第35話 魔剣リベリオン / ツクモの告白

「先生、わたしも手伝わせてください!」


 アドリーが俺に言った。


「確かに魔族との戦いはとても怖かったです。けど、このまま何もせずにはいられません!」


「わたしもだよ! 手伝いくらい何だってやるよ!」


「……わたしもエリンを助けたい」


 ビアンカもディアもそう必死に懇願する。


「駄目だ」


 俺は何の躊躇もなく、告げた。


「皆の思いは同じはず。それでもわたくし達は頼りにならないのですか?」


「そのとおりだ」


「――」


 残念ながら、これは真実だ。


 これは心を鬼にしてでも告げなくてはならない。


「この作戦では、魔王と魔族宰相ベルゼーブ――勇者ジャジャと戦い、勝たなくてはならない」


 勇者ジャジャを魔王城へ誘導したのは、まとめて倒すためだった。


 俺は一呼吸おいて俺は彼女たちに一つ一つ説明した。


「まず、魔王――師匠の強さは俺が一番理解している。

 全盛期の強さのままならば、全力で挑まねば勝利などありえない。

 そして、そのサポートに君たちを任せたとしても、ベルゼーブやその他の魔族相手に生還出来るなど不可能だ」


「――ッ」


 アドリーは歯を食いしばる。


「今の君たちが弱いわけじゃないんだ。

 同世代で見れば突出して強い。

 しかし、それで生き残れるほどの甘い戦場ではない。

 ――失敗すれば間違いなく死ぬ」


 脅しではなかった。


 これは真実だ。


 彼女たちは言い返すこと無く口をつぐんだ。


「今はもう寝よう。――みんなには酷いことを言ってしまったな」


 アドリーは、はっ、と顔を上げる。


「そんな先生――」


「本当は感謝してるんだ。手伝おうとしてくれて、俺は嬉しかった」


「――」


 俺は、おやすみとだけ言って自室へと向かった。


 彼女たちがどんな顔をしているのかは、正直見たくなかったので、振り返らないようにした。


***


「先生はああ言ってるけど、みんなはどんな気持ち?」


 ビアンカは尋ねた。


 シィは言った。


「今、認めてくださらないなら、後で認めさせるだけですわ」


 ディアは言った。


「今出来ることをやる。それ以外ない」


 アドリーは言った。


「ツクモ先生の力になりたい。

 ――きっとわたしたちが今まで頑張ってきたのは、この時の為だったんだって思うの」


 ビアンカは言った。


「皆の思いは同じだってことだね」


 全員が頷いた。


「それじゃあ皆、わたしの思いつきを試してみないかい?」


 説得の期限は、ツクモ率いる精鋭部隊が出発する前日――ちょうど3週間後まで。


 ツクモですら想像していなかった、彼女たちの必死の挑戦が始まった。


***


〜魔王城〜


「報告の通り、拉致した人間の数は7000を超えました。予定通りの数値です」


「ふーん、あっそ」


 ベルゼーブは水晶を通じて、ゾフィーからの報告を聞いていた。


 無論、ゾフィーはすでに死んでおり、本人ではない。


 その正体は、声を変える魔法を使用したツクモ・イツキである。


「つまんね〜の。

 ボクチンはねえ、ゾフィーちゃんが血みどろになりながらボクチンに土下座して、『ごべんなざい!! 人間にしてやられましたぁああーーーー!!!』って、失敗の許しを乞う姿が見たかったんだけどな〜」


「……」


「演出って分かる? 演出ぅ〜。ボクチンを楽しませてくれる道化芝居ぐらいやって見せてよ〜ねえねえねえ!!!!!!」


「……」


 何も言い返さないゾフィー(ツクモ)にベルゼーブはさらに不機嫌になる。


「ふん!! 話はもう終わり?? 電話切るよ!」


「いいえ、もう一つ報告することがあります」


「は? 何? 言って頂戴」


「勇者ジャジャが魔国に入っていくのを確認しました。

 恐らく魔王城に向かうものと思われます」


「……はあああああああああぁぁぁぁ……あーあ」


 すると、ベルゼーブは明らかに失望し、大きなため息をついた。


「勇者ジャジャってあの雑魚のこと?

 そのへんのダンジョンでやられちゃって、力のすべてをボクチンに奪われちゃって、見っともないほど恥ずかしくて、笑っちゃうほど面白い命乞いをしたあのジャジャちゃん??

