第37話『邪教徒のアジトに潜入せよ』

 ここは恐るべき邪教徒、黄巾教のアジト。俺たち6人は岩場に身をひそめ、アジトに出入りする邪教徒たちが通りかかるのを待ち構えていた。


 目的は、彼らの身ぐるみを剥がし、変装して内部に潜入するためだ。


「足音が聞こえる。みんな、警戒してっ」


 ステラがいち早く敵の気配を察知する。ほぼ同時に、ニンジャが影のように気配を消し、音もなく闇に溶け込んだ。


 ニンジャの手刀による、閃光のような一撃。



  *ニンジャ はくびを はねた*



 先頭を歩いていた邪教徒の首が、コロコロと乾いた音を立てて転がった。


「沼地の精霊よ、彼の者達を囚えなさい《スワム》」


 突如、仲間の首が刎ねられるという異常事態に、残りの邪教徒たちが混乱に陥る。


 その一瞬の隙を、サキュバスは見逃さない。彼女の魔法により、邪教徒たちの足元が粘つく沼地と化し、その動きを完全に封じた。


「シャッシャシャアッ!」


 ニンジャが、まるで稲を刈るかのように、残りの5人の首を手刀で次々とはねていく。


 邪教徒たちは、悲鳴を上げる間もなく屠られていった。ニンジャとサキュバスの、実に見事なコンビネーション攻撃だ。


「……ッと、一丁あがりッ」


「ニンジャよ。見事な技でしたわ」


「ソ、そうカッ? っへへッ」


「特別です。頭を撫でてあげましょう」


 ニンジャが、サキュバスにおとなしく頭を撫でられている。


 その光景を、少し離れた場所から、ヴァンパイアロードとねこ娘がじっとみつめていた。


「ニンジャとサキュバスの道ならぬ恋。いやはや……若さというのは、良いものですなぁ」


「ほんとにゃね。ところで吸血鬼さんも、恋とかするにゃ?」


「これは、ねこ殿。異なことをおっしゃる。当然、我も恋のの一つや二つ、経験はありますぞ。1000年も生きておりますゆえ」


「そうにゃの? 偏見かもしれにゃいけど、ガブッて噛んで、眷属を増やしてるイメージにゃ」


「普通に偏見で草ですな。……我もかつて、ニンゲンのおなごに恋をしたことがあったのですぞ。吸血鬼と人の許されざる恋。悲恋に終わりましたが、愛しい者との在りし日の思い出が、今も我を支えているのですなぁ」


「悲恋? やっぱり、吸血鬼だから奥さんを我慢しきれずに食べちゃった、みたいな怖い話にゃ?」


「いやいやっ……我、普通にその嫁氏と天寿を全うするまでは、添い遂げましたな。不倫も眷属化もしておりませぬ。ましてや、喰ったりなど。ねこ殿が想像するような、ホラー展開はありませんぞ。……我、一応は格が高い存在ですので、そういうグロテスクな展開は専門外ですので」


「へー。泣ける話にゃ。不死王も、大変にゃねぇ」


「ですな。不死ゆえの、苦しみですな。愛する伴侶に先立たれるというのは……いつまで経っても、慣れることのない、辛いものです」


 ヴァンパイアロードが、遠い目をして黄昏れている。おそらくは、今は亡き妻のことを思い出しているのだろう。


「このこのっ! ひゅーひゅー! のろけちゃって、妬けるにゃっ☆」


 シュッ、ズドン。


  *致命の一撃クリティカル


 ねこ娘のジャブが、ヴァンパイアロードのミゾオチに見事に決まった。


 ヴァンパイアロードは完全にノーガードだったせいか、カエルが潰れたような声を出して苦しんでいる。


「ぐはぁっ! ね、ねこ娘どの、な、……なぜ……我のミゾオチを……?」


「にゃにゃにゃ?」


「いやいや。『にゃにゃにゃ?』ではありませぬな。ま、まさか……先日のジャヴァウォックの一件、まだ根に持っておられるとかかっ?」


「ちがうにゃ。ただの、ねこぱんちにゃん☆」


 よく分からないが、壮大な痴話喧嘩を見せられているような気分だ。


「カチャカチャっと。檻、開いたよっ」


「さすがはステラだ。見事な腕前だ」



 一方、俺とステラは、仲間たちが敵を引きつけてくれている間に、邪教徒たちが運び出していた生贄たちを救助していた。ステラの開錠技術は、もはや天才と言って良いレベルに達している。


「みなさん、ご安心を。ギルドの命で、あなた方を助けに来た司教です」


 ニンジャの首はねを見て、少し怯えていたようだが、俺の『司教』という肩書を聞いて、囚われていた人々は心から安心したようだ。


 司教という職業には、そういう不思議な安心感があるらしい。なぜ、人は司教を信用するのに冷遇するのか……謎だ。


「みなさんは、この昇降機を使って、地上へ脱出してください」


 俺は囚われていた者たちに回復魔法を施し、昇降機の鍵と魔除けの札を渡し、昇降機までの安全な道順を伝える。


 魔除けの札の効果があれば、迷宮の入り口までは魔獣とエンカウントすることなく、たどり着けるはずだ。


 囚われていた者たちは、何度も頭を下げて、立ち去っていった。


「アッシュお兄さん、侵入するなら、今だねっ」


「うむ。急いだ方が良さそうだ」


「では、こやつらの身ぐるみを剥ぎましょうぞ」


「ハックアンドスラッシュですにゃっ」


 邪教徒たちの黄のローブを剥ぎ取り、俺たちはそれぞれ服の上からそれをまとう。


 全身をすっぽり覆うポンチョタイプのローブだ。遠くから見れば、園児たちが雨の日に着るレイニーコートのようにも見える。


「むぅ。……このローブは胸が締め付けられて苦しいようですわ。ニンジャ」


 ニンジャが、サキュバスの胸の谷間に、手刀をスッと差し込む。ハラリと、サキュバスの胸元が大きく開いた。 



(……無言でのノータイムセクハラ。一時釈放は、やはり時期尚早だっただろうか)



「これですこしは、ラクになったカッ?」


「ええ。呼吸が楽になりましたわ。感謝します、ニンジャよ」


 両者合意の上なので、セーフ、ということにしておこう。


「ニンジャよ。お礼に、を授けましょう」



(……チートかな?)



 ヴァンパイアロードが「経験値10倍ですかな。……いやはや私は1000年生きていますが、世界もインフレするものですなぁ」と、ボソッとつぶやいていたのが印象的だった。



「みんな、着替えは完了したよっ」



 ステラの圧倒的な安心感と、かわいさ。俺たち6人は邪教徒のローブをまとい、アジトの奥へと続く隠し扉の前に立つ。


「準備はいいか?」


 俺は仲間の方に視線を送る。みなが無言で、コクリと頭を縦に振った。いよいよ、邪教徒のアジトに潜入だ。


「ふむ。では、門を開こう」


 この門は、一度開くと30分は開閉不可能になる仕様のようだ。おそらくは、ギルドや冒険者の人海戦術を意識しての対策と思われる。


(ねぇねぇ、アッシュ。メダルは、ここに置けばいいみたいだよ) 


(ふむ)


 巧妙に隠されていたせいで、どこにメダルを置けば良いのか分からず、一瞬、気まずい空気が流れた。


 ステラのフォローに救われた。


 さすがだ。俺は、成れの果てから回収した黄石のメダルを、壁の溝にはめ込む。


 ゴゴゴゴ……と音をたてて、壁が左右に開いた。



「では、ゆくぞ」

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