第35話 うるさい黒幕と踏ん張った彼とオレ様最強ビーム


「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 町外れの古教会の中の大広間、礼拝堂の一段上がった場所である祈りの祭壇の上で、とある男が高笑いしていた。真っ黒な神官服に身を包み、白い短髪に灰色の目を持っている男の名前はセトケン。女神アルテミシアを信奉する狂信者だ。


「良いぞ良いぞ良いぞ良いぞ良いぞ良いぞ良いぞ良いぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!! この熱気ィィィッ!!! この信仰ゥゥゥッ!!! これならば女神も気づいてくださるに違いないわァァァッ!!! 始まりの女神を降臨され、我々はその寵愛をもって何もせずに惰眠と快楽を貪り食うのだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 その声がとにかくうるさい。大勢の暴徒達が口々に女神への愛を叫んでいるにも関わらず、セトケンの声は誰よりもその場に響いていた。


「降臨せよッ!!! 女神アルテミシアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! オレ様達の声が聞こえんのかァァァ……」


 次の瞬間。大広間の天井付近のステンドグラスが割れる音がした。


「ッ!? き、来たッ! 遂に来たのかァァァッ!?」


 暴徒と化した信者達、そしてセトケンが期待の眼差しで頭上を見上げると、


「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?!?!?」


 葉っぱ一枚の馬鹿が落ちてきていた。



「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 俺は落下し、ケツを強かに床に打ち付けた、畜生またケツかよッ!!!


「いったぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああいッ!!!」


 ケツを押さえて悶絶する俺。いやしかし、あの高さから落ちてケツの痛みだけで済むとか、ギャグ補正ってすげー。リアルだったら、グロ画像注意報を発令するところだったぜ。


「いてててて……よ、よく無事だったな俺……」


「ムゥッ!? 貴様何者だァァァッ!?」


 ようやくケツの痛みが引いてきた頃。俺は周りを見回すと、暴徒と化した虚ろな目をしている信者と思われる集団。


 祭壇を思われる場所には大きな鏡があり、そして黒い神官服に身を包み、真っ白い髪の毛に灰色の目を持った男が立っている。


「あー、えーっとだな。俺は……」


「そうか新たなる信徒かッ! 何だ何だ斬新な登場だな貴様ッ! オレ様はセトケンッ!!! この始まりの女神に駄目にされたい教団の長だッ!!! 歓迎しようッ! 女神のヒモを志す同志としてェェェッ!!!」


 待って、俺まだ何も言ってないから。つーか、なんだこの血管切れてんじゃねーかって勢いの男……セトケンは? こいつがこの騒動の黒幕……?


「さあさあさあさあッ!!! 遠慮するな同志よッ!!! オレ様と共に女神を讃えようではないかァァァッ!!! 女神アルテミシアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「い、いや、その。俺は信者とか同志じゃなくてだな……」


「女神アルテミシアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「あの、話を聞いて……」


「女神アルテミシアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「うるせぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」


 いい加減にしろっつーか人の話を聞けぇぇぇッ!!!


「おいテメーいい加減にしやがれぇぇぇッ!!! まだ俺の自己紹介も済んでねーってのに……」


「何だ貴様ッ!!! 何故オレ様と共に女神を称えんのだあァァァッ!?」


「だから人の話を聞けっつってんだろうがァァァッ!!! いいか、俺はだな……」


「まさか貴様ッ!!! 女神を信じていないと言うのではないだろうなァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」


「い、いや女神は居たよ? ドSでショタコンでパチンカスで借金まみれの……」


「女神を信じないその不敬な脳みそを、オレ様のスキルで全とっかえしてくれるわッ!!! そこに直れェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」


「話聞いてぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」


 こんなに人の話を聞かない人間がいるのだろうか、いるんだよ俺の目の前に。どうしよう、俺こいつと意思疎通が取れる気がしない。


「誰の心の中にもある筈だッ! 女神をォォォッ!!! 望む気持ちをォォォッ!!! 貴様にィィィッ!!! 思い出させてやるわァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! スキル発動ッ!!! [どうせお前もそう思ってんだろ]ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 その瞬間。俺の心臓がドクンっと跳ねた気がした。そして自分の内側から、幾重にも思いが溢れ出てくる。


 サボりたい。楽をしたい。誰かに守って欲しい。何もしないままダラダラと過ごしていきたい……そんな感情が。昔の俺の、そして誰もがそう思って当たり前のような、怠けたいという思いが。


「くっ……あッ……」


「ふぅんッ!!! 遠慮することはないぞ同志よッ!!! オレ様達は皆、楽して生きていきたいに決まっているッ!!! その為に始まりの女神を呼ぶのだッ!!! かつて全てを愛し、全てを守ってくれたあの存在をなァァァッ!!! さあッ!!! 共に叫ぼうぞォォォッ!!! 女神アルテミシアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「お、俺、は……俺、は……ッ」


