第28話 ツクモVSゾフィー

「く…! おのれ…おのれぇ…!」


 ゾフィーは怒り狂う。


 コンドルの爪の本部の中を歩く。


 魔物特有の、人間よりも早い自然治癒によって、すでに体の傷は癒えていた。


 が、顔の傷は別だった。


 フレイムバスターソードの威力は凄まじく、顔に刻まれた傷は今もなお燃え続けていた。


 傷跡が痛むたびに、あの少女に深い憎しみが溢れかえらんとした。


「私こそが――最強の魔族だというのに――! おのれ……あの小娘――!」


 ゾフィーは、魔族宰相ベルゼーブのことを自身より格下だと考えてる。


 魔族を率いるにふさわしい者とは、自分のことだと思っていた。


 そんな自分が、頂点の座どころか、あのような小娘に遅れをとるなど夢にも思わなかった。


――ベルゼーブに忠誠を誓うフリなど、もうお終いだ。


 ゾフィーの無事に残っている片目には、無限の憎悪が垣間見える。


――我が軍勢のすべてをもって、人間どもを虐殺する。


 隠れ家に戻った後、すべてのモンスター達に命令するつもりだった。


 一匹残らず人間を殺せ、


 王国を滅ぼせ、と。


――あのつまらん小娘共に、この私に逆らったことの愚かさをその体に刻み込んでやる……!


 そして、ゾフィーはある部屋の扉を開けた。


 中には数人の、体を縛られながら寝ている人間がいた。


 コンドルの爪を運営してる者たちだ。


 ココアの恐怖付与によって、気絶したところを、ディアたちが縛り上げていた。


「こんな薄汚い人間の生気を奪う羽目になるとはな」


 一歩づつ近づくと、パチリと、一人が目を覚ました。


「……ああ、怖かったブヒ。なんと恐ろしい夢を見たブヒなのだブヒ。……………………ブヒ?」


 ゾフィーはこの脂ぎった太い男とは一度だけ顔を合わせたことがある。


 コンドルの爪を経営しているギルド長だ。


 いつ見ても気持ち悪い男だとゾフィーは思った。


「ぶひややああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ??????? ぞぞぞぞぞぞぞ、ゾフィーさまぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


「叫ぶな。ゴミクズ」


 その一言で、その男は黙る。


 そして、その叫びをきっかけに、他の男も目を覚ました。


「――なんだここは……あ、あなたはぞ――」


「さ、叫ぶんじゃないブヒ! ゾフィー様の命令ブヒ!」


 ゾフィーは人間どもを見る。


 こいつらといい、我ら魔族に民を売ったデデドンといい、吐き気を催す愚か者ばかりだった。


「やはり、人間は絶滅するべき害虫だよ」


「どどど、どうしてここに尋ねられたのでございますブヒか? ななな、何か我々に出来ることがあれば、どうぞお申し付けくださいブヒ!!」


「そうか、だったら死んでくれ」


 全員が目を開き、心の底から絶望した。


「なに、苦しみは最小限だ。お前達の生気をこの傷の治療に当てるだけだ。私の糧になることに感謝しろ」


 この傷とは無論、顔に大きくついた傷のことだ。


 ゾフィーはギルド長に手を伸ばした。


「や、辞めてくださいブヒ!!!!!!!  何でもするブヒ!!!!!!!! い、嫌だブヒ!!!!!!!」


 体は縛られていて、逃げることは出来ない。


 ましてや、怪我を負ったゾフィーといえど、彼から無事に逃げ延びる算段など、どんな知恵者でも思いつくはずがない。


「だれがああああああああ!!!!!! だずげでブヒいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!」


