二の二
これから研ぐ予定の依頼の品であろう、作業場の土間に並べられているのは、土のついた鍬や鎌などの農作業の道具がほとんどだったし、刃物らしい刃物といえば、いま彼が研いでいる包丁と、土間の脇にほんの数本だけ、桶に刀がつっこんであるだけだった。田舎の研師には不釣りあいな、経国という代々うけつがれてきたような、なにか歴史を感じさせる仰々しい名前ではあったが、ささやかに、百姓や職人相手の商売をして食いつないでいるような雰囲気だった。
川井信十郎が、大刀をさしだして研ぎをたのむと、経国は包丁を研いでいた手をとめて、刀を鞘から引きぬくと髭面をゆがめ、舌打ちをしながら云った。
「こんなに錆が浮くまで手入れをしないなんて、お前さん、刀を持つ資格がないな」
そして、刀身から大きな目をはなし、今度は信十郎に冷眼をむける。
「しかも人を斬って、
上がり框に座って信十郎は、返す言葉もなく、面目なさげにただ苦く笑った。
経国は、ひとつ嘆息して、
「まあ、いいだろう、時間はもらうがね」
ぶっきらぼうに云った。
「それが」と信十郎は、申し訳なさそうに云った。「よんどころない事情で、少々急いでいる。なんとかならないかな」
「しかし、これだけ痛んでいたんじゃなあ。急いでいるんなら、俺の手持ちのと交換するかい」
「いや、その刀は国を出るときに、剣術の恩師からもらったものだから」
「
「それと、いささか
頭をかきながら云う信十郎を、研師は白い眼でみた。
「この脇差を研ぎ代としてもらってくれんか」
と云って信十郎がさしだした脇差を経国が取り、引きぬいて、また、はあと大きなため息をついた。
「こっちもひどいな」
「もうしわけない」
「二両」
「うん」
「大きいの一本だけじゃ、腰が寂しいだろう、そこに立ててある脇差から好きなのを持っていっていい。研ぎ代とそれと、あわせた分を引いて、二両でこの脇差を買い取ろう」
「うん、充分だ」
信十郎は立って、土間のすみにある桶のなかに、無造作に数本立てられている刀たちのところへいき、手にとっては鞘からぬいて刀身を調べ、またとって鞘から抜いて、とくりかえして適当なのをみつくろう。どれも無銘のようだったが、研ぎはしっかりとしてあるし、けっしてなまくらというわけではなさそうだ。
「それと、この辺りに私と娘のふたりを泊めてくれるようなところはないかな」
信十郎がもらうと決めた脇差を一本を手に持って、訊いた。
経国は、ふたたび包丁を研ぎはじめていた。
「うちの離れが空いている。好きにつかいな」
「ありがたい」
「研ぎが終わるまで三日。宿賃として、ひと晩一朱もらう」
信十郎は苦笑して、頭をかき、
「ありがたい」
とつぶやいた。
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