第36話 諸悪の根源を討て

〜ツクモ視点〜


 俺はゾフィーに成りすましていた。


 そして、俺以外の兵士は皆、モンスター、もしくは拉致された平民へと成りすましている。


 姿を変える魔法を使い、出来る限りの偽装をしたこの集団は、どこから見ても魔族の軍隊に見える。


 そして、この集団の中には、Gクラスの面々もいた。


「首輪とか手錠とか、初めて着けたけど似合う?」


 ビアンカは俺に尋ねる。


 ビアンカ達は普通の服を着て、見た目だけの拘束具をつけている。


 それだけで十分に人質に見えるからだ。


「……多分そんなに似合わないと思う。というか俺にそんな趣味は……いや、変な意味に聞こえるな、すまん」


「ふっふーん! それじゃあ先生の趣味を聞かせてほしいなぁ」


 退屈しないようにそんな会話しながら移動する。


 目的地は魔国の中心。


 そこには間違いなく諸悪の根源、ベルゼーブがいる。


***


「ゾフィー様!」


「ゾフィー様バンザイ!」


 俺たちは勝利の凱旋をしている。


 魔族が住んでいる都市に入ってからは、軍隊の皆がそれぞれの役割を熱演する。


 人質達はうつむき、モンスター達は堂々と行進した。


「ゾフィー様! 我らゾアの街の一同、あなた達を熱烈歓迎します!」


「気持ちだけ受け取る。我らは今すぐにベルゼーブ様の元へ向かわねばならん」


 そういうやり取りを、街を通るたびに行い、数日が経過した。


***


 魔王城。


 魔族の本拠地だ。


 石造りの城に、石造りの城壁に囲まれている。


 そして、外壁には魔術的防御も施されており、外からの攻撃にはかなりの強さがあることが分かる。


「ゾフィー様の入城ー!!」


 城壁を通される。


 城壁の中には、門番用の宿舎に武器庫、櫓、家畜用の小屋など様々な建物が見受けられた。


「ベルゼーブ様より伝達です」


 魔族が俺に話しかける。


「魔力変換の儀式は直ぐに執り行いたいとのこと、ゾフィー様は選りすぐりの人間とともに、謁見の間に来てください」


「わかった」


 魔力変換の儀式については、既に情報を掴んでいる。


 生物を特別な溶鉱炉に入れることで、純粋な魔力に変換。


 それを自分の力にすることがベルゼーブの目的だ。


「お前たちはついてこい」


 アドリー、ビアンカ、シィ、ディアはコクリとうなずく。


「残りの奴らは――」


 人質やモンスターに偽装してる者たちは目で返事する。


 準備万端だった。


***


 城の中は禍々しい雰囲気が立ち込める。


 ベルゼーブの趣味なのか、様々な生き物の頭蓋骨が飾られており、見る者を不愉快な気分にさせた。


 そして、大きな扉の前に立つ。


 その先にはあまりにも強大な力の波動を感じる。


 間違いなく、魔王がいる。


 俺は彼女たちの方を見る。


 様子を確認したかったからだ。


「――思った以上にリラックスしてるな」


 小さな声で、見た感想をつぶやく。


 正直、もっとガチガチになってるかと思ってた。


 が、真剣な眼差しをして、かつ、自然体を保ってる。


 これ以上は無いほどの精神状態に違いない。


「行くぞ」


 そして、扉が開け放たれた。


 俺たちは正面を進む。


 臣下としての礼儀として、階段の上にいるであろう魔王とベルゼーブに視線は向けない。


 階段の手前で、片膝をつき、頭を下げる。


「魔族師団長ゾフィー、ユーフォリア王国での任務を終え、只今帰還しました」


「ご苦労ちゃん! こんなに上手く行くなんてボクチンとっても驚き!! さっすがだねぇ〜〜!

 それにしても連れてる女の子たち、まあまあいい感じじゃ〜ん」


 ベルゼーブから賛辞。


 俺は頭を下げた姿勢のまま、聞き続ける。


「ボクチンはね、お前のことしょ〜じき嫌いだったわ。いつ裏切ってもおかしくないからね。

――でもね、魔剣リベリオンのことをボクチンに警告してくれたでしょ?