 それがどうしたっていうのかなぁああ???」


 ベルゼーブはジャジャのことなど全く眼中にない。


 その辺の虫のような存在だと判断したからこそ、デデドンを紹介してもらった後はもう自由にさせていたのだ。


「ジャジャの持つ剣――人間共から聞いた噂ですが、とても恐ろしい武器なのかもしれません」


「武器ぃ?? 『使えば死ぬ』ってヘンテコな噂があるっていう、バカでかい魔剣のこと??」


 魔剣リベリオン――。


 あまりのデカさに、実物を見た人は皆、「あれを持つだけで潰れて死ぬだろ」という当たり前の感想を口に出す。


 それが世間に広まった結果、『使えば死ぬ』と言われるようになったと、一般に広まっていた。


「そうです。私共では鑑定することは出来ませんでしたが、もし、勇者ジャジャと直接お会いになったときは、魔剣リベリオンの鑑定を進言します」


***


〜勇者ジャジャ視点〜


「よう、ベルゼーブ。てめーに話がある」


 ここは魔王城、玉座の間。


 部屋の高い位置に2つ玉座があり、魔王と宰相のベルゼーブが座っていた。


 俺様とガートル、ラズビィは玉座の対面――低い位置に立たされている。


 腹立たしいが、俺は上を見上げるようにして話していた。


「ジャジャ様。この椅子をお使いください」


 ガートルはマジックアイテムによって、即席の椅子を用意した。


「流石だなガートル、あいつらよりも気が利くぜ」


 魔王軍にはおもてなしの心は無い。


 俺様にあの玉座をよこして、魔王ともども俺様の下でひれ伏すのがせめてもの礼儀のはずだろうにな。


「ありがたき幸せ」


 ガートルは頭を下げ、礼を述べた。


 俺は椅子に腰掛ける。


 背負ってた剣は椅子の横に立てかける。


 すぐさま、ラズビィが飛んできた。


「ああ〜ジャジャぁ〜素敵〜」


 ラズビィは俺の膝の上に突っ伏す。


「ふ、全く。ラズビィは直ぐに俺様に飛びつく」


「きゃは! いつもの癖が出ちゃっただけだしぃ?」


「――は?」


 ベルゼーブの声だ。


「わざわざジャジャちゃんが遊びに来たから特別に通してあげたのに、なぁにその態度? ボクチン馬鹿にされてる?」


 てめえが馬鹿なのは本当だろうに。


 まあ言っても無駄だがな。


「はん! 俺様が頭を下げてやったのはあの時だけだ。今度はテメーが俺様に頭を下げてお願いする番なんだよベルゼーブ」


「へぇ〜……ふぅ〜ん」


 あからさまに不機嫌だったベルゼーブに次第と笑みが見え始める。


「けっこうな自信ねぇ〜ジャジャちゅあ〜〜んんんんん! あなたにそこまで言わせる『理由』、ボクチンに聞かせてくれないかなぁ??」


 俺様はニヤリと笑う。


 ベルゼーブは取引に興味を示した。


 これはもう実質、成功したも同然だ。


「おっと、それを教える前に条件がある。

 テメーが奪った俺様らの力を返しやがれ。そして国を挙げてこの勇者パーティーをもてなし、迎え入れろ」


 人間が奇襲するという情報は、戦争の勝敗を決するほどの価値がある。


 だったら、出来る限り釣り上げた上でベルゼーブに買わせる。


 向こうから見ても、十分なぐらい釣り合ってるに違いない。


「……」


「なあに、力が戻った瞬間、テメーを殺すなんてことはしねえよ。

 何ならお前達の態度と誠意によっては、――手伝ってやるよ。人殺しをよぉ」


 俺様はあの国にどれだけ恩を仇で返されたことか。


 俺様のことをナメてるとしか思えない。


 ツクモとキッシュを筆頭に俺様を馬鹿にし続けて、挙句の果てには指名手配だと??


