第30話 暴動と始まりの女神といなくなった彼女


「あなたも女神の愛を思い出しましょう」


「私達は愛されていました。あの愛を取り戻しましょう」


「今の女神は、所詮お下がりです。あの素晴らしい女神の寵愛をもう一度……」


「「「さあッ!!! みんなで始まりの女神を称えるのですッ!!!」」」


 ある日の朝。外に出て街を見渡した俺達が見たのは、虚ろな目をして口々に同じ言葉を言いながら、何処かへ向かって行進していく人々だった。


 突如として街中に溢れ出した、女神の愛を謳う彼らは徐々に広がっていき、なんだなんだと見ていた人達や魔族まで、やがては同じ言葉を口にするようになっている。


 途中で食ってかかる人には周囲全員で襲いかかっており、それは最早暴動であった。


「……どーなってんだ、こりゃ?」


「……知らないわよ、こんなの」


「役所の方もてんやわんやみたいだよ。突然、暴動が起こったって」


 首を傾げている俺に、ドンショクちゃんも解らないと言っている。ショータロー君の言葉から、役所の方も大変な事になっているらしい。


 台風とか地震が起きた時に、一番大変なのは役所の人間だもんなぁ。ホント、お疲れ様です。


「……みんな、正気を失ってる。まるで催眠にでもかけられたみたいだ……」


 ショータロー君が冷静に分析しているが、俺はそれよりも気になる事がある。


「……ところで始まりの女神って、何だ?」


「何よ変態、知らないの? まああたしも、かじり聞いたことしか無いんだけど……」


「始まりの女神、アルテミシア……ま、今じゃ言い伝えみたいなもんだけど」


 始まりの女神だの今の女神はお下がりだの、聞いた事ない単語が飛び交っていて訳がわからないよ。そんな俺の疑問に、ショータロー君がゆっくりと話し始めてくれた。


「この世界を創ったと言われている女神様。全ての大地、海等の自然から生き物に至るまで、その全てを創造したと言われている、絶対的な存在。しかも凄いのは、この女神様、実在してたって言われているんだ」


「実在してた?」


 俺は再度、首を傾げる。女神様が実在していた。って言うことはつまり、普通にそこにいて、話したり何なりができたって事だ。


「人間や魔族等のあらゆる生き物と話し、一緒に食物を食べ、そしてみんなを愛し、守り、尽くしてくれてた。それこそ食べ物から住む所、衣服や娯楽まで、生き物が生活していく上で欲しいものを全部用意して、世界中のみんなに与えてくれてた……そんな女神様だったらしいよ。スケールが大きすぎて、ホントかどうかは知らないけどね」


 すげぇ、流石は異世界だ。神が実在して一緒にご飯を食べられるとか、元の世界じゃ絶対にあり得なかった事だ。


 おまけにその女神様、典型的な人を駄目にするタイプだったみたいだな。しかも、その規模が世界全て。全生物を駄目にする女神様って事だったのか。


 ……元の世界での、アイツみたいに。


「んじゃ、お下がり女神ってのは何よ?」


「……確かーに」


 ドンショクちゃんの疑問に俺も同調する。お下がり女神とか、女神ってお下がりでもらえるようなもんなの?


「……女神エクローシア。アルテミシアがいなくなった後に祭り上げられた、アルテミシアに仕えていた天使の一人だよ」


「……いなくなった? 少年。いなくなったって事は……」


「うん。女神アルテミシアはある時、突如としてみんなの前からいなくなった。あれほどみんなを愛して、守り、そして尽くしてくれていた女神様が、誰にも何も言わずにね」


「……何でよ? その女神様は、みんなが大好きだったんじゃないの?」


「さあ? そこまでは知らないけどさ……おかげで、仕えていた天使達、そして生き物達は大パニックになったらしいよ? 何せ、生活のほとんどを女神に依存してみたいだからさ」


 今まで生活費や身の回りの世話をしてくれていた輩がいなくなって、残された奴がエラい思いをしていると。そういう話だろうか。ただ少し、規模が違い過ぎる気がするが……。


「そうして人間や魔族は新しい女神、エクローシアを立てたんだけど、流石に一介の天使に前の女神程の力はなかった。だから彼らは立ち上がったのさ。自分達で何とかするしかない、ってね」


「……それでようやく人間も魔族も動き出して、ここまで発展してきた……ってことなのね?」


「そうそう。まあ女神が実在してて姿をくらましたって部分も、もうずっと昔の事なんだけどね。今ではそれが本当だったか、なんて学者らの間でも議論してるらしいし、歴史なのか神話なのかは解らないんだけどさ」


