第17話 ビアンカの特別補講

 ラクロア魔法学園は、一学期の終わりに差し掛かっていた。


 そして、俺は職員室で、Gクラスの彼女たちの成績表を記入していた。


 そんな中、いまや6年1組の担任をしている、ユウ先生から話しかけられた。


「お疲れさまです。ツクモ先生」


「ん。お疲れさまです、ユウ先生」


 今は夕暮れ時。


 ユウ先生はもう帰る身支度を終えているようだ。


「Gクラスの――あの子達の成績はどんな感じですか?」


 ユウ先生はそう言って、すでに書き終わっているアドリー、シィ、ディアの成績表を見た。


「え……! もう彼女たち、上級魔法を覚えてるんですか……!」


 ユウ先生はとても驚いていた。


 驚くのも無理はない。


 上級魔法をこの歳で覚えるのは、ごく少数で、10年に一度出るかどうか、と言われているからだ。


「彼女たちの成長には俺も驚かされていますよ。本当にみんな物覚えが早い。それに、アドリーに至っては超級魔法の練習だって始めているほどだ」


「え……! ちょ、超級魔法ですか!?」


 ユウ先生は更に驚いた。


「わたしだって上級魔法までしか使えないのに……」


「はは……気を落とさないでください……」


 今、Gクラスのことはゴミクラスと呼ぶものはおらず、今ではG(グレート)クラスと呼ばれていた。


 中でもアドリーは、ぐんぐん実力を伸ばし、皆から大いに期待されていた。


「それじゃあ、あと一人――ビアンカさんの成績はどうなってるんですか?」


 ユウ先生は、俺が今書いてる途中の成績表を見て、言った。


「彼女の成績は、特に悪いところはない」


「……悪いところは、無い……ですか……?」


 俺の率直な感想ではあるが、濁した言い方でもある。


「成績だけで見れば、6年生の中でも上の方ではあるけど、Gクラスの中で見れば最下位……という位置づけになるかな」


「でも、それだけなら何も問題ないような気がしますけど……」


 ユウ先生の意見ももっともだ。


 同世代という視点で見れば、ビアンカはかなり出来た子だ。


 けど、Gクラスの彼女たちを見てきた俺にとっては、少し懸念があった。


「ビアンカ本人がどう思うか、だな。問題の一つは」


 自分が周囲に比べて劣っていると思った時、劣等感を感じるかもしれない。


 前向きに捉えるか、後ろ向きに捉えるか、本人次第、といったところが大きい。


 とはいえ、だ。


 ビアンカには、ビアンカだけの素晴らしい才能もっており、その才能を俺は見出していた。


 だからこそ、もう一つの問題が浮き彫りになっていた。


「それとは別に、この成績表に問題がある。ビアンカの本当の実力を表すにはあまりにも評価項目が少ない」


「え、それはどういう……」


 不思議そうにするユウ先生。


 俺は、あることを思いついていた。


「特別補講をビアンカにやらせようかと思います。その時の結果に応じて、成績表をまた作り直そうかなと……」


「ええっ! それは大変ですね……」


 俺の考えに、ユウ先生はまたも驚いていたが、最終的には、俺の考えに賛同してくれた。


「頑張ってください……! 私は応援してます……!」


「ありがとう。ユウ先生」


 そうして、俺は特別補講のプランを練るのであった。


***


「これより、成績表を返す」


 この日は終業式、明日より夏休みが始まる。


 俺は、一人づつ、生徒の名前を呼んだ。


 アドリー、シィ、ディアに成績表を返した。


 そして、最後にビアンカに渡した。


「さてさて、何が書かれてるかな〜。……あっちゃーこんな感じかぁ」


 ビアンカはそんな感じで笑っていた。


***


〜ビアンカ視点〜


「あっちゃー」


 わたしは、そう口に出した。


 でも内心は動揺していた。


 その動揺を隠そうと、とっさにおちゃらけていたのだ。


 ツクモ先生の魔法の授業を、みんなと受けてから3ヶ月ほど経っていた。


 けど途中から、皆の魔法の実力がどんどん伸びていき、私だけ置いてかれるような状況になっていた。


 けど、ツクモ先生の授業が悪かったわけじゃない。


 ツクモ先生の授業はとても楽しかった。


 こんなにも学ぶことが面白いことなんだって教えてくれた先生には感謝でいっぱいだ。


 ただ、私には才能が無かっただけだ。


 このまま落ちこぼれの私がGクラスに残ったら、先生にとって迷惑だよね……。


 先生に恥をかかせたくない。


 ……だったら、魔法の道を諦めたほうがいいのかな?