 ようやく改心してくれたようで、ボクチンちょ〜嬉ちい!!」


 俺の狙い通りに進んでいる。


 常人の発想であれば、魔剣リベリオンは何としても敵の手に渡るのを阻止する。


 それを逆手に取った結果、このゾフィーが人間にすり替わっていることなど少しも疑われなかった。


「だからゾフィーちゃんには、ご褒美をあげようと思ってるの!

 さあ、顔を上げてこっちを見てくれちょ」


 俺は、その言葉の通り、顔を上げた。


「――」


 師匠の姿が目に入った。


 目は虚ろ。


 生気は感じられず無表情。


 ベルゼーブに踏みつけられたであろう、靴の足跡が顔についている。


 俺の脳裏に焼き付いた師匠の姿は無い。


 奴隷未満。


 人形未満。


 肉の体に、空っぽの中身。


 しかし、その周囲には、嵐のように荒れ狂う魔力の渦。


――君は何してるの?


 あのとき、傷ついた幼い俺に、言葉をかけてくれた。


 あのときの優しい表情が、俺の脳裏をよぎった。


「さあ!!!!!! これがボクチンのご褒美よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」 


「――! ぬっ」


 ベルゼーブはマジックアイテムを俺に使用する。


 師匠を見た俺は、ショックのあまり我を失っていた。


 身構えていても、自分ではどうしようも無かった、俺の弱さ。


 一秒にも満たない時間だったが、明らかに隙だらけだった。


 避けられずに、喰らってしまう。


「は〜〜〜〜〜っはっはっは!!!!!! 作戦は成功した以上、ゾフィーちゃんはもう用無しなのよね〜〜〜〜!!!!!!!!」


 ベルゼーブは高笑いする。


「【魔吸収の指輪】を使われちゃったら、いくらゾフィーちゃんでもそこらの虫と変わらないじゃ〜〜〜ん????? んんんんんんん??????????

 どんな気持ちなの?????? ボクチンに教えてぇええええええ!!!!!!!!! ギャハハハハハ!!!!!!!!」


 魔吸収の指輪――これを使われた者は力を奪われる。


 つまり、今の俺は魔法が使えない。


「ん〜〜〜〜それにしても魔力量ショボすぎだねぇ。まぁゾフィーちゃんは剣が得意だったみたいだから仕方無いねぇ。ざんねんざんねん」


 奪い取った魔力はベルゼーブに吸収される。


 そして、魔吸収の指輪は一回きりのアイテムの為、砕け散り、そのまま砂になった。


「てか、いっくらボクチンの元で大活躍してもさ、てめー、最初からボクチンに反抗的だったじゃん?? だから魔王を超えるだけの生贄が出来た時点でゾフィーちゃんは用済みなの。そんなことにも気づかなかったの????? ちょ〜〜笑える!!!!!!!!!」


 仲間を騙し討ちして、ただただ勝ち誇る。


 他人を見下し、用済みとあらば即座に殺す。


 幼稚を通り越して、存在が哀れだ。


「お前の負け〜〜〜〜〜!!!!

 あ、ちなみにぃ、ゾフィーちゃんに懐いてた国民は全員処刑するから!!!!!!

 あの世で仲良く暮らしてねぇええええええええええええええええええ!!!!!!!!」


 街でほんの少しだけ会話した魔族の顔が脳裏に浮かぶ。


 知り合いでもなんでも無いが、それでも普通に生きてるだけの存在だ。


 彼らを皆、処刑するだと?


