ソロ書き込みでステルスマーケティング

矮凹七五

第1話 ソロ書き込みでステルスマーケティング

「困ったな……新作の『四十九日(震え声)』が全然売れていない」

『四十九日(震え声)』とは、弊社の新作ゲームソフトだ。ジャンルはアドベンチャーゲームで、名前から想像が付くかもしれないが、シナリオはホラー系。多数のシナリオがあって、どれからプレイしてもいいというシステムとなっている。

 大物シナリオライターや作家に頼んで、シナリオを書いていただいたのはいいのだが、そちらにコストをかけすぎたせいで、宣伝や販促等にコストをかける事ができなかった。

 そのためか、全然売れていない。売れていないので、プレイしたユーザーからの反応もわかっていない状態だ。

 俺は、この会社の営業部門に勤務する社員。

 課長から「どんな手を使ってでもいいから、売り上げを伸ばせ」と言われている。

 どんな手を使ってでもか……仕方ない。汚いかもしれないが、やるしかないか。


 目の前にはパソコン、手元にはスマホ。これらの端末から大手掲示板サイトにアクセスする。

 この掲示板サイトにはスレッドという概念がある。これは、掲示板の中にある小さな掲示板みたいなもので、ユーザーが自由に作成する事ができる。このスレッドを作る行為の事を、スレッドを立てるという。スレッドを立てて、特定の事柄について話題を繰り広げるのだ。

 パソコンを操作して、掲示板サイトにてスレッドを立てる。タイトルは「四十九日(震え声)」――弊社の新作ソフトのタイトル――だ。投稿欄には、弊社の名前とホームページのURL、ゲームの概要を書き込んだ。

 立てたスレッドには返信という形で、本人も含めてあらゆるユーザーが自由に書き込む事ができる。

 ここから先はスマホの出番。先程パソコンで立てたスレッドに、スマホを使って書き込みをする。

『スレ立て乙』

 スレとはスレッドの略、乙とはお疲れ様を意味するネットスラング。

 書き込みをした後は、一度機内モードにする。そして、機内モードを解除して再び書き込みをする。

『四番目のシナリオ、バッドエンドにしかならない。どうすればハッピーエンドになるのかな』

 先程と同様な操作を行ってから、また書き込む。

『神社に行く前に和菓子屋で饅頭買ってこい』

 こうして、俺一人で書き込みをいくつも行った。いわゆる自作自演だ。

 何故パソコンを使ったり、スマホを使ったり、機内モードにしたりするのか。それは、スレッド内に表示されるIDを変えて、同一ユーザーの書き込みである事がバレないようにするためだ。

 掲示板サイトのIDは、IPアドレスを元に生成されて、投稿記事の所に表示される。

 固定回線だとIPアドレスが変わらないので、それに接続されている端末から書き込みをしていると、同一人物が書き込みしている事がわかってしまう。

 そこで、パソコンでスレッドを立てた後は、スマホで書き込んだ。

 スマホで書き込んでも、そのまま続けてやるとIDが同じになってしまう。だが、一度機内モードにして通信接続を切断し、その後、機内モードを解除して通信を再接続すると、IPアドレスが変わる。すなわち、IDも変わる。

 このようにして俺はIDを変えながら、ユーザーが複数いるように見せかけながら、投稿を繰り返した。

 IPアドレスを元に生成されるIDだが、その生成方法は一般ユーザーにはわからないようになっている。もしわかってしまったら、会社のパソコンからスレッドを立てた事がバレてしまう。

「お、頑張っているね」

 後ろから声がした。この声は課長のものだ。

「はい」

「この調子で、次はSNSだ」


 フリーメールのアドレスを可能な限り多く取得する。それらのメールアドレスを使って、SNSのアカウントを取得する。

 ゲームをプレイしながらスクリーンショットを撮って、SNSに投稿する。この作業を、取得したアカウント全てで行う。


 売り上げを伸ばすために利用したのは、掲示板サイトやSNSだけではない。

 ユーザーレビューサイトや通販サイトも利用した。

『豪華なスタッフによるシナリオは見事。グラフィックは綺麗で、音楽も素晴らしい。終始ハラハラドキドキしっぱなしで、プレイ後は感動のあまり涙が出てきました』

 このような内容を各サイトのレビュー欄に書き込んだ。同一人物の書き込みであるとわかりにくくするため、文章は微妙に変えてある。


 さて……売り上げが伸びたところで、手放しで喜んではいられない。

 プレイ中にバグを見つけてしまった。十番目のシナリオプレイ中にフリーズしてしまい、ゲームが進まなくなるというバグだ。

 課長に報告したところ、このバグは既に開発部門でも知られており、現在対処中らしい。

 プログラミングやデバッグを行ったスタッフのほとんどは、請負か派遣。彼らはゲームの開発が終了した時点で、契約解除という形でいなくなってしまった。だから、開発部門では請負会社や派遣会社に声をかけて、スタッフの再募集を行っている。そう、バグを修正するために。

 ……嫌な予感がする。



 嫌な予感が的中した。

 努力の甲斐あって、ゲームは売れたのだが、別の問題が発生した。

 営業部門に大量のクレームが入ってきている。

『十番目のシナリオ途中でゲームが止まってしまった』

 これは想定内。俺も知っているバグだ。

『六番目のシナリオに登場するヒロインの目が四つ、口が二つになってしまった。ホラーゲームなのはわかるが、この状態で美人だと言われているのは、おかしくないか?』

 え? こんなバグあったっけ?

『七番目のシナリオプレイ途中で音楽がピーという音になってしまって、電源を切るまでずっとそのまま』

 こんなバグもあるのか?

『四十八番目のシナリオをプレイしていたら、ゲームが止まってしまった。電源を切ってから再開しても、ずっと止まりっぱなし』

 これは、いくら何でもマズイ。

 ユーザーからのクレームが、あまりにも多いので、大至急、課長に相談する。

 課長に聞いてみたら、全て現象が再現しているとの事で、今後、開発部門で対処する予定らしい。

 何故この状態で発売に踏み切ったのだろうか。延期してでも、バグを修正した方が良かったのでは……そう思わざるを得ない。


 ユーザーからの不満はバグだけではない。

『嘘つけ! 発狂した主人公が笑いながらウ○コを食べるシナリオのどこが感動的なんだ? ちなみに三十番目のシナリオ』

 このような書き込みを掲示板サイトやSNS、ユーザーレビューサイト、通販サイト等、ネット上のあちこちで見かけた。

 そういえば、こういうシナリオあったな。超有名な作家が書いたシナリオ。凄い作家なのだが、破天荒な作品を書く事でも知られている作家で、倫理上の問題で映像化できない作品も多いと言われている人。

 売り上げを伸ばすために必死だったとはいえ、もう少し考えて書き込むべきだった。


捨間すてま君」

 俺がパソコンのディスプレイと向き合いながらメールを読んでいる最中に、課長が声をかけてきた。

「何でしょうか、課長」

「販促活動はいいから、ユーザーへの謝罪文を考えてくれないか」

「わかりました」

 俺はメールを読み終えた後、文書作成ソフトを立ち上げ、謝罪文を書き始めた。

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