 逆に哀れだよ。


 みんな揃って三途の川を渡っちまったことに気づかないなんてな。


「――――――」


***


――え、なにこの勇者。ぶっちゃけ驚いちゃった。


 ベルゼーブは内心、目の前のジャジャに対して、自身の評価を改めつつあった。


――ボクチンを最高にビンビンに高ぶらせるなんて、ジャジャちゃんって実は、最高クラスの人間<おもちゃ>じゃん。


 ジャジャ達は2つ見誤ってた。


 一つはツクモが予め、ベルゼーブに警戒を促していたこと。


 そしてもう一つ、ベルゼーブは実利だけでは動かないことだ。


 第一に勝利。


 同率一位に快楽。


 それ以外に無い。


 つまり、最後に勝てば問題無いので、その過程は楽しいほうがいい、という考えだった。


 接戦でも泥仕合でも敵も味方も死にまくりでも――全く関係なかった。


――情報の価値なんてもはやどうでもいいわ。


――このジャジャちゃんが、本当に勇者なのか、そうでないのか――そっちの方に興味しんしん。


――もし本当に勇者なら、あの魔剣――本当に調べる価値がありそうね


 ベルゼーブは懐に隠していたマジックアイテム――『アイテムの効果を調べる鑑定メガネ』を取り出した。


***


「んあ?」


 しばらく黙っていたベルゼーブが突然メガネを掛けた。


「何してんだ、あいつは?」


 どうやら、俺様の剣を見てるようだ。


 そして数秒後、ベルゼーブに異変が見られた。


 全身から汗が吹き出している。


 特に、顔の化粧が汗でベシャベシャに崩れ、いろんな色に濁った汗が顔からポタポタと落ちていた。


「――あひゃ」


 笑み。


「ああああああっひゃっひゃっひゃっひゃひゃっひゃっひゃっひゃひゃっひゃっひゃっひゃ!!!!! はぁあああああああああひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!! しゅしゅしゅごいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!」


 ベルゼーブは突然大笑いした。


 俺様も、ガートル、ラズビィも呆然としていた。


「――魔王ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 が、ベルゼーブは突然笑うことを止め、魔王に命令を下した。


「あの魔剣を奪ええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」


「んな???? ――ぐばははああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「ま、マジ何なん――ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 俺様はその言葉が耳に聞こえた瞬間に、魔王の攻撃で、ラズビィと椅子ごと真横に吹き飛ばされていた。


 壁にめり込んだ俺とラズビィ。


「てめえら……まじで……ころ……………………」


 てめえら、まじでぶっ殺してやる。


 あ、だめだ。


 きがだんだんとおく……


***


「何をするのじゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ガートルは抗議する。


「あまりにも卑怯で、汚い不意打ち……!!!! 『糞山の王』というあだ名に、まさしく相応しいわい!!!!!!!!!」


「そのあだ名ボクチンだいっきらぁああああああああい!!!!!

 けどまあいいわぁぁああ!!!! ボクチン認める!!! ジャジャちゃんが本物の勇者だってことをさ――!!」


 そうベルゼーブは口にする。


 そして、魔王は魔剣リベリオンを手に取り、玉座に戻った。


「ベルゼーブ……もしやこの剣の秘密を――」


 最悪の状況に戦慄するガートル。


「ボクチン本当に驚いちゃったわよ〜。確かにこれならボクチン殺されてたかもしれないわね〜」


 剣を奪えたことを確認したベルゼーブは安堵したのか、冷静さを取り戻していた。


「この剣の特殊能力は――自爆魔法メガバーストを発動すること。つまり『使えば死ぬ』は本当に正しかったってことだね〜」


 自爆魔法メガバースト。


 覇王級に属する魔法だが、威力だけは神級に匹敵すると言われている。


「つまり、これを使えば、自分の生命エネルギーを引き換えに、半径数キロに及ぶ大爆発を引き起こすってことでしょ?」


 破壊的威力のデメリットは、使用者の生命エネルギーが無くなり、死ぬことだ。


 その上、爆発によって、自分の体は完全消滅する。


 文字通り、『使えば死ぬ』魔法だった。


「それがどんな人間でも魔族でもモンスターでも使えちゃんなんて、最っっっっっ高じゃぁあああああああああああああん!!!!!!!!!」


 使う本人にとっては最悪でも、使い捨てても問題ないヤツに使わせれば最高の武器になる。


 数百年前、魔剣リベリオンを持たせて、様々な場所で自爆<メガバースト>するテロ事件が起きた事がある。


 この行為によって、最悪の破壊行為が各地で横行した。


 その結果、滅んでしまった国も存在するという。


「ジャジャちゃんはこれを使って、仲間ごとボクチンと心中するなんてこと、全く想定してなかったわよぉおおおお!!!!!!

 本当に本当に本当に、勇者そのものじゃんかよおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 ベルゼーブはジャジャを褒め称える。


 ベルゼーブのジャジャに対する評価はバク上げのうなぎのぼり状態だ。


 無論、それは勘違いなのだが。


「ありがとおおおおおおおおお!!!!!! ジャジャちゅあああああああああああん!!!!!!! 勇者さまぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

 この剣はボクチンが預かっとくからねぇえええええええええ!!!!!!!

