第13話
「……してやられたか」
燃え盛る都を見つめて、荒地と太陽の国の司令官はつぶやきました。司令官は、現場の指揮は部下に任せて、自分は後方でことの成り行きを見守っておりましたので、サラの浄火に焼かれなかったのでした。
彼の目的は、表向きは、砂と黄金の国の正式な王位継承者、アレクシスを即位させること。実際は、この国の珍しい香辛料や織物、金細工の素晴らしい工芸品などを略奪し、女子どもを奴隷にして、この国を拠点に、更に東へと侵略を進めることでした。
しかし、都が燃えてしまった今、全てが文字通り灰塵となってしまったのです。
「どうなさいますか、司令官殿」
「どうもこうも、燃え尽きてしまったものは仕方なかろう。次の目的地に向かうために、ここを新たな拠点にするつもりが、完全にあてがはずれてしまった……これではやむを得ん。撤退だ」
「は……砂と黄金の国の民どもはどうなさいます?」
「放っておけ……奴隷にして食わせるのも面倒だ。もし助けを求めてきたら斬り捨ててしまえ」
「待ってください!」
突然声がした方を司令官と側近が見ますと、燃え盛る都を背景に、アレクシスが駆けてきたので、二人は驚きました。
「こちらの兵士はみんな燃えてしまいましたが、砂と黄金の国の民は多勢生きています。しかし、王は討ち死、王妃も炎の中に消えてしまいました。彼らは、民はどうなさるのです」
「敗戦国の民草のことなど、アレクシス殿下はお気になさらずともよろしい」
司令官の言葉に、アレクシスは首を横に振りました。
「そうは参りません。わたしは、神に、彼らを救えと言われたのです」
アレクシスの言葉に、司令官は舌打ちをして、忌々しそうに言いました。
「ならば、勝手になさるが良い! 我らはもう付き合いきれんわ! 帰るぞ皆のもの!」
もとより、アレクシスは傀儡の王にするためだけに担ぎ上げた青二才です。司令官に、アレクシスへの敬意などは最初から無かったのでした。
司令官の号令で、軍はいっせいに退却を始めます。アレクシスのことはまるで眼中にないように。アレクシスは、ただ彼らを見送ることしかできませんでした。
ふと、アレクシスは、足下に何か小さいものがまとわりついているのを感じました。アレクシスが見下ろしますと、子犬が一匹、彼の足元ですんすんと鼻を鳴らしています。
「お前、この国の犬かい? 王宮の下女が飼っていたんだろうか……」
アレクシスは、子犬を撫でてやりました。
アレクシスが砂と黄金の国に改めて目を向けますと、家を焼け出された民が、途方に暮れた様子で、燃え盛る王宮を見つめていました。
アレクシスの脳裏に、サラ王妃の最後の言葉がよぎりました。自分の意のままに、生きてみろと。
彼は、子犬を抱きかかえると、炎に包まれた国の中に、再び足を踏み入れていきました。
こうして、砂と黄金の国は滅亡しました。
遠方に親戚がいる者や、若く活力がああり、自分の力で歩ける者は外へとそれぞれ旅立っていきました。アレクシスは、そうした力や縁を持たない残った民をまとめて、彼らの先導者となりました。かつての国の資源はほとんど燃え尽きてしまったため、無事だった馬やラクダ、そして大きくなった犬を供にして、各地を放浪しながら暮らすようになり、やがて彼らは風と共に生きる民族の祖となりました。
砂と黄金の国の王宮の跡地には、今では白い花が咲いているだけで、時たま訪れる旅人たちを見守るように、静かに風に揺れています。
浄火〜冷酷な王と醜い娘〜 藤ともみ @fuji_T0m0m1
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