第37話 ツクモVS魔王
魔王の顎に、ツクモの拳が叩き込まれる。
人間規格の極限へと至った男の一撃。
小さな城なら、破壊することすら可能だ。
「コキュートス」
上に飛ばされた魔王は、瞬時に魔法を唱え、手の平から膨大な魔力を放つ。
反撃を予感したツクモは空中で身をよじり、魔力の直撃をぎりぎりで避けた。
次の瞬間、ツクモより後ろ――魔王城の床と壁が、見渡す限り凍りついた。
ツクモは上着を脱ぐ。
その上着を凍りつく地面に被せ、その上に着地する。
着地した勢いをバネに、魔王城の窓枠に向かって飛び込んだ。
「――」
小窓ごと破壊しながら外に出る。
そのときにはもう既に、ツクモの脱ぎ捨てた上着は氷の塊と化していた。
――ここは中庭か
土の地面に着地するツクモ。
「――!」
瞬時に上を見たツクモは、即座に戦闘の構えをとる。
空を飛ぶ魔王は無傷。
ツクモの2度の攻撃ですら効き目無しだ。
そして、眉一つ動かすこと無く、2撃目を放つ。
「――コキュートス」
上空から、絶対零度の津波が押し寄せる。
走って逃げることなど不可能。
故にツクモはその場を動かない。
不動のまま、右足の裏に渾身の力を込めた。
「――ッ!」
地面がツクモを中心に割れた。
ツクモが地面を踏み抜いたのだ。
土埃が宙を舞い、凍りつく。
割れた地面の中へ飛び込んだツクモ。
直後に、中庭の全土が凍りついた。
「……」
魔王は、地面に逃げ込んだツクモを見て、一瞬だけ思考する。
そして、直ぐに3撃目の魔法を唱えた。
「コキュートス」
地面を覆い尽くす氷の天蓋を作り、逃げ場を無くす一手だ。
魔王は何度も覇王級魔法コキュートスを唱え続ける。
――魔王は少しも本気を出してないな
地面に潜むツクモは、冷静に思案する。
時間が立つほどに、土すら凍り始める。
吸う空気もほとんど無く、呼吸を止めたままの状態。
30秒、この状態のままなら心肺機能は停止し、死ぬだろう。
それでもなお、冷静にこの場を切り抜ける算段を立てるツクモ。
持っていたスクロールを一つ取り出す。
スクロールであれば、魔力の無い状態でも、特定の効果を発揮する。
「地面まで引きずり落とす」
ツクモはそうつぶやき、氷の壁に掌底を当てた。
不完全な姿勢でありながらも、強烈な一撃を打ち込む。
どんな状況であっても、万全の力を発揮する――ツクモの磨き上げられた身体能力の賜物だ。
そして、巨大な氷に大きなヒビが入る。
小さな裂け目から、空に浮かぶ魔王を目視する。
魔王が魔法を唱える瞬間を捕らえた。
「コキュート――」
その瞬間、ツクモはスクロールを広げ、秘められし呪文を唱えた。
「マジックカウンター」
「!? ――――ウグッ!」
マジックカウンターが発動した瞬間、魔王はうめき声を出す。
マジックカウンターの範囲内にいる者が魔法を使用すれば、その魔力量に比例したダメージが自分に跳ね返る。
コキュートスとフライの魔法を使用していた魔王にとって、無視出来ないほどの激痛が自分に返ったのだ。
魔王は地面へと落ちていく。
ツクモは、氷の裂け目をよじ登り、地表に立つ。
魔王が降りた場所に向けて、全力疾走。
ツクモは正面から、魔王に蹴り込んだ。
「――!」
魔王は先程のダメージなどまるで無かったかのように、片腕で腹部を守った。
瞬時に、もう片方の腕で、ツクモの足を掴む。
その足を投げ飛ばそうとした瞬間、ツクモは掴まれた足を軸にして、身をねじった。
瞬間、ツクモの掴まれてない方の足のかかとで、魔王の頬を蹴る。
ガズン、と打撃音が響く。
魔王の顔が右を向いた。
ツクモは、反対方向に身をねじる。
かかとが、前と反対の軌道を描く。
ガズン、と同じ打撃音。
魔王の顔が左を向いた。
「――そらぁ!!」
ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン、ガズン――
ほんの僅かな数秒。
何度もツクモは体をひねり、魔王をかかとで殴打した。
かかと蹴りの往復ビンタ――。
魔王の脳みそが振動でぐらぐら揺れる。
が、それでも掴んだツクモの足を離さない。
「――――!!!」
魔王はもう片方の腕で、ツクモの足を掴む。
両足が魔王に掴まれた。
その瞬間、魔王は両腕を大きく振り上げ、ツクモを地面へと叩きつけた。
人体が粉砕するであろう、人間離れの一撃。
しかし、その威力に対して、あまりにも手応えが無い。
ツクモの頭蓋が割れる音も、振動も、魔王は感じなかった。
ましてや、ツクモを地面に叩きつけてから、その体を持ち上げられずに居た。
「――??」
「その程度で、スキを見せてどうする?」
ツクモは、叩きつけられた瞬間、手の指先に渾身の力を込め、地面を刺し貫いていた。
いわゆる、貫手<ぬきて>である。
破壊的衝撃はすべて地面に分散され、ツクモは無傷。
その瞬間、ツクモは両足に力を込め、魔王の顎を蹴り上げた。
上空に吹き飛ぶ魔王。
ここでやっと、魔王はツクモの足を離す。
「〜〜!」
無表情からでも、魔王の焦りが透けて見える。
なんと、マジックカウンターを解除するための魔法を使用し始めた。
「バカが!!」
ツクモは瞬時に近づき、正拳突きと回し蹴りを織り交ぜた3連撃を放つ。
あまりにも隙だらけ。
苦肉ですらない愚策。
ツクモはそう断ずる。
「〜〜〜〜〜がぁああああああああああ!!!!!」
ツクモの攻撃に気圧され、マジックカウンターの解除に失敗した魔王。
魔法を諦め、肉弾戦を俺に仕掛ける。
