第50話『変態が、大変』【二人の娘編】

*今回のお話は『とある』変態の1人称視点で描かれます。ポルカ貞操の危機等一切ありません。あくまでギャグパートとしてご安心してお読み頂けますと幸いです。



 満月を背にして、白いタキシードを身にまとう絶世の美男子が、――俺だ。名乗るまでもない、俺は俺にして俺以外の何物でもない。最強の剣聖にして、稀代の天才……の、俺だ。


 ここは小娘の泊まる宿の屋根の上。日は沈み寒空の下、じっと絶好のタイミングを待っていた。


「いやまて……。今日、思ったより寒いな……。ちょっとおなか痛くなってきたのだが」


 俺は天才だ。だが、天才にも過ちはある。天才の俺でもこのような凡ミスをするのだ。ましてや、あのポルカとかいうアホ女なら間違えることはムリのないこ


「アホと言えば、あの小娘。ポルカだ。……舞い降りた幸運を棒に振るとは……」


 先日、ポルカというガキにプロポーズをした。俺の前に跪いて泣いて喜ぶに違いない。……そう思っていたのだが、キョトンとした反応をされてしまった。


「やれやれ……。事実は小説より奇なりというが」


 正直、何千回繰り返した『脳内プロポーズシャドー』のイメージとは異なる結果だったので、俺はまるでエサを求めるあわれな金魚のように口をパクパクさせ、驚きあきれるほかなかった。


「……。だが、まだ間に合う」


 チャンスの神には前髪しかないと聞く。


「フンッ。神のくせに髪が無いとはな。せめてズラでも被れ」


 俺の髪はフサフサだ。神よりも優れた髪を持つ寛容な俺は、チャンスを2度与える。なんなら3度でも。


「フフッ、ちょっと人格者過ぎるかもしれないな」


 あのプロポーズは、今でも何の落ち度はなかったと思っている。だが、俺に足りなかったのはデリカシーだ。


「みんなの前でプロポーズされて、きっと嬉しくてパニックになってしまったんだろう……」


 所詮はガキ。……教養のない田舎のメスガキだ。きっとドギマギして、アベコベな対応をしてしまった。そうに違いない。


「……やれやれ。情けない妻(仮)だ」


 まあ、いきなり宝くじの1等が当たったらショックで言葉も出なくなるだろう。要するに、覚悟をするための時間が必要だったのだ。


「だが、さすがにもう覚悟はできているだろう」


 俺のすべきことは一つ。白馬に乗った王子様として、あのガキに再度プロポーズをする。……ただそれだけのことだ。


「ここは宿の屋根の上だ。物理的に馬は連れてこれない。そこは俺の白タキシードで我慢してもらおう」


 恥ずかしがりなあの田舎娘の妻(予定)も、二人っきりのときにプロポーズをすれば本音で応えてくれるはず。


「しかも、ドラマチックな演出も加えてのポロポーズだ」


 『プロポーズシャドー』だけではなく、実際に小娘の連泊している宿屋の図面を取り寄せ、完全な侵入計画を立てている。俺は、あとはそれを実行すればよいだけだ。


 きっと小娘は「なぜあの時断ったのか」と、枕を涙で濡らす日々を送っているはずだ。今もショックで夜も眠れぬ日々を過ごしているはずだ。


「今更遅い、などという事などないのだ。――俺なら、ムリにでも間にあわせる!」


 計画を話そう。まず、小娘の部屋の窓を靴底でバリィンッと勢いよく蹴破り、颯爽と登場。くるりと前転して、サッとバラの花束を。「ポルカ。貴様を貰いに来た」。


「……完璧だ。あまりにも完璧過ぎて、少し恥ずかしい気持ちにすらなってしまうな」


 ふぅ……。とはいえ、この高さ。さすがに……いや、別に怖いわけではない……ではないのだが、武者震いで膝小僧も笑っている。


「すぅー……はぁ……深呼吸。……落ち着け……俺は、俺様だ」


 避雷針にくくったロープをつたいながら、小娘の部屋に向かう。白バラの花弁が風のように飛んでいった。……さすがにこれは想定外のハプニングだが、だが、問題ない。大切なのは気持ち。まだ……間に合う、はず。


「……うっ、筋肉痛が酷い……。はぁ……ここが小娘の部屋か……」


 妥協して窓を普通に開けて入る事もできる。だが、それじゃロマンティックじゃない。やはり勢いよくガラス窓を蹴破って勢いよく入らなければいけない。


「イメトレ通りにやれば、いけるはずだ。ふぅ……。1,2,……」


 一瞬「ロープ切れないよね?」という考えが頭をよぎったが、恐れを知らぬ俺は振り子のように勢いをつけて、窓ガラスを蹴破り部屋の中に入ることに成功。あとは、前転だ。


「……ぐぎゃああああああ!! ガラスが!!」


 無数の割れたガラス片が全身に突き刺さる。俺が蹴破った時に割った窓ガラスの欠片だ。……これも想定外の自体だった。痛い、痛すぎる! 白いタキシードが真っ赤に染まる。……サッ、バラの花束。ほぼ、茎だけどね。


「おいおーい。すやぁ……って。……すやぁって」


 ……驚くべきことに小娘はすでにぐっすり寝ていた。まだ、夜の9時だぞ? 子供かな?


 仕方ない、寝ているなら起こすかない。


「起きろ、小娘。俺だ。俺様がやって来たぞ」


 反応がない。ベッドの中からゆらりと起き上がり、ゆらりゆらりと揺れながら俺に近づいて来た。どうやら寝起きが悪いようだ。


「……なっ!?」


 とっさに両腕でガード。小娘の渾身の一撃を防いだ。正直骨にヒビが入った。……痛い。というか、寝ながら攻撃するとか、このガキ……そんな芸当出来たの!?


 いやいや、小娘が強いはずがない。勘違いだ。……余裕を持って優雅たれ。よくしらない偉い人がそんなことを言っていた。所詮はメスガキパンチ。骨が折れたのも、気のせいに違いない。


「……ぎゃふんっ!」


 ミゾオチに蜂のように鋭いひと刺し。小娘の足刀がクリーンヒット……さらに、凄いラッシュ。本当に死んでしまうかもしれない。……ていうか、ガラス片刺さった時点で実は相当痛かったし……。


 嵐のような攻撃がおさまった。


「……待て待て待て! 話せばわかる!」


 「問答無用」とばかりに強烈な回し蹴り。蹴破った窓から外に吹き飛ばされた。地面に落下するまでの一瞬、まるで走馬灯のように時の流れがゆっくりと進んだ。


 そして、その時の流れのなかでいちばん重要な物を俺は見逃さなかった。


「……フッ……見切った……パ…ツの柄は……くまさん……」


 俺はそこで意識を失った。

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