第39話 最強の男、ツクモ・イツキ
「――終わっ……たの?」
アドリーはつぶやいた。
けれども、胸から不安が消えない。
アドリーも、ビアンカも、シィも、ディアも。
周囲にいるのは自分たちだけ。
「ハイパーエレメンタルを喰らって……ベルゼーブは死んだはず……ですわよね……」
「……」
シィは自分の言った言葉にすら、不安を覚える。
周囲を見れど、ベルゼーブは居ない。
しかし、ベルゼーブは死んだと心に言い聞かせても、不安は消えない。
――もし、自分たちはとんでもない勘違いをしていたら
――もし、ベルゼーブは何らかの方法で、逃げ延びていたら
――だとしたら、ベルゼーブは一体何をするのだろうか?
もし、この万が一であろう不安が的中した場合、取り返しがつかないことになる。
「……先生が危ない――!」
アドリーは悲鳴が如く叫んだ。
***
〜ツクモ視点〜
「ふ……泣くんじゃないよ……やっぱり変わってないなお前は」
「……あ」
自分でも目頭が熱くなっていることに気づく。
「子供か、俺は」
「人間のことは詳しくないが、大人にだってそういうこともあるだろうさ」
他愛の無いような話をする。
これまで止まっていた時間が再び動き出したかのような、居心地の良さ。
まだまだ話したいことがある。
とはいえ、師匠の体は相応のダメージを負っている。
「休んでいてください、ししょ――」
完全な油断だった。
「!!? ぐ――!」
師匠の顔は苦痛で歪む。
師匠の後頭部は、大きな手によって、乱暴に握られていた。
その手の持ち主は、死に絶えであるがゆえに、ほとんど魔力反応を感じられない。
「魔王ぉぉおおおおちゃあああああん!!!!!!」
男が女を真似たような声。
血と火傷で、全身を化粧かのような見た目。
糞山の王と呼ばれるほどの、気持ちの悪さ。
諸悪の根源。
「ベルゼーブ――!」
「こいつを殺せぇえええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ベルゼーブのブレスレット――マインドコントローラーが反応する。
瞬間、師匠は絶叫した。
「ぐわあぁああああああああああ!!!!!!」
師匠から溢れ出る、あまりにも強大な力。
俺は吹き飛ばされ、背中を大きな木の幹にぶつける。
「ちぃ!」
光の玉が、魔王の前に生成される。
その魔力量は、これまで魔王が使っていた魔法【コキュートス】よりも遥かに桁違いだった。
まともに喰らえば、俺どころか、俺の背中より後ろは消し飛ぶであろう。
しかし、問題はそこではない――
「止めろベルゼーブ!! ここ一帯に【マジックカウンター】を使用した!!
――限界以上のダメージが魔王に跳ね返り、死ぬぞ!!!」
「なおさら好都合だぁあああああああああああああああ!!!!!!!!
最強っていうのはね、『最後に勝つ者』のことを言うのよ――!!!!!
最後に勝つのは、てめーでも、魔王でも無い!!!!!!!!
――このボクチン、ベルゼーブ・バアルゼブブ様なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ベルゼーブは勝利を確信し、狂乱する。
その手に握りしめた魔王の頭部を、俺の方に向けさせる。
魔王の顔は、苦痛に歪んでおり、見るだけでも痛々しい。
無理やり体から膨大な魔力を捻り出され――その魔力量に比例して、体に耐え難いダメージが入っているのだろう。
口からマグマを注がれるのも同然の痛みだ。
「……師匠……ぐっ――!!」
俺は体を動かそうとしたが、激痛が疾走る。
先程の戦いによるダメージだ。
師匠最強の攻撃をカウンターで返したものの、その反動によって、俺の肉体はバラバラになる寸前であった。
ベルゼーブを止めるにも、師匠の魔法を避けることも、不可能。
絶体絶命。
「師匠――、俺は――」
――最後に、小さな言葉で呟いた。
――走馬灯のように、あの時の思い出が蘇る。
――今日までの俺を作ってくれた、決意の思い出
――この瞬間のことを忘れたことは、一度だって無かった。
「魔王もてめぇも!!!!!!!!!! この世を去れぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「あぁああああああああああああああああああーーー!!!
