第3話 初級魔法の練習
俺はアドリー、ビアンカ、シィ、ディアの4人を連れて、魔法を撃つための演習場に来た。
「あの……先生……」
「ん?」
アドリーは申し訳無さそうに口を開く。
「私達全員、中級魔法は使えません……出来損ないですから……」
魔法には階級が存在する。
初級、中級、上級、超級、覇王級、神級。
この階級が大きいほど、強力な魔法となる。
そして、小学生(エレメンタリー)では、中級魔法の習得は必須である。
「大丈夫、中級魔法は使わないよ」
俺はみんなを安心させるように言った。
「ここで、君たちそれぞれが得意な属性、火・水・土・風のどれでもいいから、初級魔法を使ってほしい」
「ツクモ先生! なんで初級魔法なんですか?」
質問したのはビアンカだった。
「魔法使いにとって、初級魔法は誰でも出来るけどすごく弱いから、普通は中級魔法の練習から始めるって教科書に書いてありました!」
確かに、俺が在学していたときも、そう習った。
しかし、師匠との修行で、それが間違いだったことに気づいた。
「ああ、それが今の魔法教育の常識だな。……理由は後で説明するからやってみてくれ」
「はーい」
最初はビアンカ、彼女は演習場の的に向けて、手を前に出し、叫んだ。
「初級魔法ファイア!」
彼女の手から、30センチほどの火が吹き上がり、2秒後には消えた。
「ようし、こんな感じじゃない?」
魔法の成功に、ビアンカは手をグーにして俺を見た。
「いや、不合格だな」
「え?!」
ビアンカはもちろん、横で見ていたアドリー、シィ、ディアも驚いていた。
「ちゃんと魔法は出てましたよ! あ、もしかしてファイアを的に当てろって意味ですか! そんなんできるわけ無いじゃん!」
ビアンカの位置と演習場の的の間は7〜8メートルほど離れている。
的の位置は中級魔法の射程に合わせあり、明らかにファイアの射程外だった。
「大丈夫、そういう意味じゃない。……君のファイアには無駄に魔力が籠もってるんだ」
今度は俺がファイアを放つ。
「あ……ビアンカのファイアより小さい」
アドリーはそう口に出す。
「本来のファイアの射程は10センチほどだ。これぐらいの小ささでコントロールしなくてはならない」
4人全員が、俺の話に耳を傾けていた。
「魔法を使うには魔力コントロールのコツを掴むのが一番の近道だ。その練習に一番向いているのが初級魔法なんだ」
そして、ビアンカは俺のいつまでも消えない、俺の手に出ているファイアを見ていった。
「すごい、ファイアをこんなにも長い間、出し続けるなんて……」
「これも魔力コントロールを身に着けたらできるようになる。さあみんなもやってみてほしい」
「「「「はい」」」」
そしてそれぞれが初級魔法を放った。
俺は彼女たちの初球魔法を見て、それぞれにアドバイスすることにした。
シィは風の初級魔法ウインドを放つ。
小さなそよ風が走る。
「ビアンカと同じで力の入れすぎだな。リラックスして撃ってみろ」
「っはい! わかりましたわ!」
ディアは土の初級魔法ロックを放つ。
小さな石ころがディアの手から出てくる。
「今度は力の入れなさすぎだな。もっと呼吸を吸って、お腹に力を入れてみろ」
「……わかった」
そして、最後にアドリーの番なのだが……
「初級魔法ウォーター! ウォーター! ……ウォーター!」
アドリーだけは初級魔法が使えなかった。
必死に魔法を詠唱するも、彼女の手からは何もでない。
「なるほど……」
俺はすでにその原因は理解していた。
「どうして?! どうして初級魔法も使えないの?!」
アドリーは泣きそうな表情だ。
「少しそのままの態勢でいてくれるかい」
アドリーはうなずいた。
俺はアドリーを後ろから抱きしめた。
「あ……」
吐息を漏らすアドリー。
俺は左手を彼女のお腹に回し、右手を彼女の前に突き出した右手に絡めた。
周囲は驚いたようすだが、意識から遠ざける。
ただ、彼女の心臓の鼓動と血液のように流れる魔力を感じ取ることに集中する。
