第22話 リテイクといつもの土下座と迷走


「あん?」


「今、何か聞こえなかった? あたしは聞こえたけど……」


「グァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 顔を向けた俺達の前には、三メートルはあろうかと言う白い毛並みをしたクマさんが立っていた。


 それを見た俺は咄嗟に叫んだ。


「な、なんだよこのクマはァッ!?」


「嘘でしょ!? こいつ、シロアシラよッ! 普段は山の奥にしか生息してないのに、なんでこんな所に……」


「グァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!」」


 振るわれたのは、両の前足についている鋭い鉤爪。ドンショクちゃんと一緒に何とか避けることができたが、あんなもんに当たったら怪我だけじゃ済まないだろう。


「ちょっとぉ! 何とかしなさいよ変態ッ! アンタにはあのスキルがあるでしょ!?」


「ッ! そーだな、俺にはボブがいるッ!」


 俺は真っ直ぐにシロアシラに向けて手を伸ばした。フフフ、覚悟しろこのクマ野郎。誰もボブのブートキャンプからは逃れられない。


「スキル発動ッ! [ブートキャンプは楽しいゾ!]」


 しかし何も起こらなかった!


 代わりに虚空から、何かが書いてある一枚の紙切れが落ちてくる。それを引っ掴んだ俺は、書かれている文字を見た。


『スキル出しっぱなしにしとくの疲れたので回収しますね。何より、今日は新台の日なんです! だから今日はお休みですよ。

 貴方のステータスちゃんより』


「ああんのクソアマがァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 ガマちゃん持って何処行ったのかと思ってたら、案の定パチンコに行ってやがったのかド畜生がァァァッ!!!


「グァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「ヒィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」


 逃げ惑う俺。クマは逃げる背を見せると追ってくるから駄目だとか聞いたことあるが、こんな命の危機が迫っている状況でそんな正論を実施できる余裕もない。


 俺は惨めに逃げ惑い、その後ろをシロアシラがよだれを垂らしながら追ってきていた。


「つーかオメーのスキルでクマくらい何とかなんねーのかよッ!? 人間も丸呑みにしてたあれでよぉッ!?」


「……まあ。何とかならないこともないけど……」


 できるんかいッ!!!


「ならさっさとやれってッ! こちとらマジで食われる五秒前で……」


「変態、土下座しなさい」


 お前もかブルータスゥッ!!!


「いやー。やっぱ流れと言うかお約束って言うか? ほら、変態の土下座が決まらないと、締りが悪いじゃない?」


「何処に対しての配慮なんだよそれはァァァッ!?」


 なんだろう。俺の下げる頭の価値って、今どうなってんだろうか。株価みたく上下したりしてんの? どうでも良い時からこんな絶体絶命状態まで幅広く対応してんだけど?


「ほらほらー。可愛いドンショクちゃんに土下座して、あたしの下僕になるって誓いなさいよ」


「それなんか違う契約結ばせようとしてないッ!?」


 はい、ドSもう一丁入りまーす。


「グァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「ヒィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」


 シロアシラの勢いが衰えることもなく、俺はただただ追い回されていた。


 このままで何とかなる見込みは、ゼロ。助かりたければ……。


「申し訳ありませんでしたどうか卑しい俺めを貴女様の豚にしてくださいませドンショクちゃ……いえ、女王様」


「ひゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ! 何これ何これッ! 変態の惨めさがヤバ過ぎるッ! これは癖になるわーッ!」