神級魔法――アーク・メギドぉおおおおおおおおおお――――――――――――――!」
――究極の破壊魔法が、俺の眼前に迫る。
――これが魔法を極めた到達点なのか、と見入ってしまう。
――恐怖ではなく、純粋な憧れ
――故に、だからこそ、
――俺は、あの日の誓いを、口に出す。
「今度こそあなたを超える――」
***
――師匠と別れた日のことを思い出す。
「お前に教えるのは今日で最後にする。お別れだ」
――師匠が俺に、突然そう告げた。
――そんなの嫌だ。まだ別れたくない。
「はは。駄目だ」
――師匠はその理由を話さなかった。
――当然俺は、納得も理解も出来なかった。
「ツクモに会った時、わたしは言ったこと覚えてるか?」
――僕を、勇者パーティーに入れるぐらいには強くしてやる……ですか?
「そうだ。そしてお前は、わたしの期待以上に成長した。お前自身が勇者になれるほど強くなった」
――……でも、師匠にはまだ……。
「だからこそ、最終試験だ」
――最終試験?
「ツクモ・イツキの全身全霊、すべての実力を引き出してわたしにかかってこい」
――師匠の目の色が変わる。
――本気の目だ。
――師匠は魔法を使えないはずなのに、圧倒的なプレッシャーに、押しつぶされそうになる。
「魔法も道具も好きに使え。お前がわたしに手加減する道理は無い」
――全くそのとおりだ。
――魔法の有無で、実力の優位性は全く変わらない。
――それほどまでに、俺は弱い。
「ようやくやる気になってくれたか」
――僕が勝ったら、別れる理由ぐらい話してください!
「ああ――いいともさ!」
――戦いが始まって、数時間。
――結論だけ話すなら、俺は負けた。
――あらゆる魔法や道具を使って、絞れる知恵はすべて絞り、戦闘におけるあらゆる創意工夫をした上で、負けた。
――師匠は強かった。
――師匠は最後まで、己の体一つで戦い、勝利した。
――俺はあまりに弱かった。
「それじゃあ、さよならだ」
――優しい言葉だった。
――最後の別れに、全く相応しいほど。
「今までありがとな。ツクモと過ごせて楽しかったぜ」
――背中を向けて去りゆく師匠。
――俺はその背中に叫んだ。
「次こそは、師匠を超えてみせます!! 誰よりも強くなって――最強になってみせます!!」
――また、師匠と巡り合うために。
――俺はそう誓った。
――胸に、心に、魂に誓った。
***
平らになった大地をベルゼーブは見て、笑う。
アークメギドが作りし、地平線だった。
「ヒャヒャヒャ――あ~~~ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ――」
しばらくずっと笑ったままだ。
スリリングな逆転勝利に、ご満悦だった。
「――フゥ……あーあ、ひっさしぶりに笑い死ぬかと思ったぜ」
魔王の後頭部を握りしめていたことをやっと思い出す。
「ふぅ!! さっすがは魔王ちゃん!! 体がバラバラになってない!!!」
マジックカウンターで返ってくるであろうダメージ量は、肉体そのものが粉々になるレベルだとベルゼーブは予想していた。
「ま、どうでもいっかぁ……当然、もう死んだだろうし!」
ベルゼーブは、自分より強い実力者が死んだことで、胸がすく気持ちになっていた。
思い描いた予定とは違ったが、それでも結果的に問題なかった。
「せんせぇー!!!!」
アークメギドの範囲外だった魔王城、その中からベルゼーブにとって忌まわしき子供の声が聞こえる。
「はん! 見つかる前に逃げちまうか」
このメスガキ共は後でどうにでもなる、と考える。
ベルゼーブ自身、今は満身創痍だ。
力を蓄えた後、人間どもに逆襲する。
これ以上無いほどの破壊と虐殺のカーニバルを行い、あの子達を一人ずつ骨の髄までなぶり尽くせば――今日の不幸はすべてチャラになる、と。
「バイバイ、魔王ちゃん。最後まで面白いおもちゃだったぜ」
魔王の死体――ベルゼーブにとっては、壊れたおもちゃを投げ捨てる。
放物線を描いて――
背中から地面にぶつかる瞬間――
「食いしばり付与」
死んだはずの男が、魔王を優しく受け止めた。
「は――――」
ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーン
