第40話『6人の冒険者と6人の外道』

 巨漢の骸を乗り越えた先で、鋭い観察眼を持つステラが何かを発見したようだ。


 彼女の視線は、数ある井戸の一つに注がれていた。


「ねぇ、アッシュ。この井戸、ちょっとだけ怪しいかも」


 彼女に促されて注意深く観察すると、確かにその井戸の周囲だけ、他と比べて土が不自然に踏み固められている。


 それも、まるで重い荷物を引きずったかのような跡や、複数の異なる足跡が残っていた。


 とはいえ、それは事前に指摘されたからこそ認識できる程度の、ごく僅かな違和感に過ぎない。


 もし彼女がいなければ、俺は間違いなく気づかずに通り過ぎていただろう。


 ヒイキめなしに、彼女の盗賊としての能力は純粋に一級品だ。


 俺は光源魔法ライトを詠唱し、掌から放たれた光球で仄暗い井戸の内部を照らしながら、石造りの縁から身を乗り出して中を覗き込む。ひやりとした空気が頬を撫でる。


 かなり深い構造のようで、光が届ききらず、底の様子は判然としない。


 しかし、たった一つだけ、確信できることがあった。井戸の底に水がない、ということだ。


 本来、水面があれば、揺らめく光が少なからず反射してくるはずだが、その気配がまるでない。


「どうやら井戸の底に水はないな。完全に枯れているようだが……」


「うーん。だとしても、井戸の周りの足跡が妙に新しいのが気になるかなっ」


 ステラはそう言うと、とてとてと俺の隣にやってきて、慣れた手つきで足元の小石を拾い、井戸の中へと落とした。


 石が闇に吸い込まれてから、硬い音が返ってくるまでの時間で深さを測り、その反響音で内部空間のおおよその広さを確認しているようだ。


 その一連の動作には、熟練の技が感じられる。


「思ってたより広い空間になってるみたい。けっこー響いたよ」


「ふむ。やはり隠し部屋か。降りて確かめてみる価値はありそうだな」


 俺たちは携帯していた縄梯子を井戸の縁に固定し、一人ずつ慎重に底へと降りていった。


「ここが井戸の底か……」


 降り立った場所は、およそ10メートル四方の石畳で舗装された、開けた空間になっていた。湿った土と黴の匂いが鼻をつく。


「ふむ。造りが迷宮の昇降機と酷似しているな」


「だね。ってことは、どこかにこれを起動させるための鍵穴があるはずだよ」


 言葉を交わすまでもなく、パーティーメンバーは手分けをして部屋の壁面をくまなく調査し始める。


 ほどなくして、ヴァンパイアロードが壁の一角に掘られた円形のくぼみを見つけ出した。


「アッシュ殿、ここに奇妙なくぼみがありますぞ」


 以前、迷宮の入り口で見たものと同じ、メダルをはめ込むことで起動する仕組みのようだ。


 俺は懐からメダルを取り出し、壁のくぼみにぴたりとはめ込んだ。


「あ、動き出したねっ」

「うむ」


 ゴゴゴ、と重低音を響かせ、床がゆっくりと下降を始める。


 迷宮で体験したものと同じ、磁力の反発を利用して昇降速度を制御する魔導昇降機のようだ。


 この先にどんな強敵が待ち構えているかは分からない。


 俺は右手のメイスと左手のバックラーに、それぞれ硬化の魔法を幾重にも付与し、来るべき戦闘に備える。



  *  *  *



 昇降機が静かに下降していく間、俺たちの間に会話もおふざけもなかった。


 肌を刺すような、心地よい緊張感が空間を支配している。


 おのおのが油断なく、呼吸を整え、武器を握り直し、粛々と戦闘の準備を進めていた。


 ここに集った誰もが、それぞれの分野で一流のプロフェッショナルなのだろう。


 これほど頼もしい仲間たちはいない。

 やがて、床に微かな震動が伝わり、昇降が停止した。



(どうやら、ここが目的地のようだ)



