僕は夢を追う

NOTTI

第1話:僕は夢を追う

 2021年3月末日。奏汰は最後の出勤のために彼が約6年間所属した大手外資系商社のオフィスに向かっていた。その道中、彼を祝福するかのように沿道の桜の木から花びらが舞っていた。


 彼が入社して、初めて出社した日、桜は舞っていなかったが、歩道には桜の絨毯(じゅうたん)ができていた。その光景を見た彼はどこか桜の花びらたちに“これから頑張ってね!”と背中を押してもらい、心からのエールをもらったように感じていた。


 そして、彼は毎年春になると入社したときの光景を思い出し、仕事をするための原動力になっていた。その光景を見ると今でもその時に出会った桜の花びらの事を思い出す。


 奏汰は4月からはかつてから念願だった独立し、ソロコンダクターとして彼のやりたかった事業を展開することになっていた。そして、彼の会社は今の会社からも一部のプロジェクトや事業を合同で展開していくことになっている。


 彼は自分の夢への道が順風満帆だとは思っていなかったが、起業当初から今まで所属していた会社からも仕事をいただけるというのはこれまで独立した友人などもびっくりするほど衝撃的なことだった。


 しかし、彼の友人たちはなぜ、彼が会社を辞めなくてはいけなかったのか?という点を疑問に思っていた。


 奏汰は社内では役職者を除くと常に成績上位にいた社員であり、他部署からもかなり信頼されていた。そのため、彼を指名してくる他部署の社員や取引先の社員もいたくらいだ。一方でそんな彼を面白くないと思っていた社員も多かったのだが、そういう社員は上司が何とか取り繕って、大きなトラブルなどには発展しなかったことが不幸中の幸いだった。


 そして、上司などからの信頼も厚く、次年度以降に課長補佐への昇進の話もあったこと、これまで積み上げてきた彼の実績や功績を考えると十分その役を全うできると思えるくらい適任だったが、これまでのトラブルなどを考えるとどうするべきか分からなかったのも事実だろう。


 彼のキャリアスタートは中小企業の営業職で、この会社は彼が当時入社した大手企業の子会社に当たる。つまり、新人研修で出向させられたのだ。他にも出向した同期はいるが、彼の場合は本社と兼務する形で出向したため、他の同期とは扱いが異なった。


 この人事を承認した背景に会社側のある指針があった。それは、奏汰を営業部の部長候補と位置付けて会社をあげて育てようとしていたのだ。そして、彼を営業部長に育てたという実績を作りたかったのだという。


 しかし、社内からは“新人を部長候補として人材育成をする必要があるのか?”・“他の社員のモチベーションが下がるのではないか?”など不安視や疑問視する声も上がっていた。そのため、彼の出向を半年ほどで終了させて本社に戻したのだった。その時に言われた言葉が奏汰の今の指針を形作っていると言っても過言ではなかった。


 そして、彼は2年目になったときに別の業種ではあるが、ヘッドハンティングのオファーがあったのだ。その時は彼の中では“まだ転職するには早い”と思っていて、1年ほど待ってもらいたいという話をして、先方から了承を得た。


 会社に残った彼は会社内で新しいプロジェクトをスタートするための準備チームに招集され、社内を驚かせたのだ。彼は営業関係のチームに属し、そのプロジェクトで販売する予定の商品などを市場動向やターゲット層の購買単価などをマーケティングし、適正価格で市場に出せるように準備するのだ。


 第1回の会議では初めてプロジェクトメンバーが集まることになっていたが、彼はかなり緊張していたのだ。なぜなら、メンバーリストを見ると同年代は入社3年目の先輩が1人いるだけで他のメンバーは課長や部長級の人しかいないのだ。


 彼はこのメンバーの中で本当に出来るのか心配になっていたのだ。確かに、入社2年目でプロジェクトの一翼を任されるというのはめったにないことなのだ。それだけ彼に期待をしていることは間違いない。


 そして、第1回の会議が始まった。彼はかなり緊張していたが、周囲の人たちの手を借りて何とか第1回の会議を終えた。


 その頃、彼の元にあるオファーが届く。それは、2年目になるときに声をかけてくれた企業からだった。もちろん、彼の中にはヘッドハントされても残留したいという気持ちが芽生えていた。そのため、彼が持っている選択肢の中にヘッドハンティングを受けるか、残留するかで天秤にかけなくてはいけないのだ。


 まだ、社会に出てから3年が経とうとした段階で声が掛かるとは思わなかった。それだけに判断を慎重にしようと思っていたのだ。


 そして、彼はいろいろ悩んだ結果、残留を決めたのだ。もちろん、今の会社が好きというのもあるが、せっかく会社から評価されて大きなプロジェクトを任されているのだからその役目を全うしてから前に進むべきだと思ったのだ。


 そして、彼はプロジェクトが終わってから兼任という条件でその会社の外部社員として労働契約を結んだ。この決断を相手の会社にも尊重していただき、無事に二つの会社で働くことが決まった。


 そこから彼の大躍進が始まっていくことになる。まず、彼の主戦場である外資系企業では26歳という若さで主任になり、頻繁に海外に出張に行くことが増えた。そして、彼は同じ職場にいるマドンナと恋に落ちた。彼女は奏汰と同い年だが、出身がアメリカということもあり、日常会話は基本英語で会話したのち日本語で説明するようにしていた。そして、彼女は彼よりも大きいため、社内でも高身長カップルと言われていた。


 そんな彼女と付き合い始めた奏汰は次第に彼女に惹かれていき、結婚を視野に入れていた。しかし、そこにも国の壁があった。それは、彼女の家族に挨拶に行くためには長期休暇などの休みが長く取れる時しかスケジュールが組めなかったのだ。そして、アメリカに滞在することになるため、短期ビザを取得しなくてはいけないのだ。


 彼が持っていた彼女と交際する際に持っていたイメージはあっけなく崩れ去ることになった。


 そして、彼女と順調に交際していき、その年の夏に彼女の家に遊びに行った時に彼女がアメリカにいる家族に奏汰を紹介したいということで家族とのテレビ電話に招待してもらい、彼女と家族の話が終わった後に彼は彼女の家族と話し、彼女の家族とも打ち解けられた。そして、彼女の実家に行くスケジュールの話になり、2人が最も時間の取れる年末の冬期休暇に彼女の実家のあるニューヨークに行くことになった。

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