ベルゼーブの間抜けた顔面に、全体重を載せた蹴りを打ち込まれる。
「ぎやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
放物線を描いて、地面に打ちつけられた瞬間、ベルゼーブが錐揉み回転する。
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
地面との摩擦で、肌と肉と骨が燃え上がる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そして、また放物線を描いては、地面に打ちつけられ、錐揉み回転し、燃え上がり、放物線を描いて飛び跳ねる。
まるで、水面に向かって小石を投げて跳ねさせる遊び――【水切り】のように
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ベルゼーブの体が魔王城にめり込んで、やっと止まる。
ベルゼーブの肉が焦げきって、火が消える。
腕についていたマインドコントローラーは、粉々に砕けていた。
「はぁ……はぁ……はぁ――」
ベルゼーブは生きていた。
否、ツクモに生かされていた。
「【食いしばり】を貴様に使用した。……たったの一撃で死んでもらっては、俺の気が済まないからな」
補助魔法 【食いしばり】付与――たとえどんな攻撃を喰らったとしても一度だけ、死を免れることが出来る強力な魔法だ。
ベルゼーブがハイパーエレメンタルを喰らってもなお、生きていた理由である。
「はぁ……はぁ……なんで――なんで――なんで生きてるの????? なんで無傷なの???!!!」
ベルゼーブの目の前にいるのは、殺したはずの男――ツクモ・イツキ。
片腕に魔王を抱き抱え、そしてもう片方の手には、黒い小さな玉を下から持つように浮かばせていた。
「ブラックホールポイント」
周囲一帯の魔力を吸収し、一点に集中させるツクモの魔法である。
「アークメギドも、マジックカウンターも、すべて吸収し無効化した。
――師匠が死ぬ前に間に合って良かった」
魔王はかすかに呼吸していた。
魔王は死んでおらず気絶しただけだった。
そのことに、ベルゼーブは今更気づく。
「は――――――――――――――――え――――――――――――――――」
今、この瞬間、ベルゼーブの勝利は完全に瓦解し、手に入るはずのすべてが無へと消える。
「先生! ――あ……!」
アドリー達4人が、半壊した魔王城の中から、姿を見せる。
走ってきたのか、息が上がっていた。
「よかった――無事で――」
俺の顔を見て、皆、安堵していた。
が、すぐにベルゼーブを見つけ、戦闘態勢をとる。
ベルゼーブは完全に包囲され、絶対に逃げられない状態になる。
助ける仲間など居ない。
すべて、ベルゼーブ自身が不要と切り捨て、彼らから力を奪い尽くしたからだ。
「彼女達が、お前を一度倒してくれたおかげで、ギリギリのところで魔力がもとに戻り、魔法を使うことができた。
お前を最後に取り逃がした原因は、おそらく実戦不足……
皆にはいい勉強になった――この点だけは貴様に感謝しよう」
ベルゼーブは、目の前の男に、絶対的な差と、恐怖を覚える。
「――いったい……何なの、あんた……! 何なの??????? 何者なのぉおおおおおお――??」
「感謝ついでに答えよう。ラクロア魔法学園初等部、Gクラスの担任教師――ツクモ・イツキだ」
「ツクモ・イツキ――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
恐ろしい人間だという話だけは魔国に広がっており、ベルゼーブも名前だけは知っていた。
しかし、これほどの人間に対し、全く無警戒だった己自身を呪う。
が、別に名前など、ベルゼーブの知りたいことでは無かった。
「違う!!!!!!!! そうじゃない!!!!!!!!! 名前なんてどうでもいい!!!!!! ――なんであんたみたいな人間如きが、こんなにこんなにこんなに強大な力を持ってるの????????? おかしい!!!!!! こんな人間や魔族が存在するはずがない!!!!!!!!! 絶対にありえない!!!!!!!!」
恐怖のあまり、全身がガクガクと震え上がるベルゼーブ。
ベルゼーブは確かに感じ取っていた。
