五の十一

 なぜ新選組の討ち手ではなく渡世人たちが襲ってくるのか、疑問が頭をよぎったが、今は考えないようにして、信十郎は動いた。

 一歩縁側に踏み出すと、右手からひとりが飛びかかってくる。信十郎は片手打ちに首すじを叩く。さらに左手からもひとり、長脇差が頭を狙って薙いでくるのを、かがんでかわし、腹部を一撃する。縁側のすぐ外で、腰が引けていたひとりの肩を打ちすえ、そのまま地面へ飛び降りた。

 庭の隅から、凄まじい殺意を感じ、信十郎はふりむいた。

 そこには、轟弥兵衛が立って、刃物のような目つきでこちらをにらみすえていた。

 新選組の羽織を肩にひっかけて、襟から片腕をだして、無精髭をなでながら、じっと今の戦いをみていたようすだった。

 そして、その横にもうひとり、六十ほどの男、おそらく渡世人たちの親分であろう老人が、震える手で長脇差をもって、たちすくんでいた。

 その男は、庭の奥でお結を抱いて避難していた季恵のほうに振り向いた。

「季恵、その小娘をわたせっ」

 お結を人質にするつもりらしい。

「見損なうんじゃないよ、あたしが売ったのはこの家とその兄さんひとりさ。この子までわたすもんかね」

 人を裏切っておいて、見損なうなもなにもないものだが、博徒の親分がちょっとたじろいでしまうほどの啖呵たんかだった。

「このあまっ」

 辰次郎が叫んで長脇差を振り上げ、季恵に斬りかかっていく。その首すじを、信十郎が後ろから峰打ちにした。

 ああ、と辰次郎は、まるで魂が抜けだしていくようなうめき声をあげて、ひざからくずれおちた。

 彼が地面に倒れ伏すのを見とどける間もなく、信十郎は、轟にふりむいた。


 ――まいったな。

 轟弥兵衛は、心のなかでつぶやいた。

 人数をそろえて挑みかかれば、川井信十郎は必ず秘剣はやかぜを使うと確信していた。秘剣がどのようなものかをひと目みてから戦えば、勝利の確実性は増す。

 だが、秘剣を使った形跡がまるでなかった。博徒程度が相手なら、秘剣をつかうまでもない、ということなのだろう。

 ――せっかくこの時間を選んだのにな。

 陽の光がうっすらとあって人の動きを見定められて、かつ、信十郎が眠っているであろう時間(信十郎が博徒に討たれてしまうならそれはそれでよかった)を狙ったのだった。

 だが、もくろみはすべてはずれてしまった。

「ちっ」

 轟は舌打ちをして、袖に腕をとおして、新選組の羽織をなにか嫌なものを払うように脱ぎ捨てる。

 そして二刀を抜いて、川井をにらみすえた。


 信十郎は正眼にかまえて、轟に対峙する。

 猛禽のような目から放たれる、すさまじい眼力が信十郎を威圧してくる。

 轟は塀を背に、右手に大刀を、左手に脇差を持ち、両腕をだらりとさげて立っている。大刀は胴田貫の身の厚いもので、家の大黒柱でも両断できそうだった。脇差も長刀を短くしたような、力強さを感じさせる造りだった。

 庭は狭く、ちょっと刀を大振りすると壁や塀にあたりそうだったし、相手に飛びこんで攻撃するにも、間がないので力を乗せづらい。

 轟は両手をさげたまま、まるで動こうとはしない。ひどく行動の予測がつきづらい構えだった。信十郎は彼が二刀流剣術の円明流を使うことは知っていたが、残念ながら二刀流自体と手合わせをした経験がない。

 信十郎は意を決し、息を整えると轟の肩を狙って、刀を振った。

 轟は、二刀を十字に交差させて、ふたつの刀で挟むようにして受けとめる。

 信十郎は、いけない、と直感した。

 轟の剛腕が信十郎を押し返し、押し返しつつ、横薙ぎに剣を振るった。

 左から襲ってきたその大刀を信十郎が受けとめる。だが、そのまま刀がはじかれてしまった。まるで荒波に腕がさらわれたようだった。危うく刀を落としそうになる。両手首が、じんじんとしびれた。轟の攻撃は片手だった。にもかかわらず、信十郎の両手持ちの刀がはじかれた。

 ――凄まじい剛剣だ。

 心奥に、恐怖がきざした。

 轟が一歩、間合いをつめる。信十郎は引く。

 その背に、家の壁が当たった。追い詰められていた。

 轟が大刀を振り上げ、上段から攻撃してきた。

 信十郎は受け止めても、そのまま切り下げられるような予感がし、左へ飛んでかわした。直後に、脇差が薙いできた。後ろに飛んでかわすと、今度は、庭の生垣に背を打ちつけた。轟の大刀が首すじにむかって襲ってきた。しゃがんでかわす。轟の刀は生垣を一間ほどにわたって、上半分を斬り落としてしまった。切り裂かれた生垣を乗り越えて、信十郎は、道に転がり出た。轟も生垣をまたぎこえて、追ってくる。

 家の正面の道は三間近くはあって、戦うには充分な幅があった。

 信十郎は体勢を立てなおして、刀を正眼につける。

 轟はほくそ笑んだようだった。彼にしてみても、広い空間のほうが戦いやすいのだろう。いや、ひょっとすると、信十郎は轟に誘導されて、道へと押しだされてしまったのかもしれなかった。

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