第3話 一億と二千年前から〜あなたとブッピガンしたい

 まだ肌寒い早春の夕暮れ時。

 穏やかに流れる小川の側、岩に腰掛けているのは、マッシュルームヘアの金髪に革鎧の小柄な少年。少しぽっちゃり目のふっくらした頬と普段なら優しげなその眼差しの坊ちゃん育ち風な彼は現在……、

 死んだ魚の目をして無心にシャボン玉を飛ばしている。

 彼はこの国の未来の平和を守る存在。

 勇者。

 勇者の素質、それは闇に対する高耐性と自身の周囲に強力な光属性の加護を与える力。この力でもって魔王様を倒すことができる存在なのである。

 しかしそれ以外の能力は至って普通の人と変わらず、今まで魔王城に勇者と呼ばれる存在がたどり着いた事はない。

 魔王様は勇者に倒されるのを望んでいる。

 俺最強、モンスター弱え、ボス倒した楽勝ヒャッハーな展開、そんなチートスキル持ちの異世界人なんかに首を寄越してたまるかと、勇者を陰ながら支援している。

 例えばダンジョンの宝箱やモンスターの配置などバランスよく配置、ギルドに働きかけて専用クエストを依頼したり。

 しかしことごとく異世界人に横取りされたり、モンスターに逃げられたりとクエスト失敗ばかりが続く。

 そう言うとき勇者はいつも土手でシャボン玉を吹いて黄昏ているのだ。

「この仕事向いてない。勇者やめようかなぁ……」

 重いため息と共にシャボン玉。

 しばらくして、

 気がつくと隣からもシャボン玉。

 見ると少女が少年と同じ様にシャボン玉を吹いている。

 言葉は無い。

 ただ無心でシャボン玉を飛ばす二人。

 小川のせせらぎ、向こうに街並みの生活音、土手を歩く人々の声。

 ゆったりとした時間が流れる。

 いつのまにか少年の死んだ魚の目は、元の瞳の色を取り戻していた。

 そんな少年の横顔を見て安心したのか笑顔を浮かべる少女。

『またねっ』の言葉の代わりに一層の笑顔で返し土手へと戻っていく。

 夕陽に照らされたその笑顔は、少年にまた明日も頑張ってみよう。そんな気持ちを浮かばせるものだった。

「また明日もここにいるから」

 勇気を出して少年は少女に聞いた。

「お姉さんの名前なんて言うの?」

 その少女は少年まで近づき耳元で、

「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」

 そう周りに聞こえない声で囁いた。

 一歩下がると、

「好きな様に呼んでいいよ」

 と、はにかんだ様な笑顔を見せる少女。

「じゃあ、いちごさんって呼んでいい?」

 うん、と頭を一振り。

「じゃあまた明日ねー」

「またねいちごさん!」

 少年は少女の背が見えなくなるまで腕を振っていた。

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