第25話 過去と秘密と

〜シィ 回想〜


 あれは6年ほど前の話ですわ。


 わたくしの父、フラット・ライトニング王とその妻、ファーナス王妃と、わたくしシィファは仲良く暮らしていましたわ。


 その時、わたくしは幼く、わたくし達王家はどのような立場の存在か、はっきりとは自覚しておりませんでした。


「おとうさまー! おかえりなさい!」


「ただいま、シィファよ」


 わたくしがお父様について覚えていることは、とても愛情深くわたくしを愛してくださったこと。


 わたくしはとても幸せでした。


 しかし、悲劇は突然訪れました。


「いい子に留守番して――危ない! シィファ――」


 お父様はわたくしを守るように覆いかぶさりました。


「おとうさ――ひぃっ!」


 その背中には、矢が刺さって、鮮血が服からにじみ出てくるのが目に入りました。


 わたくしはショックで声が出ませんでした。


 この襲撃事件によって、フラット王は危篤状態になりました。


 そう、フラット王は死んでいないのです。


 ただ、目覚めることなく、今日に至る6年間ずっと眠ったままなのです。


 そして、わたくしのお母様、ファーナス王妃はわたくしの身を案じました。


 襲撃事件の黒幕が分かるまで、わたくしは死んだことにしたほうがいいと判断し、王都から離れた場所で暮らすことになったのです。


 王族のシィファではなく、ただの庶民シィとして。


 そして、ラクロア魔法学園の初等部に入学して、今のGクラスの仲間たちと出会ったのですわ。


***


〜ツクモ視点〜


 深夜。


 ユーフォリア王国の王城。


 俺とシィは誰にも見つからないように、城の外壁をロープを伝って登っていた。


 がっ


「ひゃ」


 シィが足を踏み外す。


 俺はシィの手をつかみ、抱き寄せる。


「大丈夫か?」


「だだだ大丈夫に見えますかこれが! なんでこんな恐ろしいことをしなくてはなりませんの??」


「一度説明したはずだぞ。下手に魔法を使えば宮廷魔術師にバレてしまうから、フライは使えん。というか、俺も国民全員に強化魔法を使ったせいで今は何の魔法も使えない」


「そんなことじゃありませんわよ」


「それに今は誰が敵で味方なのか分からない。直接ファーナス王妃に会ったほうが話は早い」


「……わたくしが王女だって話、先生は信じてくださるのですね?」


「完全に疑ってるならこんな無茶はしない」


「……そう」


 シィは静かになった。


 そうして、危険なクライミングを続けて、女王の部屋へとたどり着く。


「失礼します」


 俺はそう言って、窓を開けて中に入った。


「――ッ! 何者!」


 高級な部屋着を着た女性。


 今のユーフォリア王国を率いてる人物、ファーナス王妃だ。


「おかあさま」


「!!? シィファ……!」


 ファーナス王妃は、大きく目を開く。


 どうやらシィの話は本当に正しかったようだ。


「おかあさま。本当にお久しぶりですわ。6年間、ずっと会える日を楽しみにしておりました」


 シィの瞳に涙が浮かぶ。


「シィファ……」


 ファーナス王妃はゆっくりと近づき、シィを抱き寄せた。


「本当に大きくなりましたね。安心しました」


「うぅ。おかあさまぁ……」


 二人はしばらくの間、抱き合う。


 積もる話は数しれないだろう。


 なにせ6年も別れ離れになっていたのだから。


 シィを危険から遠ざけるためとはいえ、あまりに残酷だ。


 俺は、しばらく待つ。


 そして、落ち着いた王妃に失礼のないように伝えた。


「お忍びで会いに来ました。私はツクモ・イツキ。ラクロア魔法学園初等部の教師です。そして、シィファの先生をしています」


「……つまりは、シィファの秘密を知っているということですね」


 王妃は瞬時に毅然とした態度になる。


 帝王学を学び、国を率いるだけのカリスマを持ち合わせる者に備わった風格がある。


「今日までそのことを知りませんでした。そして、その秘密をシィファが私に打ち明けたのは、この国に迫りし危機を終わらせる為です」


 俺はこれまでやってきたことを伝えた。


 国民全員に強化魔法をかけて守っていること。