 尊厳などかなぐり捨て、泣いて暴れまわる。


 何という鬱陶しい命乞いだ。


「黙って死ね」


 その首筋に、手をかけようとした瞬間――


「死ぬのはお前だ」


 突然出てきた男が、ゾフィーを殴りつけた。


 顔についた大きな切り傷に、拳が打ち込まれ、建物の壁にぶつかるまで吹き飛ばされるのであった。


***


〜ツクモ視点〜


「ぐはあっ……」


「まだ生きてるな」


 ゾフィーは顔が血だらけになりながらも、起き上がろうとする。


 普通の人間や魔族ならば、動くことなど到底出来やしない状態だが、ゾフィーはそれでもなお動こうとしている。


「まあ、魔族師団長がまさか殴られた程度で死ぬはずもないか」


「ぐ……貴様は……何者だ……?」


 俺は別に名前を隠したりなどはしないが、ディアは必死に皆の名前を隠し通した。


 その上、今はコンドルの爪の経営者達もいるので、下手なことは言わないでおこう。


「ただの先生だ」


「……なるほど。あの小娘共の仲間……指導者といったところか」


 ゾフィーは満身創痍の様子だが、追い詰められた絶望感のようなものを感じない。


「ふ、私としたことが。今更どうでもいい話だったな。――これからお前達は一人残らず皆殺しにするのだから」


 不敵な笑みを浮かべるゾフィー。


 ああ、これだから状況を理解してない、勘違い野郎を相手にするのは面倒なんだ。


「くだらない妄想話はやめてくれ。呆れて嫌になる」


「何を――」


「お前の部下たちはすでに見つかり、総攻撃を受けている。今からお前一人が戻ったところでもう遅い」


「な――?」


 絶句するゾフィー。


 口をぽかんと開けている。


「他に方法があると思うなら頑張って考えてくれ。……例えお前が自爆魔法を使おうが何をしようが無駄だと思うがな」


 はっきりとそう伝えた。


 もうひっくり返りようがない事実だ。


「………………くっふっふっふ、あはははははははは!!」


 ゾフィーはあまりの怒りに逆に笑っていた。


「役立たず共に期待した私のほうがバカだったな!!!」


 ゾフィーは俺を睨みつけ、剣を抜いた。


 それと同時に、体から闇のオーラが溢れ出た。


「知ってるか? 最強クラスの魔族になると、【変身】が使えるということを」


「ああ、もちろん」


 【変身】は、自身の姿を変化させることにより、その力を数倍にも増強する魔法だ。


 奴のいうとおり、上位の魔族といった一握りの猛者だけが使用可能。


 時間制限ありの切り札である。


 無論、そんな魔法のことは知っていたし、対策も当然していた。


「変身してる間は、どんな魔族もスキを見せるからな」


 俺は初級魔法ストーンを使い、小さな小石を作る。


 その間、0.01秒。


 それを親指で弾き飛ばし、ゾフィーの目に当てた。


「うぎゃ!!! 眼が!!!!!」


 ゾフィーがよろけた瞬間に、俺は間合いを詰め、蹴りを入れた。


「ぬが!!!!!!」


 腕を蹴られ、ゾフィーは剣を落とす。


 腕は折れていた。


「後はお前の首だな」


 俺は手の平をまっすぐ伸ばす。


 手刀の形を作り、勢いよく振り下ろそうとした。


「ま、待て!!!!」


 ゾフィーは命乞いのように俺にそういった。


「待つ理由は?」


「貴様にとって、大事なことだ……!」


 一体何を言ってるのだろうか?


 しかし、興味が全く無いわけではない。


「言ってみろ」


 そう言うと、ゾフィーはニヤリと笑う。


「お前は騙されているんだ。――お前の生徒の銀髪の少女の正体は、魔族だったんだ!!」


 俺はこの言葉に眼を見開いた。


***


――ふ、どうやらこの男は、自分の仲間が魔族だってことを知らなかったらしい


――好都合だ。この一瞬のスキに変身を果たす。


――変身した私は誰にも負けることはない。


――私の力だけで人間どもは十分に殺せる。


――目の前の男も。


――あの小娘共もだ。


――そして、竜の勇者ジャジャはすでに、その力を失っている。


――そもそもその正体はただのバカだったがな


――私を止めることなど誰にも出来やしない。


――そして、その後はベルゼーブを倒し、ゆくゆくはあの魔王にも……!