 ――そ・れ・か・ら」


 ベルゼーブは満面の笑みで勇者パ―ティーに宣告した。


「ジャジャちゃん達は真の勇者として、この国のど真ん中で処刑してあげるわねぇええええ!!!!!!!! ああーーーーーーひゃっひゃっひゃ!!!!!!!」 


 膝をつくガートル。


「もう、終わりじゃ」


 絶望したガートルは、気絶した勇者とラズビィ共々、地下牢へと幽閉されるのであった。


***


〜ツクモ視点〜


 出発まで残り1日。


 準備はすべて完了済み。


 一変の抜けも無く、敗北の可能性も潰し、勝利への道筋が完璧に出来あがっていた。


「奇襲の成功確率――100%、ベルゼーブ及び魔王の撃破は、どんなパターンでも成功可能。ここまでの用意が出来たのも、皆のおかげだ」


 作戦会議に参加してくれたメンバーに、俺は感謝する。


「いいえ、これはすべてツクモ様のおかげです。我々だけでは到底上手く行くはずが無かった」


 俺はゾフィーのふりをして、ベルゼーブとやり取りを続けてきたが正体がバレることは無かった。


 勇者ジャジャの魔剣について警告したことで、相応の信頼を得られた。


 魔王城への侵入は間違いなく成功する。


「しかしまさか、そんな恐ろしい魔剣をあえて取らせるなどと、誰が思いましょう」


「だがこの作戦ならば、あの魔剣をベルゼーブがどう扱おうがもう既に詰んでいる」


 俺は、ジャジャがこの国を出る直前、魔剣リベリオンにある細工を施していた。


 一つはマーキング。


 この魔法をかけられた物は、どこに移動しても場所が分かるというもの。


 そしてもう一つ――


「俺が作ったマジックアイテム――遠隔操作スイッチ。これを使えば、即座に魔剣リベリオンのメガバーストが発動し、ベルゼーブ共々、魔国は焼け野原になる」


 それが俺の考え出した最終手段だ。


 つまり、この奇襲が万が一失敗しても、この戦争に勝利出来る。


 ただし――


「代償として、俺は死ぬ。俺の生命エネルギーがリベリオンに吸収されるからな」


 それが俺――ツクモ・イツキとしての覚悟だった。


 はっきりいって、この戦いに負けたときのリスクを考えれば、99.9%の勝利確率ですら低い。


 それを100%に引き上げる為の最終手段だ。


「……ツクモ様。あなただけの犠牲など絶対に許しません。我々は皆、全身全霊をかけて勝利のために戦います」


 そう言って、一人が頭を下げると、皆続いて、同じように頭を下げた。


「ああ、よろしく頼む」


 俺はそう皆に伝えた。


***


「ココア、出てきてくれ」


 最後の作戦会議が終わり、誰もいない広場で、俺はスーパージャイアントラビットのココアを呼んだ。


 スクロールからココアが飛び出してきた。


「なあにーつくもー」


「ココアはいつ見ても大きいな」


 つい、口に漏らす。


「ふふふ! ありがとー」


 無垢な笑顔を俺に向ける、昔からの友達。


「なあ、俺の馬鹿な頼みを聞いてくれるか?」


「いいよー」


「魔国との戦いで、俺が負けたときはこの遠隔操作スイッチを押してほしい。俺は死ぬが、師匠ともども、敵は全滅するアイテムだ」


「うん! わかったー!」


 びっくりするくらいの即答だった。


「断るかもしれないって、勝手に想像してたんだがな……」


「つくもはつよいから、まけるわけがない! だからあんしん! えりんもぶじ!」


「なんだか無性に、気が抜けるなぁ……」


 誰になら俺の命を預けられるだろうか?


 みたいな悩みをしたのがバカみたい――というか本当にバカバカしかったなと、ココアに教えられた。


***


 寮へと帰る道のりの途中。


 ちょうどラクロア魔法学園の初等部校舎の近くを通る。


「――君たち」


 4人の少女が、立っていた。


「先生に見せたいものがあるの」


 アドリーは真っ直ぐ俺を見据えて言った。


「……」


 ビアンカも、シィも、ディアも、目で俺に訴えかけていた。


 私達を連れて行け、と。


「何を見せようが、俺の意見は変わらん。――お前たちは連れて行かない」


 彼女たちの表情は何一つ変わらない。


 俺は、もはや3週間前の彼女たちとは別人じゃないかと思うほどの気迫を感じた。


 ……しかし、それがどうした?