「凄まじい魔力量だ。これでは魔力を扱いきれず、魔法が出ないのも無理はない」
アドリーの中にある膨大な魔力を、俺がコントロールさせる。
「俺が魔力を扱う感覚を覚えるんだ」
「っっ! はい! せんせぇ! っぁああああああああああ」
外から、自分の中をいじられる感覚に、彼女は頑張って耐える。
暴れだす魔力を徐々に抑える。
そしてついに魔力が魔法へと変わった。
「はあ、はあ、はあ、……これが、初級魔法……ウォーター」
小さな水の球が、彼女の手から現れる。
「成功だ。よく頑張った」
俺は、今にも倒れそうな彼女を抱き支えてながら言った。
「はい……少し恥ずかしかったですけど、やってとても良かったです……」
俺には彼女の気持ちがよく分かる。
なぜなら、俺が彼女と同様に、膨大な魔力を扱いきれず、魔法を使うことが出来なかったのだ。
10年前、それを見抜いた師匠は、今の俺と同じように、その時の俺の魔力をコントロールした。
あのときの師匠の息遣い、抱きしめ合う肌の感触、そして、師匠と心を合わせる一体感。
少し……というより、かなり恥ずかしかったが、とても良かった、と思ってる。
「ねえ、それさ。アドリーだけじゃなくて、私達にもやってよ」
「ビアンカ!? 何をおっしゃいますの!」
ビアンカの提案に、シィが驚く。
「先生の魔法のやり方を感覚的に教えてくれるんだよ。そっちのほうが効率上がるんじゃない?」
「それはそうかもですけど、……ととと、殿方とあんなにくっつくなんて……!」
シィは顔を赤くする。
「私はいいよ。先生になら抱きしめられても」
「ディア?! あなたまで?!」
ディアは穏やかな笑顔だった。
「先生なら信頼できると思うよ。どうかな、シィ?」
シィは、若干渋々だったけど、その提案に乗ることにした。
正直なところ、アドリー以外のみんなにもするつもりだったので、皆に受け入れられて助かったというところだ。
「それじゃあ、一人ずつ始めよう」
「変なことをしましたら、許しませんからね!」
変態教師とは思われないように行動には気をつけよう、そう内心思った。
***
「ツクモ先生……すごかったよ」
ビアンカはそう言った。
「先生……。先生なら、授業のとき以外でもこうしてもらいたいな……」
ディアはそう言った。
「…………ちょっとよかったかも」
シィは小さな声で誰にも聞こえないように言った。
俺には聞こえてたのだが、俺は聞こえない振りをした。
決してやましいことは何も無かった。
俺は自分にそう言い聞かせた。
***
アドリー、ビアンカ、シィ、ディアの4人は、休憩が終わったあと、初級魔法の練習を再開した。
「みんな上々だな」
全員コツを掴んだのか、理想に近い魔力コントロールができるようになっていた。
「ねえツクモ先生! 中級魔法も試してみていいですか! 今なら出来そうな気がします!」
ビアンカはそう俺に訪ねた。
ビアンカの言う通り、今の彼女たちなら問題なく中級魔法を使えるだろう。
しかし、俺には別の思惑があった。
「君たちには初級魔法の練習だけで十分だ」
その指示に困惑してる彼女たち。
そして、俺は全員に近づくように、手招きして、小声で話した。
「中級魔法の練習は誰かの目が無い場所でやろう」
俺はすでに、この練習を見てるであろう視線に気づいていた。
魔法で作り出された使い魔だ。
グレゴーラのものに違いない。
「月末の魔法対抗戦、絶対に君たちを勝たせたい」
ラクロア魔法学園では、定期的に生徒間での魔法戦を行うことになっている。
無論、そのときの試合内容と結果は、大いに成績に影響する。
Gクラス、この4人の結果は全戦全敗、評価は最悪だった。
「相手は6年1組、グレゴーラのクラスだ。……徹底的に思い知らせてやろう」
全員がコクリ、と力強くうなずいた。
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