第7話 金欠と人面犬と人面なめくじ


「お金がありませんッ!」


 俺が葉っぱ一枚のまま、カールのおっさんに用意されたボロアパートの一室でだらけていたら、ステータスちゃんが実体化してきて声を上げたなんだようっせーな。


「相山ッ! お金がありませんよッ! 早く働いてくださいッ!」


「今日は休みだっつってんだろーがッ!!!」


 あの借金を背負ってしまった日以降。俺達っつーか主に俺は、カールのおっさんの元で下働きをさせられている。


 パチンコ屋での接客や掃除から、その他の雑用をホイホイ投げられていた。


 住む所も決められ、四畳半でトイレ洗濯機が共用。洗面台はなく水場とコンロが一つのみで、お風呂は近くの銭湯を利用するというこのボロアパート以外に、俺がこの街で借りられる物件はない。


 何故なら、ヤクザネットワーク的サムシングで俺の情報が行き渡ったらしく、試しに不動産屋に行ってみたら、「お客様、その格好では……」と入店を拒否されてしまったからだ。おのれカールのおっさん。


 最早元の世界での社畜生活よりも惨めな生活となった俺だが、今日は久しぶりの午前休みなのだ。


 午後からまたカールのおっさんに呼ばれてるし、それまでは部屋でゴロゴロして英気を養いたいというのに、このステータスちゃんがうるさい。


「だいたい金なんかねーに決まってんだろッ! 働いた金のほとんどは借金返済に当ててんだから、手元には飯食うぐらいの金しか残ってねーんだよッ!」


「それもなくなったから言ってるんですよッ!」


「は?」


 ちょっと待てお前今なんつった飯食う金もなくなっただと?


 バカ言え。そんな訳あるかと備え付けのタンスにしまったガマちゃん(カエルの形をした緑色のガマ口財布)を取り出して見ると、昨日まで入っていた筈のお札が消えている。


「……おい。ここには今週分の飯代が入ってた筈だろ? テメー何した?」


「……パチンコで負けちゃいまして……」


 予想はしてたけど案の定か許さんぞ貴様ァッ!!!


「お前ふざけんなよッ! 次の給料来週まで入らねーんだぞッ! 何勝手に使ってんだよッ!!!」


「うううるさいですよッ! 毎日毎日もやしの醤油かけしか食べられない生活にいい加減うんざりしてたんですッ! だから手持ちを増やして、たまにはステーキでも食べたいなーって思ってパチンコに……」


 ちなみにこの世界の食生活は、ほぼほぼ現代日本と変わりはない。ただスーパーに行くと、ドラゴン肉等の一部聞いたことない食糧がある。


 早く口にしてみたいものだが、いかんせん金がない。誰かさんの所為で。


「……で、負けてきたと?」


「と、途中までは勝ってたんですよッ!? でも、その……熱く、なっちゃいまして……」


「そっかそっかぁ、うんうん……テメー何してんだコラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 俺は叫ばずにいられなかった。


 タダでさえ金が無いというのに、この駄目ステータスちゃんは完璧にすっからかんにしてきやがったと言うのだふざけんなよこのクソアマァァァッ!


「つーかお前、俺のステータスなんだろッ!? さっさと数値弄るなりスキル作るなりで金ぐらい生み出せよッ!?」


「無茶言わないでくださいッ! わたしが弄れるのは能力の数値とか状態だけなんですよッ!? そもそもお金を作るスキルなんかあったら社会が崩壊していますッ! あとお金とか借金はステータスじゃなくて持ち物ですッ! 表示させる以外は管轄外ですッ!」


「誰が望んで借金なんか持つかこのクソアマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「クソアマッ!? 今わたしのことクソアマって言いましたねッ!? 土下座です土下座ッ! 土下座案件ですよこの野郎ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 今日という今日はタダじゃおかねぇッ! 自分は何もせずに人様が汗水垂らして持ってきたもやしを食わせてもらってる分際で偉そうにしやがってよォ鉄拳制裁じゃァッ!!!


「痛ったァッ! またわたしのこと殴りましたねッ! こうしてくれますッ!!!」


 すると、俺の目の前にステータス画面が現れた。


『氏名:相山ハヤト

 性別:男性

 年齢:二十八歳

 状態:人面犬(New!!!)

