第33話 彼女の独白と決意と飛んできた葉っぱ一枚
わたしは一人。古教会の屋上に居ました。部分的に高くそびえ立っている礼拝堂のステンドグラスに背を預け、下からわたしを呼ぶ声に耳を傾けています。
ステータスちゃんとは仮の名前。本当のわたしは、この世界の創造神。この世の全てを創造した、始まりの女神、アルテミシア。それがわたしの正体です。
この星に降り立ったわたしは。何もない星の中に、全てを一から創りました。大地を、海を、自然を……そして、生き物を。
命を芽吹かせたわたしは、それらの全てを愛しました。彼らはみんな、わたしが生み出した子ども達。可愛くない訳がありません。
創り出した彼らは徐々に成長して、そして進化していく様を、わたしは共にあり、近くで見守って、そして手助けしていました。
失敗しないように、間違わないように。わたしが大好きなみんなが、大きく真っ直ぐ育つように。
最初は単純な生き物だった彼らは進化を繰り返し、やがて魔族や魔物。それ以外の動物や植物、わたしに近い存在となった天使。そして、人間となりました。
彼らは複雑で、煩雑で、愚かで手がかかって……愛おしい存在でした。
わたしは種族に関係なく、皆さんを守りました。住む場所を用意し、衣服を創り、食べ物を与え、娯楽を準備して……誰もが生きていられるように。誰もが笑顔であるように。
彼らと一緒になって生き、そして彼らに尽くしました。本当に手がかかる子ばかりで……わたしはいつも「も~」と頬を膨らませながら、彼らの要求を聞いていました。
そうしてみんなは笑顔でいてくれましたが……やがて、彼らの態度が変わり始めました。
ありがとう、大好きだよの声は聞こえなくなり、してもらって当然、ここまですべきだ、これじゃ足りないと、不満が出るようになりました。
文句を言う彼らに、わたしは必死になって応えていましたが……その欲求が、止まる事はありませんでした。
もっと、もっと、もっと、もっと……人間が、天使が、魔族が、魔物が、動物が、植物が。彼らはもっと、もっと、と言い続けていました。
いつしか。彼らはわたしの及ぶ範囲以上のものを求め始め、それに応えられなくなった時。わたしは糾弾されました。
お前が生んだんだろッ!? 早く寄越せッ! 出せないなんてふざけるなッ! 自分達を愛しているんじゃないのかッ!?
そんな声が溢れ、改めて彼らを見たわたしは、そこで初めて気がつきました。彼らはもう、一人では立てなくなっていた事に。立って歩く事はおろか、わたしがいないと口すら動かさなくなっていました。
最早、生きて何かを乞う事しかしなくなった彼ら。使わなくなった部位を退化させ、ただ在り続けることしかしなくなったその姿に、かつての面影はありませんでした。
ああ、そうか、とわたしは納得しました。良かれと思っていました。わたしはただ、大好きな彼らに尽くしたいと思っていただけでした。
しかし結果的にそんな思いが、彼らを堕落させたのだと。わたしは、間違ってしまったのだと。
そう感じたわたしは、一つの決断をしました。それは、彼らの前からいなくなること。自分がいると、彼らはどうしてもわたしを頼ってしまうから……だから、姿を隠す事にしました。
誰にも何も言わず、見つかる事がない世界の隅っこに行き、わたしはそこで、彼らを見守りながら祈りました。どうか彼らが自らの足で再度、立ち上がってくれますように、と。
最初こそ彼らは、いなくなったわたしに対する文句ばかり言っていました。捨てられた、逃げられた、生んでおいていなくなるなんて勝手な奴だ。世界各地で、わたしに対する罵詈雑言が飛び交っていました。
それでも、わたしは祈りました。わたしが愛した彼らは、そこで終わるような事はないと。
始めは天使の一人を女神にし、わたしと同じようにしてもらおうとしていた彼らでしたが、やがて祈りが通じたのか、彼らは不器用ながらにも立ち上がりました。そしてわたしを忘れ、前へと進み始めました。