 正面の石扉が静かに左右に開く。目の前に広がっていたのは、天井がやけに高く、巨大な柱が立ち並ぶ、だだっ広い大理石の広間であった。



 広間の最奥には豪奢な玉座が鎮座しており、そこに何者かが座っているようだが、まるで陽炎のように姿が揺らめいて見えない。



 強力な認識阻害の魔法がかけられているのだろう。



 ……やがて、玉座に座るその何者かが、直接頭に響くような声で俺たちに話しかけてきた。



「おや。君たちは、この教団に新たに加わる信徒かな?」


「残念だがハズレだ」


「はは。……だろうね。その身にまとった殺気が凄まじいもの。ならば、君たちはいったい何者だい?」


「冒険者だ。貴様を討伐しに来た」


 俺はまとっていた黄色のローブを脱ぎ去り、むき出しにしたメイスを玉座に向けて突きつけ、高らかに宣言する。



「うんうん。良いね。実に良い。やはり冒険者というのは、そうでなくちゃあ。これから始まる贄の儀式を盛り上げるための、格好の余興になりそうだ」



「ゴタクはもういい。その贄の儀式とやらを、今すぐ止めろ」


「はは。……もし、イヤだと言ったら?」


「――百叩きにしてでも止めさせる」


 その言葉を合図にしたかのように、認識阻害の魔法で隠れていた6人の護衛が、霧が晴れるように姿をあらわした。


 その中に、見知った顔が一つ。ダイアモンドナイツのリーダー、ガストンだ。



 なぜ奴がここに居るのか。そんな疑問が頭をよぎるが、今はどうでもいい。


 考えても仕方がないことだ。


 最優先事項は贄の儀式を止めること。そのために、俺たちの前に立ちふさがる者たちを、一人残らず無力化すること。



「そこをどけ、ガストン」


「イヤだと言ったらどうするッ?」


「お前を打ちのめして、先に進むだけだ」


「はっ! 鑑定しか取り柄のない元司教の分際で!……貴様はダイアモンドにはなれない、みじめな灰に過ぎんのだ。……今すぐあのエルフのガキの元へ送ってやるッ!」



 ガストンは叫ぶと同時に、口内に隠していた毒袋を奥歯で噛みちぎり、猛毒を霧状にして吹きかけてきた。……毒そのものへの耐性はあるが、視界が白濁し、しばらくは目に頼ることができない。