 ショータロー君とドンショクちゃんが頷きあっていた。なるほど。事実かどうかはともかく、そんな話があったのか。


「……んじゃ。今アイツらが言ってる事って……」


「多分だけど、女神アルテミシアを探して、昔の女神に守られていた生活を取り戻したい人達なんじゃないかな? 全く。自分たちは知りもしない癖に、一体いつの時代に戻りたいんだか」


 俺の考えを、ショータロー君が言葉にしてくれた。つまり今回の暴動は、ざっくりと言ってしまえば女神のヒモに戻りたい連中の仕業という訳だ。


 おいおいマジかよ。ヒモに戻りたいから暴れますとか、癇癪起こしたニートの反乱かよ。家庭内暴力の世界バージョンとか、迷惑もいいところだぞ。


「んで、役所の方から全冒険者にクエストの通達があったよ。暴動を押さえて被害を軽減すること。可能であれば、暴動の元を探し出して叩くこと。報酬は、この事態への貢献度による出来高制だってさ」


「なーる、りょーかい。んじゃ、さっさとやろうか」


 ショータロー君からの言葉で正式にクエストになってることも解ったし、さっさとやることをやっちまおうか。


 何せ、俺にはステータスちゃんがいる。どんな状況下でも、彼女がいればイチコロよ。


「んじゃ、ステータスちゃん。[おれはしょうきにもどった!]でも何でも良いから、スキルプリーズ。さっさと終わらせようぜ」


「っていうかおばさん。さっきから黙ってるけど、なんで実体化しないのよ? 今から忙しくなりそうだってのに……」


 俺とドンショクちゃんがステータスちゃんを呼んだが、一向に返事がない。そーいや今朝から、ステータスちゃんは一回も実体化してきてなかったな。ったく肝心な時にサボりやがって。


「おーい、ステータスちゃん? 聞こえてんだろ? 俺の頭ん中にいるんだからよぉ?」


「あら? あんな所にも女神への愛を理解していない方々が……」


 遠巻きに見ていた筈だが、やがて一人のおばさんが、俺達三人の存在に気づいたらしい。他の民衆が一斉に首を回し、こちらをギロリと睨んできた。


「うわ。見つかっちゃったね……」


「ちょっと変態ッ! 早くしなさいよッ!」


「解ってるってッ! おいッ! ステータスちゃんマジでいい加減にしろよッ!? こんな時までふざけてんじゃ……」


 しかし。俺がいくら声をかけようが、ステータスちゃんからの言葉が返ってこない。おかしい。一体どういうことだ?


 不安に思った俺は、ふと、この世界に来た時のことを思い出した。最初にこの世界に来て、俺は何をしたか。その時の事を思い返して、俺は叫んだ。


 これなら、彼女からの返事が来ると信じて。


「ステータス、オープンッ!!!」


 だが、あの時のような返事は来なかった。代わりに俺の目の前には、いつも目にしていたステータス画面が表示される。


『氏名:相山ハヤト

 性別:男性

 年齢:二十八歳

 状態:葉っぱ隊

 職業:ロリコン

 取得スキル:

 持ち物:五百万円の借金(ちょっと減った)

 備考:

 体力:135

 筋力:23

 耐久:21

 敏捷:26

 魔力:0

 運 :15

(※以下、詳細ステータスあり)』


「…………ない……」


「ないって、何がよッ!? 早くおばさんを呼んで……」


「ステータスちゃんがいないッ!!!」


 俺は叫んだ。取得スキル欄にいつもあった、『ステータスちゃん』の文字が消えている。それどころか、これ以上は有料になりますとか抜かして今まで見られなかった、筋力等の数値まで見えるようになっている。


「ウッソだろお前ッ!?」


 いつもの掛け声を出しても、最早それに対しての返事はない。


 完全に、俺の中にいた筈のステータスちゃんがいなくなっていた。


「ど、どうすんのよこれッ!?」


「……仕方ない。ぼく達で切り抜けるしかないよ」


 ドンショクちゃんが焦った声を出す中、ショータロー君がハリセンを構える。なんて心強いショタだ。


「ハヤトさんは下がってて。ステータスさんがいなくて能力値もスキルのそのままなら、一番危ないのはハヤトさんだ」


「……ったく、ホントに世話が焼けるわね変態は。いいわ、あたしが何とかしてあげるッ! "悪食(イートワールド)"ッ!」


 そう言って、ドンショクちゃんも自身の触手を展開した。


「行くよドンショクさんッ! ただし、必要以上に一般市民に危害を加えないように制圧することッ!」


「解ってるわよッ! あたしに任せなさいッ!」


「「「女神の寵愛をォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」


 二人はそのまま、暴徒と化した人々に向かっていく。俺はその後ろを、ついていくことしか出来なかった。


 …………。


 ……ああ、もうッ!

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