 そう、私は迷っていたのだ。


***


〜ツクモ視点〜


 俺はとっさに、ビアンカから成績表を取り上げていた。


「え?! 先生……?」


 驚くビアンカ。


 周りのアドリー達も俺たちのやり取りに、注視していた。


「なあビアンカ」


 俺は、今現在の成績表をビアンカに見せた時、顔に現れた一瞬の動揺を見逃さなかった。


 やはり今の成績を気にしてるのは間違いなさそうだった。


「特別補講を受ける気があるか?」


「え……?」


「期間は一週間。結果に応じて、成績を再度見直す。……どうだ?」


 ビアンカは悩んでいた。


「質問なんですけど、先生がそこまでする理由はなんですか?」


「理由か……」


 俺は正直な考えを、ビアンカに伝えた。


「ビアンカには、もっとたくさんのことが教えられそうなことがある」


「教えられそうなことって、どんなことですか?」


「魔法の応用、といえばいいかな。君の実力は、学校の授業では測れないと思っている」


 今の学校のカリキュラムでは、4属性による攻撃魔法を重点的に教わる。


 そして、4属性を使用しない補助魔法は学びこそするが、学習の優先度は低く、軽視されている。


「ビアンカの今の成績だと、攻撃魔法こそ平凡に見える。だが、それ以外の補助魔法と筆記試験を抜き出して見ると、かなりいい方だ」


「え……?」


「つまり、今回の特別補講で結果を残せば、3人にも負けない実力の持ち主だと証明することが出来る」


「……」


 数秒の沈黙があり、ビアンカは答えた。


「やります! やらせてください先生!」


***


 ビアンカは俺の特別補講を受けると言ってくれた。


 誤算ではないが、シィが、『自分たちには何か無いのですか? ビアンカさんだけでは不平等ではありません?』と言った。


 俺も一瞬考えたが、これはビアンカが自分の力でこそやる意味があると考えてる、と正直に伝えた。


 俺がここで驚いたのが、アドリーが、シィとディアを説得したことだった。


「シィちゃん、ディアちゃん。ビアンカのことは先生にまかせて、わたし達は言う通り待ってようよ」


 ディアは普通に頷き、シィは渋々説得した。


 そして、ホームルームが終わり、二人きりの時、アドリーは俺にこう伝えた。


「ビアンカのことお願いね……なんだか悩んでたみたいだし」


 アドリーはビアンカの様子に気づいてたようだ。


「あと、ふ、二人っきりでその……」


「?」


「変なことはしないでね……」


「あ……ああ。もちろんだ」


 この言葉を聞かれたら、変な誤解を招かれない、と思った。


 特にシィにバレた日には、「このロリコン教師!」と呼ばれるに違いないな。


「帰ってきたら私とチューしてね」


 顔を赤らめて、アドリーはそういった。


***


 ユーフォリア王国のカシの街――。


 ユーフォリア王国は、俺達が住んでいる国だ。


 そして、ラクロア魔法学園の近くにあるこの街の名前は、カシの街と呼ばれている。


 俺とビアンカの二人でそのカシの街へと足を運んでいた。


「ここに冒険者ギルドがある」


「おお!」


 ビアンカは冒険者ギルドの建物をみて、歓声を上げる


「べつに珍しいものでもないだろ」


「いいや、これは気持ちとロマンの問題ですよ!」


 ビアンカは嬉しそうに言った。


「わたし、冒険者になって依頼を受けてみたかったんですよ!」


「なるほどな」


 どうも大人になると、何かに憧れる子供の気持ちに疎くなりがちになってしまうようだ。