 まともじゃないな。


「どっちが先に裏切るかの勝負はボクチンの大勝……り……――。

 ………………あれ?」


 ベルゼーブは目を丸くした。


 ゾフィーだと思っていた者が、突如、別人になっていたのだから。


「なるほど、状況を把握した」


 俺がスキを見せたのは、魔王を見た瞬間その時だけ。


 冷静さなど、とっくに取り戻しており、ベルゼーブの無駄話から状況を既に読み取っていた。


 要は、ゾフィーを最初から殺す予定だったということ。


 そう、それはつまり――


「――つまり、奇襲は成功したということだな」


「……はえ? きしゅ――」


 ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 大きな破壊音が鳴る。


 城の一部が、内側から壊されているのだ。


「な、なに??? え??????」


「ぐぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 そして直ぐに、城のあらゆる場所から、モンスターや魔族の悲鳴が聞こえてくる。


 ベルゼーブは突然のことに、動揺した後、俺を睨みつける。


「アドリー、ビアンカ、シィ、ディア」


「「「「はい!」」」」


 彼女たちを縛り付けていた首輪と手錠が、一瞬で外れる。


「作戦通りだ。あのクソ野郎は任せた」


 アドリーは宣戦布告する。


「魔族宰相ベルゼーブ! あなたの暴虐は今日限りよ!!」


「ああ?????????」


 ベルゼーブは目を充血させ、殺意を込めて睨みつける。


 が、アドリーも、皆も物怖じしない。

 続いてビアンカとシィも啖呵を切る。


「わたしたちはね、あんたのくっだらない戦争ごっこに突き合わされて、大迷惑してるのさ!!」


「命をおもちゃにした愚かさ――思い知ることですわ!!」


「――へえぇ」


 ベルゼーブは、薄気味悪く笑う。


 どうせロクでもないことを考えてるに違いない。


「ハハハハ。君たちすごいすごい。こんなに嬉しいサプライズを用意してくれるなんて!!!! すっごく楽しくて楽しくて――たのしいいいいいいいいいいよおおおおおおおおおお!!!!!! ひゃっはああああああああああ!!!!!!!!!!」


 歓喜に体を震わすベルゼーブに、ディアはボソリと呟いた。


「あれが【糞山の王】――、本当に気持ち悪い」


「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!

 そのあだ名で呼ぶなあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 笑顔が怒りに変わる。


 忙しいヤツだ。


「魔王ちゃあああああああああああん!!!!!!!!!!!!

 アイツラを、消せええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 その瞬間、魔王は片腕を俺たちの方に向ける。


 手には、強大な魔力が収束していた。


 それは4元素の一つ、水の魔法だと分析する。


「コキュート――」


「隙だらけだな」


 覇王級魔法コキュートスの詠唱が終わる寸前。


 俺は無呼吸で、15段ほどある階段を、一瞬で上り詰めた。


 ズドン、と鼓膜に響くような破裂音が鳴る。


 魔王が俺に殴られる音だった。


「!!?」


 俺の拳を腹部に喰らった魔王は、壁の方へ飛んでいく。


 ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 ずどおおおおおおおおおおおおおおお


 ずどおおおおおおおおお


 石で出来た壁に激突し、それを貫いて、また新しい壁へと激突する。


「な???????? え???????????? 魔王ちゃん?????????」


 ベルゼーブはただただ驚いている。


 正直、こいつは俺の手で倒してやりたい気持ちだが、今は彼女たちに任せる。


「生徒を信じるのも、教師の役目さ」


 自分にそう言い聞かせた瞬間、俺は極限まで、足に力を貯める。


 跳躍は一瞬。


 ぶち抜いた壁の穴を通り、落ちる瓦礫を蹴飛ばす。


 蹴った勢いを、そのまま速さに。


 何度も瓦礫を蹴り飛ばす。


 俺自身が雷光の如く、駆け抜けていく。


 目指すは一点だ。


「――!?」


「お久しぶりです。師匠――」


 飛ばされた師匠と、顔が合う。


 確かに今は敵同士だが、それでも会えて嬉しい。


「少し痛いけど、師匠なら許してくれますよね?」


 魔力を奪われた今の俺に、魔法は使えない。


 しかし、たった一つだけ使える魔法が、俺にはある。


 師匠から教えてもらった最強の魔法。


――思いを込めた拳こそ、私が使える最強の魔法さ!


「さっさと目覚めろ!!!!!! バカ師匠!!!!!!!!!」


 俺の怒りの炎を拳に込めて――


 魔王にアッパーカットを打ち込んだ。





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