けとめる愚を避け、受け流すようにして、大刀の勢いを殺す。左腕の脇差がくる。剣をまわして受け流す。
大刀の攻撃。受け流す。脇差の攻撃。受け流す。
轟は攻撃を続けながら、おや、と思った。さっきまでの川井の動きとはいささか違ってきている。轟の剛剣を、うまく流すこつをつかんだように思えた。
――かまわない。
と心でつぶやいた。このまま、一気に押しきってやる。
左右交互の攻撃に混ぜるようにして、両方の刀を同時に斬りさげた。
信十郎は一歩引いてかわし、直後に一歩踏み込んだ。轟の振りおろされた二刀が、同時に斬りあげられる。
信十郎はさがってかわす。かわしたとみせて、すぐに踏み込む。
轟の大刀が振りおろされる。それを信十郎は紙一重で左脚を引いてかわして、刹那に、踏み込むような動きをみせる。轟の左から脇差が斬りあげてくる。信十郎は飛びのく。飛びのいた直後に突きを放つ。轟は大刀でそれをそとへと払おうとしたが、信十郎はその軌道からすっと刀をはずして、左腕を狙うように切っ先を動かす。轟は脇差で受け流そうと左腕をそとへ動かす。信十郎は、刀をしたへ落とすようにずらし、脇差を空振りさせた。
「あっ」
轟が信じられないというように叫んだ。両腕を広げ、胴ががら空きになっていた。
信十郎は轟の胸元へ身体ごとぶつかるように飛びこみつつ、刀をつきだした。
みぞおちを貫いた刀は、背中へ突き抜けた。
轟は、腕をひらいた格好で、信十郎に覆いかぶさるようにして固まった。
「いまのが、はやかぜ、か」
くくく、と轟は苦く笑った。
「そうか、汚い技だな」
轟は、後ろへとよろめいた。自然、腹から刀が抜けていき、抜けきってから、さらに数歩さがって、仰向けに倒れた。ごつりと、頭を地面に打ちつけた音がした。
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