第22話 夏休み、プール、そしてスクール水着

 今は夏休み。


 ラクロア魔法学園にはたくさんの生徒が在籍しているが、この期間の間だけは学園から生徒がさっぱりといなくなる。


 全寮制であるがゆえ、みんな実家へ帰るからだ。


 がしかし、ある4人は実家へ帰ること無く、寮の暮らしを満喫している者がいた。


「先生、パンが焼けましたわ!」


「ありがとう、シィ」


 食卓に向かう。


 Gクラスの4人、アドリー、ビアンカ、シィ、ディアは食卓の準備を終えた様子で、テーブルには料理が並んでいた。


「「いただきます」」


 できたてのパンを口に入れると、ほのかな甘さが舌鼓を打つ。


 ふわふわの食感がたまらない。


 パンだけではなく、スープやサラダやお肉など、すべての料理が家庭的でありながらも、最高のごちそうだった。


「みんな料理の腕を上げたな。すごく美味しいよ」


 俺は彼女たちを称賛する。


「えへへ……! 先生の教え方がわかりやすいからですよ」


 アドリーは言った。


「ありがとうございますわ。先生が美味しそうに食べるものですから毎回凝って作ってしまいますのよ」


 シィは言った。


 この二人は特に料理が得意なようで、毎回舌が唸るほどのものを作ってくる。


 すでに俺の料理の腕を超えていた。


「ん、シィのパンすごく美味しい」


「まあ、ディア。あなたが作ってくれたサラダも美味しかったですわ!」


「野菜をちぎるだけだったからね」


 ビアンカとディアは料理下手ではないが、作りたがるほど好きではなさそうだ。


 ……というか、そんなことよりも気になることがある。


「なあ、今は夏休みだが……君たちはいつ実家に帰るんだ?」


 俺はそう尋ねる。


「わたしは帰りません」


 アドリーは言った。


「もちろん、両親のことも大切ですよ! けど今は先生との時間を大切にしたいんです……!」


 アドリーの決意は確かなものらしい。


「わたしもアドリーとおんなじ理由。まあでもいいじゃん。先生やみんなと一緒に夏休み過ごすのってさ」


 ビアンカはそういった。


「私は両親がいるわけじゃないから、帰らなくても問題ない」


 ディアはそういった。


 ディアには両親がいない。


 孤児院で育ったとのことらしい。


 ラクロア魔法学園では、生まれ持っての魔力量で入学の可否を判断する。


 庶民や貴族などの身分の違い関係なしに入学することができる。


 俺も含めて、Gクラスの彼女たちはみな庶民出身だ。


 (グレゴーラの件さえ考えなければ)この学園の美点といって過言ではない。


 俺は、なんだか言いよどんでいる様子のシィの方を見る。


「シィは、どうなんだい?」


「……まあ、家よりかはここの方が気楽でいいのですわ」


 俺はシィの家庭の事情は知らない。


 特に変哲のない家庭だったと記憶していたが、まあ色々あるのだろう。


「……だったらみんな、暇なら俺の実験に付き合ってみないか?」


「……じっけん?」


 みんな不思議そうな顔をする。


 俺は予め計画していたあることを実行に移すのだった。


***


「すっごーい!」


「でっかいお風呂みたい……」


 みんな驚いている。


 目の前には、大量の水がある。


 石で作られた巨大な水槽の中にたっぷりと水が張ってある。


「プールだ」


「プール?」


 俺は学園の敷地内の一角をプールを設置した。


 魔法の練習に使うためだ。


 魔法を使用する際、力の入れ具合によって、威力や精度が変わる。


 体から必要以上の力を抜く、その練習にぴったりなのが、泳ぐ練習だと俺は睨んでいた。


 ちなみに、この水槽を設計したのは俺であり、プールという名前を付けたのも俺だった。


 普段、泳ぐ場所といえば川、湖、海が一般的だが、場所が遠い上、安全性も高いとは言い難い。


 しかし、このプールがあれば、日常的に泳ぐ練習ができる。


 その上、安全対策も考えられる限りのことをした。


「溺れかけたら自動的にゴーレムが救助する仕組みもある上、水も常に浄化する仕組みもある」


「すごいじゃないですか!」


「早く泳いでみたい!」


 みんな驚き、そして、泳ぐことができるという期待に満ち溢れていた。


「さあ、君たちはこれに着替えてくれ」


 俺は紺色の生地で出来た服を手渡す。


「これはもしや、水着ではありませんか!?」


「シィは知ってたか」


 水着は高級品である。


 ただし、破れやすく脱げやすいと、実用品というよりは装飾品に近かった。


「破れにくいように耐久性を上げ、泳ぎやすいように素材を見直した。伸縮自在で常に体にフィットする着心地のいい水着――スクール水着と俺は名付けた」


「なるほどスクール水着、ですか」


 俺の渾身の自信作だ。


 これが商品として世に出回れば、きっと将来長きにわたって愛されるに違いない。


「さあ更衣室で着替えてくれ」


「はーい」


 そして、更衣室の前で俺は彼女たちが出てくるのを待った。


 ……けっこう時間が経ったな。


「せんせー! 助けてください!」


「どうした!」


 アドリーの声だ。


 なにかトラブルが起きたのだろうか?