 この事件の裏には、人間の裏切り者がいるだろうこと。


 そして、この事件を終わらせるためには、裏切りの証拠を見つけなければならないということ。


「話は分かりました。協力できることは何でもすると約束しましょう」


 俺は王妃から信頼を得ることに成功した。


「それでは、フラット王を私に見せていただいてよろしいでしょうか?」


「……それはなぜ?」


「フラット王は6年前の襲撃以降、一度も目を覚ましてないと聞きました。もし、その原因を取り除くことが私に可能かどうかをこの目で見極めたいのです」


 フラット王は昏睡状態にある。


 当時は新しい王を誰にするのか揉めにもめたようだが、結果的にはフラット王の地位は変わらないまま、ファーナス王妃が王の代理として政治を行うようになった。


 ファーナス王妃が【女王】ではなく、【王妃】のままである理由だ。


「いいでしょう。ついてまいれ」


 俺とシィはこくり、とうなずき、王妃と一緒に部屋を出た。


 そしてすぐ隣の部屋に入った。


 薄暗い部屋。


 小さなベッドに、医療用のマジックアイテムが備え付けれられていた。


 そこに眠るのはやせ細った男だ。


「ああ……お父様、こんなにも痩せて……うぅ」


 シィがベッドに近づき、泣き伏した。


「シィ、少しどいてくれないか」


 俺はシィに言った。


「うぅ、はい……先生」


 時間が無限にあるわけではない。


 一秒でも早く、この問題を解決しなければならない。


 その使命感が伝わったのか、シィは取り乱すことなくどいてくれた。


「王の体に触れます」


「ええ」


 俺は王の体を調べる。


 なるほどな。


 俺は分かったことを二人に説明した。


「背中の矢傷はとうの昔に完治している。この昏睡の原因は非常に高度な隠匿性を備えた呪詛――つまりは呪いだな」


「呪いですの?」


「ああ、魔法と大差は無いが、触媒さえあれば遠い場所から相手に状態異常をかける事ができる。足がつきにくいため、暗殺に向いている」


「それじゃあ、フラット王は助かるのですね……!」


「無論、可能だ」


 王妃とシィが安堵の表情になる。


「がしかし、王を狙った真犯人を捕らえねば、また同じことが起こるだけだ」


 呪いを掛けた犯人。


 今回の事件の黒幕。


 それが同一人物――つまり、デデドンであろうことは今は直感に他ならない。


 すべての証拠を集め、すべての逃げ道を潰さなければおそらく逃げられる。


 敵は王も国民も人質に取ろうとするやつだ。


 何をしでかすか想像に難くない。


 こちらからスキを晒すのは間違いなく命取りになる。


 俺は、二人を見据えて宣言する。


「治癒するのは少しだけ待ってくれ。――俺と、俺の生徒たちが【デデドン・ボン】と【コンドルの爪】と【魔族たち】につながる証拠を手に入れる」


「そなた……ツクモ・イツキの生徒が、ですか?」


 王妃は少しだけ驚いた表情だ。


「ああそうだ。年齢など関係ない。彼女たちはまだまだ俺には程遠いが、最高クラスの魔法使いだ」


***


〜ディア視点〜


「もふもふ」


 もふもふ。


「もふもふ気持ちいい」


 わたしは、全身にもふもふの感触を楽しんでいた。


 ああ、動物はすき。


 だいすき。


 この毛並み、いつでも愛でていたい。


「きゅーん ディアのナデナデ ぼくもきもちい 乗り心地は どう?」


 そう、わたしは今、日が沈もうとしてる夜の平原を、アドリー、ビアンカと一緒に、ジャイアントラビットのココアの背中の上に乗って移動していた。


「わーーっ! 風が気持ちいいよ! 乗り心地サイコー!」


 アドリーはいつもより元気だ。


 ロデオ気分で楽しそうにしてた。


「まってぇ! やめてぇ! これ以上激しく動くと、気持ち悪くなって……うぷ!」


「ビアンカこらえて! わたし達のリーダーになったんでしょ!」


 ツクモ先生の指示で、ビアンカをリーダーに、チームを組むことになった。


 リーダーに任命されたビアンカはとても誇らしげにしていた。


 けど、今のビアンカにはその面影が微塵に感じられないほど顔を青くしてる。


 ……これ、そんなに酔うかな?