「きエェッ!! 灰になれッ、アッシュ!」



 視界が奪われた瞬間を狙い、ガストンのダイアモンドソードが閃光を放つ。その刃が、俺の首筋を的確に捉えにきた。



「……なにッ!?」



 キンッ、と甲高い金属音。硬化の魔法を施したメイスで、研ぎ澄まされた感覚だけを頼りにダイアモンドソードを受け止める。


 手首に激しい痺れが走り、視界も悪い。だが、さしたる問題ではない。


 俺はそのまま踏み込み、靴底でガストンの腹部を強く蹴りつけた。


 不意の一撃に、ガストンは体勢を崩してよろよろと後退する。


 だが、その背後には、まるで待ち構えていたかのように、元ダイアモンドナイツの悪ニンジャが音もなく立っていた。




「……おっ、おまッ……バギム!!!」




「ヨぅ大将。久しブりダなぁッ」


「バギム、貴様ッ! この俺を、仲間を裏切ったかぁッッ!!」


「はッ? 一度も牢に会いにこねェ薄情者は、仲間ジャねぇッ」


「……このダイアモンドナイツの面汚しがァッ! 前科モンのクズがァッ!」


 激昂したガストンが、防御を捨ててシールドバッシュを繰り出す。


 あのダイアモンドシールドで直撃されれば、骨が砕けるではすまない。


 だがニンジャは、まるで柳に風とでもいうように、最小限の動きでこれをひらりとかわす。


「ザンネンッ。キミの冒険はここでおしまいダッ!」


 がら空きになった背面に回り込んだニンジャが、ガストンの首筋に的確な手刀を叩き込む。


 ガストンは白目を剥き、受け身も取れずに大理石の床にドサリと崩れ落ちた。


 それが、この戦いの本当の開戦の合図となった。


「安心しろ、アッシュ。当て身だッ。殺してはイねェ」


「ふむ。そうか、ナイスだ」


 恨みつらみのある相手だ。少し前の彼ならば、躊躇なく首を刎ねていたかもしれない。


 当て身で済ませるとは、穏便な方法を取ったものだ。


 ニンジャも少しずつ精神的に成長しているようだ。


「まぁッ、こんなカス野郎のために刑期延長されたかネェしナッ」


「はは。そりゃまあ、道理だな」


 ニンジャがガストンを無力化している間に、俺は前衛にいた屈強な戦士2人へと突進し、メイスで的確に急所を打って、次々と昏倒させる。


 これで6人のうちの3人を撃破した。


「えぇい!! 面倒じゃ、核撃で皆殺しじゃぁ!!」


 後方にいた老齢の魔術師が、杖を天に掲げてほえる。


 周囲のマナが渦を巻いて収束していく。パーティー全体に壊滅的なダメージを与える核撃魔法の詠唱を開始したのだ。



「詠唱はさせませんよ、ニンゲン《サイレス》」



 しかし、呪文が完成するよりも早く、サキュバスの艶やかな声が響き、老魔術師の詠唱を強制的に中断させる。


 その背後に、ゆらりと黒い霧が現れた。ヴァンパイアロードだ。


 老魔術師は、目の前に現れた伝説の存在に、驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべている。


 冒険者にとって、善悪を問わず、ヴァンパイアロードと迷宮の王は最強の象徴として認識されているのだ。



「……なっ……、なぜ……ピカレスクの王……ヴァンパイアロード……様が、ここに?!」


「悪の王に憧れるような小者では、到底なににもなれますまいな。さて、オサラバ」



 ヴァンパイアロードは一切の躊躇なく、血を硬化させて作り出した鋭利な爪で、老魔術師の体を背後から静かに刺し貫いた。


 魔術師を一瞥もせず、彼は今まさに別の敵と対峙しているステラに向かって、優雅に助言の言葉を送る。


「ステラ殿、そのドワーフニンジャの放つ飛び道具にはお気をつけ下され。何やら強い毒のニオイがしますゆえ。……かすっただけでも、致命傷となりかねませぬぞ」


 図星を指されたドワーフニンジャが「チッ」と忌々しげに舌打ちをする。


 そして、異常に肥大化した両腕を恐るべき速度でふるい、10を超える数のシュリケンをステラに向かって投擲した。


 無数の毒の刃が、嵐のようにステラを襲う。



「*おおっと*……これは、あぶないあぶないっ。ヴァンパイアさん、助言ありがとですっ。たすかりましたっ」



 ステラは、ぺこりとお辞儀をする余裕を見せながら、まるで舞うように、曲芸じみた動きでニンジャのシュリケンをその悉くを完全に回避してみせた。



 ドワーフニンジャは、己の必殺の一撃がこうも容易く破られたことに、驚愕の表情を浮かべている。その意識が、完全にステラに奪われている。



「捕まえたぞ」



 その一瞬の隙を、俺は見逃さない。ドワーフニンジャの肩を万力のような力で握りしめる。もはや逃がしはしない。



「…………!?」



 抵抗する間も与えず、ドワーフニンジャの後頭部をメイスの側面で強かに打つ。一撃で確実に意識を奪う。



「スキありだ」



 思わず、憎しみを込めてメイスを振るう時に力が入りすぎてしまったようだ。



 ドワーフニンジャの頭頂部が露骨に陥没しているが……まあ、ほぼ峰打ちのようなものだ……おそらくは問題ないだろう。



(残るは一体。ねこ娘が対峙しているサムライ男か……なかなかの面構え。相当な強者と見た)



 ねこ娘は、人族のサムライ男と対峙していた。男の片目は古い刀傷で無残にふさがっているが、それがハンデになっている様子は微塵もない。



 その証拠に、サムライは腰に差した見事な片刃の湾曲刀に手をかけ、既に5人もの仲間が倒されているというのに、全く動じていなかった。


 その佇まいからだけでも、相当な手練れであることが窺える。



「いくにゃ! サジタ・ケルタ――《マジックミサイル》」



 だが、サムライはただの剣士ではない。


 魔法も使いこなせる職業であるねこ娘の動きは、彼の想定を完全に上回っていた。


 男は純粋なカタナでの斬り合いを想定していたため、一瞬、反応が遅れる。


 マジックミサイルは威力こそ低いが、必中の魔法だ。


 数条の光の矢が、的確にサムライ男の腹部を刺し貫く。致命傷には至らないが、体勢を崩し、ひるませるには十分な一撃だった。



「トドメにゃ《兜割り》」



 ねこ娘は、その隙を見逃さず、カタナを鞘から抜かずに鈍器として用い、力任せに相手の兜を強打した。


 独眼のサムライ男は、抵抗する術もなく意識を失い、ドサリと床に倒れ伏す。


 LV60のサムライが放つ、力任せの一撃が弱いはずがない。



 奇しくも6対6の戦いとなったが、結果は俺たちの圧勝だった。


 相手も一人ひとりはかなりの手練れだったようだが、仲間同士の連携が全くと言っていいほどとれていなかった。


 それが、彼らの決定的な敗因だろう。


 ここまで一方的に相手を制圧することができたのは、個々の能力以上に、パーティーとしての戦い方が、こちらの方が遥かに上だったからにほかならない。


「余興は終わりだ」


 俺は玉座に座る、いまだ姿の見えぬ何者かに向かってメイスを突きつけ、静かに、しかしはっきりと改めて宣言する。




「次は、貴様の番だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る