 良いから早く助けて。死んじゃう。


「はー、笑った笑った。あたし専用の豚も手に入れたことだし、そろそろ助けてあげようかしら。"悪食(イートワールド)"ッ!」


 ようやっと、ドンショクちゃんの背中から人の腕サイズの触手が無数に現れた。


 それらはシロアシラへ伸びていったかと思うと、三メートルはあろうかという巨体を、一瞬で締め上げる。


「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」


「あたしの触手はそう簡単には破れないわよ? んじゃ、早速……」


 そして、身動きの取れないシロアシラに向かって、一本の触手が向かって行き、その全てを喰らおうと口を大きく肥大化させた。


「いただきます」


「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!?」


 ズボォっと触手に丸呑みされたシロアシラは、必死の抵抗を試みている。


 しかし、触手の蠢きには抗えないのか、ドンドンと内側へと飲み込まれていった。


「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア………………」


「……ウップス」


 やがてシロアシラはドンショクちゃんの背中から体内に入っていった。それと同時に、ドンショクちゃんが横綱級に激太りする。


「……いきなりデブったな、おい」


「うるさいわねッ! こんな大きいもん丸呑みにしたんだから、当然でしょ!?」


 それもそうか。


「……つーか、おい。魔物狩って素材を売って金にする、って話だったんじゃなかったっけ?」


「……………………あ」


 せっかく出てきた魔物だが、今やドンショクちゃんの腹の中だ。これでは素材もへったくれもない。


「あ、じゃねーよッ! どーすんだよ、これじゃ換金所で換金できねーじゃねーかッ!!!」


「あ、あたしの"悪食(イートワールド)"じゃ丸呑みにしかできないのよッ! 縛り上げて持ってくとか、面倒くさいし……」


「できるんじゃねーかッ! おい、吐き出せッ! 今すぐッ! 売れる部分がなくなる前によぉッ!?」


「む、無理よッ! この前と違ってあたしお腹空いてんだから、もう身体が消化の態勢に入っちゃって……」


「オラァッ!」


「ウゲホォッ!? ちょっと、か弱い乙女に腹パンとか、どういう神経してんのよッ!? あたしの豚になった分際でェッ!!!」


「うるせぇッ! 結局また骨折り損のくたびれ儲けじゃねーか、このデブ女がァァァッ!!!」


「ハァァァッ!? またあたしのことデブっつったなこの変態豚ァッ! 今日という今日は許さないわよォッ!!!」


 そんな感じでやり取りをしても、結局は何も得られなかった。


 ホント、どいつもコイツもどうしてこんなにアホばっかりなんだろうか……俺も土下座し損だったなぁ……畜生……。
















「……はいカットォッ! お疲れ様でした……こんな感じでどうでしょうか、ショータロー様?」


 監督の一声で撮影が終わった。そのままショータロー君に、胡麻をするような手の動きを入れながら、感想を聞いている。


「うん、悪くはなかったと思うよ? この物語のテンプレートになりつつある、問題発生、ピンチ、ハヤトさんの土下座。その後にチートで解決、でも結局は何も得られませんでした……の流れが綺麗にできてたしね」


「ありがとうございます!」


 椅子に座ってハリセンを手に、足を組んで監督さんにそう告げているショータロー君。大物感が凄い。


「でもね。これ、ステータスさんがいる時のネタなんだよね。ドンショクさんはドンショクさんでちゃんとキャラ持ってるのに、彼女と同じルートを辿らせるのは、正直駄目だと思うよ? 何でもできて、どんなネタでもぶち込めるステータスさんに比べたら、どうしてもドンショクさんの印象が薄くなっちゃう。彼女の強みが活かしきれてないじゃないか。せっかくの親父ギャグ好き設定も、最後全く出てきてなかったし……これは脚本が悪いね」


「そ、それは……」


「ボツネタとして残しとくのは良いけど、これをオンエアするのは無しだよ。もう一回、ちゃんとドンショクさん個人を活かせるようなネタを書いてくること。三十分休憩したらもう一回やるよ。その間にドンショクさんを活かせるネタ、考えておいてね。じゃ」


「しょ、ショータロー様ァァァッ!?」


 そう言って。ショータロー君は行ってしまった。監督が泣きそうな顔になっている。


 ヤッベ、これオッケーが出るまでしばらくかかるやつだ、俺知ってる。


「お、おえええええぇぇぇ……」


 一方向こうでは、ドンショクちゃん飲み込んだアイツを触手から吐き出していた。


 つーか臭い。ドンショクちゃんの胃液、酸っぱい加えてなんか変な臭いがする……。


「めっちゃヌルヌルしたし、何あの臭い、臭ァ……しゃ、シャワー室は何処ですか?」


 シロアシラはベトベトになった身体を洗いに行っている。ドンショクちゃんはドンショクちゃんで、息を荒くしていた。


「ハァ、ハァ、ま、また吐くの? あたし、登場してから、吐いてばっかりなんだけど……」


「……ん? そうか、それだ! ゲロインだッ! 次のネタは、ドンショクちゃんゲロイン化計画で行くぞッ!」


「ちょっとッ! またあたしに変な設定入れないでよッ! このままじゃキャラ付けに迷走してる売れない新人アイドルみたいじゃないのッ!」


「あのー、監督さん。ワシのレギュラー入り件は……」


「後だ後ッ! とにかく今日の撮影終わらせてからにするぞッ!!!」


 バタバタとやっているそんな彼らを見つつ、俺は天を仰いだ。うん、今日はいつ帰れるんだろう。

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