 強烈な思いに苛まれる。良いじゃないか、楽をしたって。サボりたいって思って、何が悪いんだ? できる奴にやらせておけよ。できなくても問題ないさ。


 そんな思いに身を委ねようとして、






「……相山、さっさと働いてください。パチンコに行くお金がありません」


「ちょっと変態、ご飯まだー? ホッントに使えないんだから……」


「ハヤトさんは駄目な大人の見本みたいな人だからね。期待するだけ無駄ってものさ」







 ボロアパートでだらけきったまま横になり、ポリポリとお腹を掻いているステータスちゃん。ちゃぶ台に突っ伏したまま、顔だけこちらに向けて悪態をついているドンショクちゃん。ため息混じりにこちらを蔑んだ目で見ているショータロー君。


 そんな奴らの姿が脳裏をよぎって、


「あんなザマになってたまるかぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


「ッッッ!?!?!?」


 俺は片足を地面にドンッと踏みつけて、自分に喝を入れた。ふざけんな、あんな醜態を晒してたまるか。


「ハア、ハア、た、耐えきった……まあ、元々全員が全員かかってた訳じゃなかったしな、欲望が来ようがそれ以上の理性とかで……」


「何故だァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?」


 こいつが、セトケンが叫んでいる。つーかうるせえ、少しは俺にも喋らせろ。


「何故何故何故何故ッ!? オレ様のスキルが効かないィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?!?!? ハッ!!! 貴様もしや、役所から派遣されてきた冒険者だなァァァッ!?!?!?」


 自己紹介もしてないのに、勝手に何かを判断したセトケン。うん、間違ってはいないんだけど、何ていうかこう、釈然としない。お願いだからこっちの話も聞いて。それが無理なら、せめて喋らせて。


「ならば手加減することもないわァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! スキル発動ッ!!! [オレ様最強ビィィィィィィィムッ!!!]」


「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 と思ったら、急に真っ赤になった目から真紅の光線を撃ってきやがった、あっぶな、もうちょいで当たるところだったァッ!? 床が熱線を受けて溶け始めているんだけど、マジで目から何出してんだテメーはァァァッ!?


「避けるなこの不敬者がァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「うっせぇッ!!! 避けなきゃ死んじまうだろうが……」


「[オレ様最強ビィィィィィィィムッ!!!]」


「うわぁぁぁああああああああああああああああああおッ!!! ああもうッ!!! よーく解ったよッ! テメーは言葉でどうこう言うタイプじゃねーなァッ! こうなりゃ俺の右ストレートで……」


「[オレ様最強ビィィィィィィィムッ!!!]」


「ノォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 マジで人の話を聞かねーなコイツ、ってかあっぶなぁぁぁッ!?


「何をしている信者どもッ!!! この不敬者をひっ捕らえろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


「「「全ては女神の愛の為にィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」」」


「あ、ヤッベ」


 遂には周囲の信者達まで総動員してきやがった。マジかよ、この人数相手じゃ流石にどうにも……。


「"悪食(イートワールド)"ォォォッ!!!」


「助太刀するよハヤトさんッ!!!」


 そこに現れたのは二つの影。茶髪のツインテールを揺らし、背中から生やした触手で周囲の信者共を蹴散らしている黒いゴスロリ服の彼女と、ハリセンで迫りくる信者を打ち払っているスーツ姿の幼い彼。


「ドンショクちゃんッ! 少年ッ!」


「中の様子伺ってたら天井から落ちてくるってどういうことよッ! つーかおばさんはァッ!?」


「相変わらずぼくがいないと駄目だねハヤトさんッ! でも大丈夫ッ! これくらいなら、ぼくとドンショクさんで何とかするから……」


「二人とも、俺を助けに……」


「[オレ様最強ビィィィィィィィムッ!!!]」


 あっぶなぁぁぁッ! この状況下で攻撃仕掛けてくるか普通ッ!?


「チィッ! 仕留めそこなったわァァァッ!!!」


「今ピンチに味方が駆けつけてくれるって言う胸アツシーンだっただろうがァァァッ!!! 何空気を読まずに攻撃を……」


「そこだッ!!! [オレ様最強ビィィィィィィィムッ!!!]」


「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


「やかましいぞこの不敬者がァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! オレ様は自分が喋るのは大好きだが人の話を聞くのは大っ嫌いだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 もうやだなんなのこの黒幕。空気読めないっていうレベルじゃねーぞ。こんなんでよくもまあ今まで生きてこれたなオイ。


 そんな哀れみとも何とも言えない気持ちを胸に、俺はセトケンの目からビームを避けまわっていた。

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