第8話 冒険者ギルドと恥じらいと体力検査


「……では、番号札を取って少々お待ちください」


「ここただの役所じゃねーかァァァッッ!!!」


 冒険者ギルドという異世界っぽさに求めてやってきたそこは、俺の淡い期待を粉々に打ち砕くものだった。


 並べられた白いテーブル類と待ち合い。所々に観葉植物があり、壁には「クエスト詐欺に注意!」というポスターなんかが貼ってある。


 受付カウンターにはなんの装飾もないまま「冒険者ギルド」と書かれたプレートが置かれていて、その向こうでは職員らが仕事をしている。隣カウンターには「市民課」の文字も見える。


 カウンターの向こうには、ベテランと思われる少し年老いた女性がおり、手元のパソコンと訪れる人々を手慣れた様子で交互に捌いていてガァァァデムッ!!!


「畜生こんな世界に少しでも期待した俺が馬鹿だったァァァッ! せめて受付嬢くらいは若いの用意しとけよ十四歳以下のよォォォッ!」


「すみません、他の方々の迷惑になりますので、大声は出さないでいただけませんか?」


「アッハイ、すみません……」


「ブッハァッ! 注意されてやんの、ダサいですよ相山ァッ!」


「そちらのお連れ様も賑やかなところ大変恐縮ですが、お口を閉じていたたければ幸いです」


「アッハイ、すみません……」


 二人して仲良く巡回していた職員に怒られた俺達は、大人しく番号札を取って待ち合いの椅子で座って待った。


 やがて呼び出しがかかり、俺達は冒険者ギルドと書かれたプレートがあるカウンターへと向かう。


「はい、こちら冒険者ギッ……ルド担当です。今日はどうされましたか?」


 カウンターの向こうにいる黒い髪の毛を後ろで一纏めにして厚化粧したベテランっぽいおばさんが、一度こちらを見て言葉を詰まらせる。


 そして視線をパソコンに移して話を続けたおいこっち見ろこのクラシカル紳士スタイルが目に入らぬか?


「あの、冒険者になりたいんですけど……」


「新規の登録希望の方ですね。それではこちらの書類に記入をお願いします」


 こちらを見ないままにサッと取り出されたのは、「冒険者ギルド加入希望書」と言う名前の書類。名前や年齢、職業などを記入する欄がたくさんある。


 うん、白黒印刷で何の装飾もないところが実に役所の書類っぽい。


「こちらに必要事項を記入後、提出いただきましたら少々お待ちください。幸い今日の午後に体力検査がありますので、そのままご参加いただければと思います」


 そう言われたので、俺は必要事項をボールペンで書き込み始めたああなんだろうこのやりきれない感覚は元の世界とやってることなんも変わらねー。


「……経歴ってどうしたら良いんだこれ?」


「……適当ぶっこきましょう」


 ただし。いくら似てるとは言え、一応異世界人である俺にこの世界での経歴等ない。なのでステータスちゃんと相談して、それっぽいものを書いておいた。


 そのまま書類を出し、しばらく待つ事になる。


「すみません相山様。少々よろしいでしょうか?」


 と思っていたら、書類を出したおばさんから声をかけられた。


 ヤベ、適当に書いた経歴にケチでもつけられるんだろうか? どうやって誤魔化そうか……。


「職業欄にロリコンとありますが、こちらは一体どういうおつもりで?」


 そっちかい。


「いや、つもりも何も、そのまま書いただけなんだけど……」


「ロリコンは職業ではありません」


 ですよね、どっちかって言うと生き様ですもんね。


「少々失礼します」


 するとおばさんがこちらに手を向けて魔法陣を展開したおおお異世界っぽい! こういうのでいいんだよこういうので!


「きゃぁぁぁあああッ!」


 すると突然。ステータスちゃんが叫んだ。びっくりしたおばさんが魔法陣を消すあああもうちょっと見てたかったのに。


「お、お連れ様、どうかされましたか……?」


 自分の身体の大事なところを腕で隠すように抱いているステータスちゃんだが、一体どうしたと言うのか。


「どうかなされましたかじゃありません! 貴女今、何をしようとしましたかッ!?」


「な、何とは、相山様のステータスの確認を……」


「人に了承も取らないまま見ようとするとかセクハラですよセクハラッ!」


 お前は何を言っているんだ?