圧倒的な実力差を。
天と地を遥かに上回る、絶対的な差を。
生涯を通して、出会ったことのない、強大な正義の光を。
肉体が内側から裏返ってしまうほどの恐怖を。
暴虐で、自信過剰だった彼は、もう見る影もない。
「……そういえば、貴様は『最強とは、最後に勝つ者のことだ』と言ったな」
「――――――は……?」
「全くそのとおりだ」
ツクモは淡々と語る。
「最強として一度君臨した者の栄華は、儚く、短い。どれだけ勝てども、最後は必ず【命の終わり】に幕引かれるからだ」
ツクモの圧倒的プレッシャーが、更に大きく膨れ上がる。
まだ先の強さを残していることに、ベルゼーブは怯えに怯え、震えがさらに激しく、大きくなる。
「しかし、俺自身が到達した【最強】に終わりは無い。師匠から俺へ、俺からアドリー、ビアンカ、シィ、ディアへ――強さは受け継がれていく。この魂と共に、未来永劫――」
ベルゼーブは過呼吸になる。
恐怖によって、視界が真っ黒に染まるも、さらにその上の恐怖によって、意識を取り戻す。
その繰り返しだった。
そしてベルゼーブは、無意識レベルで感じていた。
ツクモ・イツキに、この世界で最も大きな存在――神と呼ばれる何かを――。
「――さて、俺とお前、どっちが最後に勝つ? 最強はどっちだ? ま、答えは明白か」
「あ――ありえない――そんなのありえない――ボクチンが勝つはずだった――ボクチンが負けるはず無い――最強はボクチンだった――ボクチンだった――こんなの知らない――こんなの知るはずがない――ありえないありえないありえないありえないありえないありえない――でも、今目の前にいるのは――――――――――――――――――――――」
この瞬間――ベルゼーブは、ツクモ・イツキという存在に、完全屈服した。
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!! 勝てるわけが無い!!!!!!!!! 勝てるわけが無いこんなのに!!!!!!! 何をやっても!!!!!!! 無限に時間を掛けても!!!!!!!!! 絶対に無理!!!!!!!!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そして、ベルゼーブは――
――脱糞した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ブリブリブリブリブリブリブリブリブリリブリブリブリブリブリブリュリュリュリュリュリュリュリュリュリュリュ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ブッチブブブチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチブリリリリリ!!!!!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ブリリリリリブブブブブブブリブリブリブリブリブリゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああ――」
「ホワイトホールバースト」
ツクモの手に浮かんだブラックホールから、強大な光がほとばしる。
その光は、アークメギド以上の威力だった。
ベルゼーブは今度こそ、光の中に消えた。
「全く恐ろしいやつだ、ベルゼーブは」
ツクモは生理的嫌悪という精神ダメージを受けていた。
「【糞山の王】の名に恥じない、最後の抵抗だった」
匂いが空気中に散らばる前に、汚物ごと消毒できて良かったと、ツクモは思うのであった。
―――――――――――――――――――
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星3つ、まあまあ読めたら星2つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
フォローもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。
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