行動開始。

喫茶店にて。

 駅前の喫茶店。

 足を運んだことはほとんどなかったが、意外に小洒落た店だ。ムラだらけの白熱電球の温かな光が店内を包む。


 心温まる情景に見えるが、私の心中は穏やかではなかった。


 先ほど銀行に赴き、自信の貯蓄口座から、200万円ピッタリおろし、200人の諭吉を100人ずつまとめた束をアタッシュケースに入れたものが、手元にあるのだ。

 色白美人のウエイトレスさんが運んで来てくれたコーヒーを啜りながら、太郎の代理を名乗る人物を待つ。


 繰り返すが、私に太郎という名前の息子はいない。


 よって、私は今から200人の諭吉を騙し取られようとしている。

 もちろん、これが怪しい話なのは百も承知である。


 実はこのアタッシュケースには、超小型の発信機が取り付けられており、犯人が向かうであろうアジトを特定し、グループを一網打尽にしてしまおうという作戦である。

 私はこの捜査への協力を買って出たのだ。

 200万円も自腹で。まあ、犯人が逮捕されれば帰ってくるだろうから安いものだ。これで社会の役にたてるなら。


 約束は15時なのだが、勢い余って1時間も早く着いてしまったので、若干暇になると思われていたが、これから詐欺グループの犯人と会うという謎の状況に起因する緊張感のせいで、いつのまにか約束の時間になっていたようだ。


 入口の鈴が軽快な音をたてる。

 店内にいるのはマスターとウエイトレス以外には僕だけ。入口に立つ男は、当然こちらに歩み寄って来る。


「あ、あの、小山先輩のお父様ですか?」

「ええ。そうですよ」

「良かった!写真もらうの忘れちゃって・・・」


 男は言い訳なのか何なのかわけもわからない事を喋っている。


「ところであなたは、うちの太郎とどういうご関係で?」

 話を遮るように聞くと、あのーそのーと周章狼狽しながら、

「会社の部署の先輩後輩・・・です」


 そうですか。よくわかりました。

 いやわかんないけど。


 そんなやり取りの後、男は喫茶店を後にした。発信機着きのアタッシュケースを胸に抱えながら。


 演技だろうね。

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