「ツクモ先生は冒険者だったんだね!」


「まあな」


 師匠と別れた後、俺はソロで依頼をこなし、経験を積んだ。


 青年になる頃に、あの勇者パーティーに誘われて入ったが……


 正直、黒歴史である。


「まずはビアンカの冒険者登録をしよう」


「うん!」


 俺は扉を開けて、中に入る。


 がらん


 ドアの開く音に、ギルド内にいた荒くれ者達がこちらを振り向く。


「おいおい、あの勇者パーティーですら追放された役立たずじゃねえか」


 酒を飲んでいる中年の冒険者の一人がそういった。


 きひひひひひ、と笑い声が周囲からあがる。


 その様子を気にせずに、俺は中に入る。


「感じの悪い奴らだね」


 ビアンカはそう小さな声で言った。


「実力差がわからないだけさ。それに追放されたことだけは事実だからな」


 実はもう一つ、俺がバカにされる理由があった。


 勇者ジャジャのパーティーがクエストに失敗し、ラズビィ、ガートルを含む3人は未帰還者になったからだ。


 あれだけ期待されていた勇者パーティーであったものの、今はその栄光を語るものは誰一人いない。


 ジャジャ達の悪評が王国中に拡散し、今では最低最悪のパーティーの言われるほどだ。


 なぜなら、ジャジャが失敗したクエストの唯一の生き残りがありのままを証言し、記録されて、王国、全ギルド――そして全冒険者に広まったからだ。


 その結果、元勇者パーティーであった俺にまで噂が飛び火し、評価を下げられた。


 全くいい迷惑だ。


「でも先生は神級――」


「それは秘密だ」


 俺はグレゴーラとの戦いで、神級魔法ハイパーエレメンタルを使用し、大多数の人々に見られたが、幻覚を見せる魔法だったと後で説明してごまかしていた。


「お久しぶりです。ツクモさん。御用は何でしょうか?」


 受付嬢から話しかけられた。


「まずはこの子の冒険者登録をお願いしたい」


 俺がそう言うと、ビアンカは自己紹介した。


「ビアンカ・ノノです!」


「はい、承りました」


 そうして、受付嬢はビアンカに、いくつか質問したあと、冒険者カードを渡した。


 これでビアンカは立派なEランク冒険者として扱われるようになる。


「他には御用はございますか?」


 受付嬢は尋ねた。


「後は、このクエストを受けたい」


 俺はすでにめぼしのクエストを見つけていた。


 その依頼書を受付嬢にわたす。


「?! こ、このクエストは……Aランクの――」


 受付嬢は驚愕する。


 そして、Aランク、という言葉を聞いた冒険者達は爆笑する。


「ぎゃははははは!!! あの追放された役立たずがAランク??? バカの極みだな!!!」


 受付嬢はツクモに続けて言った。


「危険すぎます! それに、よりによってあの勇者ジャジャのパーティーが失敗したクエストですよ!」


 その言葉を聞いた冒険者達は更に爆笑した。


「あのバカ勇者の後を追いたいってか?? 馬鹿らしくてマジ笑えるな!!!」


 そんな空気の中、俺は取り乱すこと無く、受付嬢に返事した。


「ちがう。俺が受けるわけじゃない」


「え……?」


「受けるのは、ここにいるビアンカだ」


「…………え???」


 ビアンカ含めて、そう口にだした。


 これがビアンカの――


 小学生(エレメンタリー)でありながらAランククエストを攻略する、という伝説の始まりだった。


――――――――――――――――――


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