 俺はすぐさま更衣室に入る。


「どうやって着ればいいのかが分かりません……」


 みんな水着の穴の変な場所から手足や頭が出ている。


 秘部はタオルで隠して、涙目になっていた。


 ……スクール水着をレオタードの形にしたのは間違いだったかもしれない。


 なんとか彼女たちの恥ずかしがるところを見ないようにして、どうやって着るのかを教えた。


***


「きゃー!」


「きっもちぃー!」


「わーい」


 彼女たちはそれぞれ水の中に入り、遊んでいた。


 力のコントロールは、水の中で遊んでこそ身につく。


 俺は自由に遊ぶように指示した。


 アドリー、ビアンカ、ディアはすぐにプールに慣れて、スイスイと泳いで遊んでいた。


 俺は今、シィを気にしていた。


「……ゴクリ」


 体こそ、水の中に入ってるが、泳いだりするのは無理そうな様子だ。


「まだ怖いか」


「そそそ、そんなことはありませんわよ……」


 顔は動揺し、声は震えていた。


 怖がっているのは誰が見ても明らかだ。


「怖いことは誰にだってある」


 俺はそう言って、シィの手を持つ。


「顔を水につけるところから始めよう」


「ええ、よろしくおねがいしますわ」


 マンツーマンで、俺はシィに泳ぎを教えるのだった。


***


 指導の甲斐あって徐々にだが、シィは水に慣れ始める。


「わっぷ、わっぷ」


 しかし、まだ自分の力で浮くことはままならない。


「ぶくぶくぶく……」


「おっと、大丈夫か」


 俺はシィのお腹に手を回し、支える。


「ありがと……」


 俺はシィとの距離感に気づく。


 すぐにでもキスできそうな位置。


 水に濡れたシィの顔を、俺は見つめていた。


「はっ……!」


 シィは、バッと顔を横に向けた。


「――さあ、つ、続きをお願いしますわ!」


「あ、ああ」


 気のせいかもしれないが、彼女の横顔は赤くなっていた。


 こんなにもシィと密着するのは最初の授業以来だ。


 体こそ、子供のように小さい。


 しかし、それでも美しくきれいな金髪に、綺麗で整った顔。


 俺はやましい気持ちを抑えつつ、指導に戻るのであった。


***


「真っ暗になってしまった」


 1、2時間程度泳ぐはずが、いつの間に日が沈むまで練習していた。


 シィにずっと泳げるまで引き止められたからだ。


 一緒に残るといってくれたアドリー、ビアンカ、ディアの3人は俺が帰らせた。


「先生、すみません」


 シィは俺に頭を下げる。


「わたくし、結局ほとんど泳げるようになりませんでしたわ」


 悔しそうな顔だ。


「最初よりかはかなり上達してたぞ」


「でも、まだまだですわ」


 シィはプライドが高い。


 いい意味でも悪い意味でも。


 他人に対して、自分を大きく見せたがるような強がりをする。


 全然悪いことではない。


 本来なら誰だって自分に自信なんて持てない。


 みんな、自分に自信があるように振る舞うだけだ。


「シィは人からの重圧に弱いタイプか?」


 俺はそう聞くと、ピクリ、とシィの体が跳ねた。


「はあ! 突然何ですの! わたくしはそんなにやわじゃありませんわ! 人前で緊張したり、怖くなったりなんて、全然――」


 俺に対して、強がってみせた。


「ああ。それでいい」


「え……?」


「その強がりこそ、君がこれから進むであろう最強への道の一歩ということだ」


「?? そ、それはどういう意味ですの?!」


「言葉の通りだ」


「むぅ。意味が分かりませんわ」


「ふっ。早く帰らないと、アドリーのご飯が冷めてしまうぞ」


 適当にあしらうのだった。


***


 一方その頃、俺たちの国――ユーフォリア王国に危機が迫っていた。


「ファーナス王妃!」


「なんだ」


 ユーフォリア王国の王妃、ファーナス・ライトニングの元に、重大な報告が送られた。


「魔族率いるモンスターの大群が、突然西方の街に出現! 甚大な被害がでているとのこと!」


「なんですって!?」


 魔国との国境には、大きな砦があり、王国を魔族から守っているはずだった。


 しかし、その砦には何も攻撃がなかった。


 つまり、突然軍団クラスの規模のモンスターが誰にも気づかれず、王国に侵入した、という信じられない事態を意味していた。


 

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