 まあ、いいか。


「目的地は もうすぐ だよ」


 わたしたちはある場所を目指して移動していた。


「街が見えた――」


 アドリーはそういった。


 その方向をビアンカが見る。


 まわりが暗いので、街の明かりがよく目立っていた。


「あそこがデデドンが治めてる領地で間違いないね。そこに【コンドルの爪】のギルド本部もあるはずだよ」


「それじゃあ 気づかれないように 中に入ろー」


 ココアはそう言うと、街の外でわたし達をおろした。


「ぼくは 目立たないように ついていくよー」


「え、どうやって?」


 ビアンカは尋ねた。


「きぎょうひみつー」


 笑顔でココアは答えた。


 とてもかわいい。


 ああ〜、癒やされる〜。


「……ディアちゃんがすごいレアな表情してる」


 ……わたしって、そんなに不思議な顔をしてるのかな?


 まあ、別にどうってことはないけど……


 そんなやり取りをしつつ、街の中に入る。


「……いや、おかしい」


 ビアンカはそうつぶやいた。


「え、わたしの顔のこと?」


「いや、違うから」


 ビアンカは周囲の違和感に感づいたようだ。


「だってさ、モンスターが今でも現れるかもしれないってのになんで見張りの一人もいないのさ? 【コンドルの爪】の傭兵が街の周囲を巡回してないとか、正直考えられない」


 ビアンカの言うとおりだ。


 最低でも、街の周囲でだれかが見張りをしなくてはならないはずだ。


 しかし、街に入るまでの間に、そんな者は一人も見なかった。


 まるで、モンスターは最初からここを狙わないと分かっているかのようだ。


「みんな待って」


 更にビアンカはわたしとアドリーを呼び止めた。


「見て、酒場がすごく賑わってる。こっそり話を聞こう」


 私達はこくりと頷き、酒場の裏側に回り込み、窓から中を覗く。


 中にいたのは、まるで野党崩れのような集団が酒と食事を飲み食い散らかしていた。


「ぎゃはははは! 酒をもってこい!!」


「も、もうここには酒なんてないよ! ここにあるので全部だ!」


「ああ?? んだとおら!!」


 ガンッ、と机を叩き、食事が皿ごと地面へと落ちる。


「俺たちゃこの街を守ってやってる【コンドルの爪】だぞぉ?? 言われたもんは全部差し出すのが礼儀だろうが!!!」


「で、でも! 昼間からこんな時間まで、お前たちはこの店に集まって飲み食いしてるだけじゃないか!! 街を守ってるなんて嘘っぱちじゃないか!!」


 店主の怒りは、ただ相手を更に怒り狂わせるだけだった。


 コンドルの爪のメンバーであろう大男――屈強な荒くれ者どもの中でもひときわ大きな体の大男が店主の胸ぐらを掴み上げた。


「ぐ、うう!」


「なあ、俺たちの善意をここまで踏みにじるなんて、お前さん最高に馬鹿だよ。――そこにいるの、お前さんの女房か? それとも娘か?」


 大男は、カウンターの奥にある調理室を見て言った。


「さ、さあ? そこには誰もいないが?」


「うそはいけねえ、俺には分かる。あそこからメスの匂いがプンプンすんだよ。おいおめえら!! あそこにいる女を連れて来い!!!」


「や、やめてくれ!! 頼む!! 私が悪かった!! 何でもするから、うちの者には手を出さないでくれ!!」


「お断りだぁ!! へへ!! 恨むんならそのくだらねえ自分のバカさ加減を恨むんだな!!」


 数人の男が、調理室に向かおうとしてる。


 わたしは窓に手をかけ、開けようとする。


 もう我慢の限界だった。


「ディア」


 ビアンカが言った。


「その剣は抜かないで、加減が効かないから」


「わかった」


 そしてわたしは、力の限り、店主と大男のところへ飛び込んだ――


「――っ?! なんだ? ぐぅ!」


 店主を掴む右腕に、さやに収められた剣で叩きつけた。


「がはっ! げほ、げほ!」


 店主は大男の手から離れ、地面に落ちた。


「ぐ……いてぇ、いてぇよ。……なんだよてめえはよおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!」


 大男は怒声を上げる。


 耳障りな声だった。


「……」


「なんだあぁ?? だんまりかよおおおおお!!! クソガキがよおおおお!!!!」


 その光景を見た、周囲のコンドルの爪のお仲間たちはわたしを見て、にたにた笑っていた。


「あーあ、君、俺の好みだったんだけどな、傷だらけにされちまうよ」


「ぎゃははは!! 隊長はやくその女の子殺してくださいよ!」


 酔った勢いなのか、周囲は大男――隊長に、大声でコールした。