当然。わたしがしていた時のように全てが上手くやれる筈もなく、彼らは様々な問題にぶつかり、頭を悩ませ、そして間違っていました。
でも。彼らは自分達で立ち、進み、そして悩んでいました。その光景を見たわたしは、どれほど嬉しかった事でしょう。言葉にできないくらい、感激したのを覚えています。
わたしはひたすらに、彼らを見守っていました。争い、しくじり、災害や疫病に苦しみながらも、彼らは生きてくれました。
その生き様の、何と美しい事でしょうか。いつの間にかわたしは、見ているだけでは満足できなくなり、再び、彼らと交流したいと思い始めました。
しかし、再びわたしが降臨してしまえば、かつての二の舞になる可能性がありました。
そこで目をつけたのが、転生者です。何やら天使達が人間らと相談して、他の世界から死んだ人をこちらの世界に送ってきていました。
他の世界の人なら、わたしの事を知りません。ならば、わたしと対等にあってくれるのではないか。期待に胸を膨らませながら、わたしは転生してくる人々を見ていました。
いや。いっそ適当に選んでみるか。悪戯心が顔を出し、わたしは適当に、一人の転生者を拾いました。
それが相山ハヤト。プロフィールだけを見ると、ロクでもない人間であることは、よく解りました。
でも、この人は、それだけではありませんでした。とあることから、立ち上がった彼。それは奇しくも、わたしが望んでいた人の姿でした。
……もしかしてこの人なら、わたしも気兼ねなく話せるかな……?
そう思って、わたしは彼のスキルとして宿りました。開幕からフルチンの彼。もう最高でした。
ふと、自分の名前はどうしよう、と思い至りました。アルテミシア、と名乗るのも何か違う気がしますし、ここは、いっそ……。
『わたしは貴方のステータスです。気軽にステータスちゃん、とお呼びください』
こうして、わたしはステータスちゃんになりました。
それからの日々は、本当に楽しかったです。相山との馬鹿騒ぎ。楽しいパチンコ。魔族の小娘とのやり合いに、わたし好みのショタまで完備。
ああ、やっぱり。わたしはみんなが大好きなんだ、と。実感しました。
…………でも。
(こんなに、大勢の方々から……呼ばれている……)
わたしは目を開けました。眼下に広がるのは、わたしを求める声。最初はただ洗脳するスキルを使っているのかとも思っていましたが、これは少し違うものでした。
誰が使っているのかは解りませんが、このスキルは[どうせお前もそう思ってんだろ?]というもの。対象がほんの少しでも思っている事を、一気に溢れさせるスキルです。
全く思いもしていない相手には通用しないスキル。つまり、このスキルでわたしを呼ぶ状況になると言う事は、誰もが心の内ではそう願っているという事。
誰もが心の何処かで、楽をしたい、守ってもらいたい、全てを受け入れて無条件で愛して欲しい……そんな思いを持っている人が、これだけいるという事です。
「……ならば、わたしが応えます」
わたしは再び目を閉じました。今まで彼らには、散々苦労させてきたのです。もうそろそろ、楽をさせてあげても良いのではないでしょうか。
どんなに素晴らしいあなたでも。どんなに駄目なあなたでも。誰であっても等しく受け入れて、抱きしめて、そして祝福しましょう。
だってわたしは、皆さんが大好きなんですから。
その内にこの教会の大広間で、女神を呼ぶ願いの祈りが始まります。祈りと共に、わたしは再び始まりの女神として、彼らの目の前に降臨しましょう。ステータスちゃんではなく、女神アルテミシアとして。
今まで散々見て見ぬふりをしてきた彼らに、もう一度、わたしの愛を。始まりの女神の祝福を、全ての皆さんに。
わたしがそんな決意を胸に、再度目を開けたら、
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
馬鹿が葉っぱ一枚でこちらに飛んできました。
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