2つの腕から、怒涛の連続突きを放つ。
一つ一つが破壊的で、サイクロプスの拳をも上回っている。
少しでもかすれば、瞬時に肉は削がれ、血管の血が逆流し、心臓が破裂するほどの威力。
その連続殴打をツクモは完全に見切り、そのすべてを避ける。
攻撃の嵐の中ですら、ツクモは冷静そのものである。
そして、ツクモは右腕の拳を動かし、腰まで引く動作を見せた。
それを見た魔王は、ツクモの右ストレートを警戒――一瞬だけ、攻撃の手を緩めてしまっう。
が、そのスキを付かれ、左の回し蹴りが魔王の脇腹に入った。
本当に、ただただシンプルに――、ツクモのフェイントに魔王は引っかかったのだ。
飛ばされた魔王は、直ぐに攻撃してこなかった。
あらゆる攻撃を潰された結果、攻めあぐねているのだ。
「……」
離れた間合いで、ツクモと魔王は向き合う。
が、ツクモの心の中では、どこか遠くを――魔王のその先を見ていた。
「この程度なのか? 魔王」
魔王の体がピクリと震える。
「その強さでは、全く俺の心に響かない。そして、俺の小手先にすら劣る」
実のところ、ツクモは本気を出していない。
これが命がけの勝負であれば、急所に触れた瞬間、ツクモは魔王を殺し、既に勝利していた。
師匠を助ける目的に反するため、あえてそうしなかっただけだった。
「これまでの技も、力も、すべて師匠が俺に教えてくれた。受け継いだすべてをあなたにぶつけている。けれど、この体たらくはなんだ? 全く戦いになっていない」
ツクモは、誰よりも師匠を超えようと必死になっていた。
師匠と別れてから今日、この日まで、師匠であるエリン・ラファを道標に突き進んできた。
例えベルゼーブに操られていようと、超えるべき壁が壁であり続けることをツクモは望んでいた。
そして今、ツクモは失望していた。
――ああ、気づいてしまった。
――俺はどんなに感情が揺さぶられていても、無我夢中に戦える心構えを身につけている。
――が、魔王がこの程度ならば、どれだけ適当に戦っても俺が勝ってしまう。
――無我夢中に戦う必要などこれっぽっちも無い。
――アドリーたちがベルゼーブを倒すまでの間、ダラダラ時間稼ぎしてるだけでいい。
ツクモは大きく息を吸う。
かっ、と目を開き、魔王に眼光を向ける。
――だからもう、戦いなんて忘れて、この胸にあふれんばかりの思いを込めて、感情のすべてをさらけだそう
そして、ツクモは全身全霊で叫んだ。
「弱すぎなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
まだ叫び足りないと、声を捻り出す。
「人間如きに負けるのはぁ、魔王さまのお家芸だよなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ツクモはこれ以上無く、顔を歪ませ、ジャジャの面影を大いに感じさせるほどの怒りを表に出す。
「バカ師匠がぁあああああああああ!!!!!!! 小学生<エレメンタリー>から鍛え直しやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その瞬間――魔王から最上級の殺気が放たれた。
「――!」
濁りのない、純粋で強大な力の奔流。
ツクモの背筋に、ゾクリ、と死の緊張が流れる。
――ああ、これだ
――これこそが、エリン・ラファだ
魔王は構えた。
右手を引き、左手を俺の顔を指すように伸ばす。
たったの一撃に、すべての力を込めていた。
この攻撃は、絶対に避けられない最強の一撃。
ツクモが子供の頃に見た、最強の力<魔法>だった。
ツクモは既に構え直してる。
怒りや悲しみや失望やらは、すべて自分の中から消えていた。
無我夢中。
全身全霊の集中をもって、師匠を迎え撃たんと身構える。
「――――」
「――――」
一瞬にして、永遠に思える空白の時間。
そして――
魔王は閃光そのものとなった。
疾走る姿はきっと誰にも見えない。
空気すら置き去りにして、ツクモの眼前に立ち、拳を放つ。
虚空――
魔王エリンの右の拳によって、生み出された無の空間。
放たれし一撃が、ツクモが立っていた場所を、無に塗りつぶしたのだ――
***
「さすがです。師匠」
ツクモは、柔らかい笑顔を見せる。
この一撃こそを、ツクモは望んでいたのだ。
「――が――は――」
魔王は呻く。
胃液のようなものが、その口から溢れた。
「今回は俺の勝ちですね」
ツクモの拳が、魔王の腹部を打ち抜いていた。
そして、魔王の拳はツクモを捉える事が出来ず、空振りしていた。
魔王の拳が伸びた先――建物も、木々も、見渡す限り吹き飛ばされ、何も無くなっていた。
何故ツクモは生きているか?
ツクモが、この最強の一撃に対して、カウンターを成功させたからだ。
タイミングがほんのわずか――例え0.00001秒でもずれていれば、即死。
まさに神技だった。
「ああ――そうだな」
「!? 師匠?」
「お前の勝ちだ――成長したな、ツクモ」
魔王だった女性の目に、感情の光が灯る。
「男前になってくれた。……わたしの想像以上に――」
「ああ……ああ! ずっとずっと会いたかったんだ……! 師匠……!」
「ふ……泣くんじゃないよ……やっぱり変わってないなお前は」
ツクモは涙を流し、真の再会を喜び、師匠を――エリンを抱きしめるのであった。
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