 殺せ、殺せ、と。


「へへ、やってやろうじゃないか!! 後悔してももう遅い!!!! おらあああああああああ!!!!」


 大男は、わたしの顔に目掛けて殴る。


 とても遅い攻撃だった。


 ツクモ先生が見せてくれた格闘術に比べれば、あまりにも大したことがなさすぎる。


 ……いや、ツクモ先生がすごいだけなのか。


 わたしは怯むことなく、前に一歩、足を踏み出す。


 姿勢を低くし、拳を避ける。


 0距離の密接した状態。


「――え」


 大男はまるで気の抜けた声を発したのが最後だった。


 わたしは踏み込んだ足の勢いを自分の掌底に載せた。


 下から上――


 大男の顎に、とてつもない衝撃がかかる。


 バキ、とひどい音がした。


 大男の顎に打ち込まれた掌底によって、真上に飛ばされ、天井に突き刺さる。


「「…………」」


 周囲は絶句していた。


 みんな動く様子がない。


 わたしは、ここに来て、初めて言葉を発した。


「全員でかかってこい」


 その場の全員が怒り狂って、武器を手にとった。


「「ぶっ殺してやるよおおおおおおお!!!!!」」


 鞘付きの剣を、真横に振り抜く。


 数人が飛ばされた。


 それに巻き込まれた者も含めて壁に叩きつけられる。


 わたしは間をおかず、魔法を詠唱した。


「ストーン、ストーン、ストーン、ストーン、ストーン、ストーン、ストーン」


 手にたくさんの小石が現れる。


「てい」


 ズガガガガガガガガガガ


 敵全体に、小石が降り注ぐ。


「ぎゃ!」


「あひぃ、痛いぃーー!!」


 その小石のあまりの痛さに、屈強な男どもが子供のように泣きわめいていた。


「強すぎる……仲間を呼ぶぞ!」


 あるものが、入り口から逃げようとした。


 仲間を盾にして、走り抜け、扉を開けた。


「スプラッシュウォーター!」


「え、ぎゃああああああああ」


 がしかし、入り口に待ち伏せていたアドリーがやっつけた。


「ありがとう、アドリー」


「無事のようだね、ディアちゃん! ビアンカの方はどんな感じー?」


 調理室からビアンカが出てきた。


「店主の奥さんと娘さんふたりとも無事だよ! いやー、まさか女性を人質にしようとしてくるなんて最低な奴らだね全く」


 どうやらビアンカは調理室で店主の家族を守っていたようだ。


「よし、これで全滅だね。さっすがディア! こんな大男達に肉弾戦で勝てるなんて!」


 あたりには、もう動けそうな敵はいなかった。


「それじゃ、情報を奪ってから、ここに閉じ込めますか」


 ビアンカは気楽そうに言った。


「……」


 わたしの行動はこれで良かったのだろうか?


 勢いに任せてわたしは飛び出し、二人に負担をかけた。


 わたし一人だったら、正直、人質まで無事だったのか分からない。


「ごめん」


 そう、わたしは口に出していた。


「「え」」


 二人はキョトンとする。


「何も考えず飛び出して、迷惑かけた」


「……ふふ」


 アドリーは笑っていた。


「え?」


「あ、ごめんね、笑っちゃって。正直いっちゃうとね、ディアちゃんよりも先にわたしが飛び出せば良かったのに! って思ってたの。ディアちゃんは思い切りがよくてすごいよ!」


 アドリーはそう思ってたんだ……。


 ビアンカも、わたしに対して、怒ることなく言った。


「迷惑上等、だね。わたし達は仲間だからさ、みんなで補っていけばいいんだよ。ほら、わたしがみんなのリーダーだからってさ、全部わたしが命令してたんじゃ疲れちゃうでしょ? ディアがやるべきと思ったことならさ、わたし達に構わずやってみなよ! だめなときはわたし達もだめっていうからさ! ね?」


 二人は暖かく、わたしの自分勝手を受け入れてくれた。


 とても嬉しいかった。


「……ありがと」


***


 ねえ、シィ。


 あなたはどんな思いで、自分の秘密をみんなに明かしたのだろうか?


 わたしは、自分の秘密なんて別にどうでもいいって思っていた。


 バレようがバレまいが、どうでも。


 けど、もし、わたしの秘密をみんなが知ったら、どう思うのだろうか?


 ……その時が最後の別れになるかもしれない。


 ただの小学生が、こんな大男を倒せるなんて普通じゃない。


 なぜなら、わたしは普通の少女ではないからだ。


 わたしは本当は魔族だってことに他ならないのだから。





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