「お前たちが、どんな修行をしたのか、どんな覚悟でここに来たのか、それは理解しよう。

 だが、それとこれとは話は別だ。

 ――俺はこの戦いに命を賭けている。今までの俺なら絶対にそんな物は賭けなかった。

 なぜか分かるか?」


 かなり感情的になっている自覚がある。


 それでも、俺は彼女たちのためだと信じて、この気持ちを伝えた。


「君達のことが何より大切だからだ。アドリー、ビアンカ、シィ、ディア――君たちの存在が、いつの間にか俺の中でどんどん膨らんで、大きくなった。

 今まで誰かを好きになるなんてこと、無かった」


 この戦いに負ければ、俺は死ぬが、同時に師匠も死ぬ。


 無論、負けるつもりも、師匠を諦めるつもりもない。


 しかし、万が一の場合――たとえ師匠の命を天秤に載せたとしても、俺はGクラスの、彼女たちの世界を守ることを選択した。


「子供の俺に優しくしてくれたのは師匠だけで……師匠と別れてからの俺は、一人で大人になるしか無かった」


 ジャジャのパーティーに属したこともあるが、無茶な命令してくるだけの関係だ。


 ココアという友人はいたが、他人と比べれば明らかに交友関係は薄い。


 それでも俺は生きていくしか無かったのだ。


 仲間などいらないと思っていたことすらある。


「今だからこそ言える。お前達に出会ってから、俺の青春は始まった。

 大人の俺は、子供のお前たちに対して、バカみたいにドキドキした」


 この学園生活が、俺の人生で一番輝いている。


 今が永遠に続いてほしいと考えてしまうほどに。


「……だから、君たちを危険な目に合わせたくない……」


 俺は彼女たちを、ダンジョンに連れて行ったり、戦場に連れて行ったりもした。


 無論リスクはあったが、俺がカバー出来る許容範囲だと踏んでのものだった。


 しかし、今回だけは違う。


「分かってくれ……俺は君たちの事が…………ん?」


 何故か、彼女たちの様子がおかしい。


「……なぜ、君たちは顔を赤らめているんだ……?」


 クックックと、ビアンカは笑う。


「だって先生、わたし達にドキドキしたって、それもう告白じゃん!」


「……!」


 あぁ……感情的になりすぎて、全く気づかなかった!


「自分の感情を、思いのまま伝えたら、なんかつい言ってしまってた」


「ついってなんですの! ……そこはもう勢いで、『結婚しよう』ぐらい言ってほしかったですわ!」


 おいおいおい。


 それ言ったら俺死ぬぞ。


「――社会的に、だがな」


 戦場で死ぬなど、俺には似合わん。


「……シィの権力で、社会をねじ伏せる」


「ええと……ディア?」


「そうすれば、みんなと先生が家族に……わくわく」


 ディアまでなんだか舞い上がってるな。


「……――とって」


「アドリー? 今なんて――」


「んもう、責任とって、って言ったんだよ。先生がわたしたちみーんなを本気にさせたんだから!」


「……俺は――」


 答えなどもうわかりきっている。


 ただし、どうなるのかは、俺にもさっぱりわからん。


 だが、それでも彼女たちのために、俺は前に進もう。


「君たちには、誠実でありたい。この戦いが終わったら、一緒にこれからのことを考えよう」


 ああ、全くこの世界というやつは。


 子供のころは、残酷な世界を去りたくて、死にたいと思っていたのに。


 今では生きる理由ばかりになったじゃないか。


「ねえ、先生――わたしたち4人の魔法を見てほしいの」


 アドリーはそう言って、ビアンカ、シィ、ディアのそれぞれと顔を合わせた。


 そして皆、目を閉じ、詠唱を始めた。


 呼吸を合わせ、それぞれの魔力が重なり合う。


 ――その瞬間、俺は奇跡を見た。


***


「それが君たちの覚悟なんだな」


 魔法を見終えた俺は、目を閉じた。


 ほんの一瞬だけ、思考する。


 そして、俺はゆっくりと目を開けた。


「……わかった。君たちを連れて行こう」


――ああ、彼女たちは


――こんなにも成長していたんだな


 俺は自然と頬が緩んでいた。






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