 職業:ロリコン

 取得スキル:ステータスちゃん

 持ち物:五百万円の借金(ちょっと減った)』


 気がつくと、俺は人の顔のまま身体が犬になっていた。


「ワンワン! ワーンッ! ……って何晒すんじゃ貴様ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「あっはっはっはっはっはっはっはッ! ブサイクッ! めっちゃブサイクですよ相山ァッ! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!!」


「オラァッ!!!」


 俺は腹を抱えているステータスちゃんの二の腕に噛み付いてやった食いちぎってくれるわこのアマァァァッ!!!


「痛ったァッ! ブサイクな犬に噛まれて痛ったァッ! そんなことする奴はこうですッ!!!」


『氏名:相山ハヤト

 性別:男性

 年齢:二十八歳

 状態:人面なめくじ(New!!!)

 職業:ロリコン

 取得スキル:ステータスちゃん

 持ち物:五百万円の借金(ちょっと減った)』


 気がつくと、俺は人の顔のまま身体が人間サイズのなめくじになっていた。


「ヌルヌル、ヌ~ルヌル……ってまたやりやがったな貴様ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「あっはっはっはっはっはっはっはッ! キモイッ! キモ過ぎるッ! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!!」


「こうしてくれるわこのクソアマァァァッ!!!」


「いやァァァッ!!! 気色悪いくっついてこないでェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」


 そんなこんなでドタバタすること少し。


「「ゼエ、ゼエ、ゼエ、ゼエ……」」


 互いに肩で息をする所まで来てしまっていた。


 俺もようやく人の身体を取り戻したが、人を犬やなめくじに変えて笑っていたこのクソアマは絶対に許さん。いつか痛い目に遭わせてやる。


「……相山。動いたら腹減ったんですけど」


「……もやしでも食べるか」


 そう言えば朝飯もまだだったな。俺はコンロで沸かしたお湯にもやしを一袋分投入し、十秒くらい茹ででからお湯を切り、紙皿に盛り付ける。そこに醤油を垂らしたら完成だ。


「「いただきます」」


 二人でちゃぶ台を囲み、割り箸でそれをヒョイヒョイつまんで、あっという間に飯は終わった。


 あん? 食レポはどうしたって? 味があった。現場からは以上だ。


「……ってこれだけで満腹になる訳ないじゃないですかッ!」


「んなこと解ってんだようるせぇなァッ!」


「お金がッ! お腹いっぱいになる為にもお金が必要なんですッ!」


 なんだかんだあって一周し、俺達は一番最初の問題に戻ってきた。そう、金だ。俺達には金が必要なんだ。


「そこでッ! 相山にはギルドに加入してもらいたいと思いますッ!」


「……ギルドだぁ?」


 ステータスちゃんの言葉に、俺は以前の砂浜でのやり取りを思い出す。


 平和過ぎて全くそんな気がしないのだが、この世界は魔王と呼ばれる軍勢に襲われていた筈だ。


 そこで国は勇者を求めて一般民衆にすら助力を求めている。集まった彼らを管轄するのが、冒険者ギルドと呼ばれる組織だ。


「はい、ギルドです。そこに登録すればクエストが受けられ、クエストを達成すれば報酬がもらえます」


「ただの日雇いじゃねーか」


 よくゲームで目にするこのシステムだが、実際は日雇いのアルバイトと何ら変わりはない。


 あれやってきてねー、はいやった、ありがとうねはいお駄賃、ってやつだ。


「そんなことはどうでも良いのです。登録さえ済ませれば、いつでも好きな時に募集がかかっているクエストを受けられるようになるのですよ?」


「……なんか人材派遣会社に登録する気分なんだが」


 よくよく考えてみるとこの制度、派遣っぽい感じもする。


「つーか昼からカールのおっさんに呼ばれてんのに、間に合うのかよ?」


「登録なんてサッとやればすぐでしょう? さあ、そんな細かい事は置いといて早速冒険者ギルドへ行きますよッ! わたし達にはお金がないのですからッ!」


「うるせえ原因」


 まあ、午前で終わらなきゃ話聞いてくるだけでも良いか。どっちにしろ金は必要だしな。


 カールのおっさんのとこでの下働きじゃ、返済にいつまでかかるのかも解らん。ここはサイドビジネスという奴をやってみようじゃないか。


 それに、なんだかんだ言って冒険者ギルドって、ゲームっぽくてちょっと憧れるしな。受付嬢とかが美人だったりするんだよなー、基本。


 つーかロリ受付嬢はよ。なんでおばさ……お姉さんばっかなんだよ。世界はロリを求めているぞ?


 そんなこんなで、お金お金とピーピーうるさいステータスちゃんと一緒に、俺は外に出て冒険者ギルドに向かうことになった。

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