「相山のステータスはわたしなんですから、淫らに人に見せようとしないでくださいッ!」


 みだりに、じゃね? 何でいやらしくなってんの? お前じゃ勃つものも勃たんと言うのに。


「あと勝手に見ようとしてくる輩がいたら跳ね除けてくださいッ! 服を脱がそうとしているようなもんですよッ!? 常識を学んでくださいッ!!!」


 常識って何だろう。俺にだって、解らないことくらい、ある……。


 結局、何故か顔を真っ赤にしたステータスちゃんに俺が土下座して、役所の職員に俺の職業欄を表示してもらうことになったいや何で俺が土下座するの世界は不思議で満ちている早く発見しなきゃ。


『氏名:相山ハヤト

 性別:男性

 年齢:二十八歳

 状態:葉っぱ隊

 職業:ロリコン

 取得スキル:ステータスちゃん

 持ち物:五百万円の借金(ちょっと減った)』


「み、見られちゃった……こんな、公共の場で……」


 顔を赤くしたステータスちゃんが何か言っているが無視だ無視。


「……少々お待ちください」


 俺のステータスを確認したおばさんはそう言い残して立ち上がり、後ろにいた上司と思われる他の職員の方々と話し合っていた。


 チラチラこっち見てくるのが気になるところだがおい今指差しただろ見えてんぞコラ。


 やがて戻ってきたおばさんは自分の席に座ると、口を開いた。


「……では、このままで処理させていただきます」


 これはあれか、詳しく掘り下げると面倒なのでありのまま受け入れて詮索しない、というヤツか。何かあっても言われたまま登録しただけです、とか言いそうだなおい。


 そっちから確認を求めてきた癖に何だその態度はとも思ったが、俺は葉っぱ一枚なので許してやろう。葉っぱがなければ即死だったぞ?


 なんだかんだで登録を終えた俺は、仮の冒険者ライセンスという名の免許証みたいなのを受け取り、ステータスちゃんと適当に談笑して時間を潰した後、午後の体力試験に挑む。


「では、ただいまより体力検査を始めます」


 スーツ姿の男性職員が声を上げる。俺達が集められたのは役所と道を挟んだ隣にあったグラウンドだ。多分、市営グラウンドみたいなもんなんだろう。


 午後の体力検査には、俺以外にも数名の人がいた。全員男だ。ちなみにステータスちゃんは居ると邪魔になるらしいので、実体化を解いて俺の頭の中にいる。


「まずは短距離走から。今から合図と共に、あそこまで全力で走ってください。こちらでタイムを測ります。では順番……」


 ほほう、まずは短距離走か。距離的に五十メートル走って感じだな。足ならそこそこ自信があるぜ。


 まあ最近は運動不足感もあったが、それでも十秒以上かかるなんてことはないだろう。


 やがて俺の番となり、俺はクラウチングスタートの構えを取った。


『……うわ。葉っぱ一枚でその構えとか……後ろから見たら肛門がまる見えなのでは……?』


 頭の中のステータスちゃんがうるさい。俺のケツの穴が世界まる見えだろうが、肝心なのはタイムだ。他の人が信じられない目でこちらを見てきているような気がするが、多分気のせいだろう。


 開始の合図と共に、走り出した。俺は今、風になるッ!


「……相山ハヤト。タイム、三十八秒四六」


「テメー速さの数値弄りやがったなァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 職員にタイムを聞かされた俺は吠えた。


『あっはっはっはっはっはっはッ! 遅ッ! めっちゃ遅いッ! 手と足はめっちゃシャカシャカ動いてたのに、歩いてんのかと思いましたよォッ!!!』


「笑ってんじゃねェェェッ! 公式記録に残っちまったじゃねぇかッ!!!」


 おのれ、目の前にいたら間違いなくぶん殴ってやるのに。


 仕方ない、この後の検査で取り戻してやるしかない。今のところ足の速さが壊滅的になってしまっただけだしな。


「……相山ハヤト。握力、一キロ」


「……相山ハヤト。上体起こし、三回」


「……相山ハヤト。シャトルラン、ゼロ回」


「テメーふざけんなゴルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


『あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!!』


 しかしその後も俺はステータスちゃんに数値を弄られまくり、体力検査の結果は散々なものになってしまったおいテメー屋上に行こうぜ久しぶりにキレちまったよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る