 ゾフィーは一瞬のスキをついて、変身の呪文を唱える。


「へんし――」


 ん、という瞬間に、ツクモの正拳突きがみぞおちに突き刺さったのだった。


***


「ごばはああああ!!!! ぬぼげえええええええええええええええええ!!!!!!!!!」


 ゾフィーは悶え苦しんだ。


 当然変身は中断され、もとの姿のままだ。


「かはぁ、かはぁ、くひぃ……」


 苦しくて呼吸がままならないようだった。


「生徒の中に魔族がいることは会った初日から知っていた。その程度の事実でスキなど見せるわけ無いだろ。逆に驚いてしまったじゃないか」


 ディアが魔族だと知ったのは、初級魔法の練習のためにディアの体に接触して、魔力を操作したときだ。


 かなり綿密な偽装魔法によって、正体を隠していたようだ。


 俺はディアがどんな理由で人間の中で暮らすようになったのかわからないが、何も悪いことはしてないようだったので、これまで特に言及はしなかった。


「がは……ま、まぞくだぞ!!! ……それを人間であるお前が、なぜ見逃した!!」


 なんとか呼吸を整えたゾフィーが俺に訪ねた。


 言い分は分からないでもない。


「まあ、俺以外のやつだったら、魔族というだけで排除したかもしれんな」


「だったら、なぜ」


「俺の敵は無用な争いを行う卑劣漢どもだ。魔族だろうが人間だろうが関係ない。つまりお前らのような奴は例え人間であっても俺の敵だ。俺の生徒を、お前たちと一緒だと思うな」


 そもそも俺は人間など好きではない。


 小学生(エレメンタリー)のときに、知能があるものの醜さを分からされた。


 他人をおもちゃにして遊ぶことの味を覚えた者は、どれほどでも残忍になれるということだ。


 その本質は、モンスターも、人間も、魔族も、動物も変わりはしない。


 そして、おもちゃにされた者の心は壊れる。


 過去の俺のように。


 けど、そんな俺を、救ってくれた魔族がいた。


 俺の友達を生き返らせ、俺の心の助けを、真摯に受け止めてくれた魔族がいた。


「俺の師匠は魔族であり、大恩人だ。与えられた恩をいつか返すその日まで、俺は俺の信念を貫き通す」


 俺は構えた。


 左腕を腰まで引き、右手の先を相手の顔を指すように向ける。


 この体勢は攻めと守りを両立し、かつ、格闘術に織り交ぜ、魔法を放つことが可能だ。


「ば……ばかな……こ、この構えは――」


 ゾフィー表情が青ざめ、歪んでいた。


***


――ば、ばかな!


――なぜ、あの男から、魔王と同じ威圧を感じるのだ……!


――そして構えも、あのときと同じ構えだ……!


――こやつの言っていた師匠とは、魔王のことなのか?


――い、いや、ありえない!


――あんな人形が、誰かに魔法を教えるなどとありえるはずがない!!


――……だが、もし、あの魔王と同格の強さを、あの者が持つのであれば……!


 ゾフィーの全身は恐怖で震えていた。


 実はゾフィーは魔王に殺されかけた事がある。


 7年前、当時の魔王であった人物を、今の魔王が殺すという出来事が起きた。


 今の魔王を連れてきたのは元々魔族師団長だったベルゼーブであった。


 無論、ゾフィーは大反対し、決闘することになった。


 が、相手にすらならないほど、ゾフィーは負け、死にかけた挙げ句、ベルゼーブに頭を下げ、忠誠を誓わされる羽目になった。


 ゾフィーはその時の恐怖は、全身に植え付けられていた。


「そんなはずは無い……そんなはずは無い……そんなはずは!!!!!!!!!!! 無いはずだああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 その瞬間、ゾフィーは己の限界を超えた。


 【変身】したのだ。


 詠唱を省略し、1秒のスキを見せることなく、即時変身を成功させたのだった。


 全身が白銀の鱗で覆われ。


 6本の腕に、それぞれ剣を持ち。


 口から牙が露出し。


 蛇のように瞳孔が細い。


 6本腕のリザードマンとも言うべき姿になったゾフィーは、まさに神速と表現するべき6つの剣筋で、ツクモ・イツキの急所を切りつけた。


***


 俺は一瞬で、その剣筋を見極めた。


 ああ、こりゃ別に6本すべて捌く必要は無いな。


 そう思った俺は、自分の右腕をほんの少し動かし、6本の剣のうち、たったの1本、刀身の腹に、タッチした。


「――は?」


 すると、軌道が変わった1本の剣が、あらぬ方向へと動き、なんとそのまま、残り5本の腕を自分で切り落としてしまったのだ。


 その瞬間のゾフィーの顔は、見てるこっちが悲痛さを感じてしまう表情になっていた。


 例えば、大切なおもちゃを壊されて泣く寸前の子供のような、あの表情だ。


「あ……あ……」


 ゾフィーの心は完全に折れた。


「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


 ゾフィーは口から泡を吹きながら、膝をついた。


「これで終わりだ――と言いたいが、貴様、師匠を知ってるようだな」


「――ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


「どこにいるのか言え」


「――ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


 もうこれは死なせたほうがいいな。


「中級魔法サイクロンウインド」


 そして、ゾフィーを倒すのであった。







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