第35話『冒険者の成れの果て』

 ここは迷宮2階層の一角。ギルドで受注した『冒険者の成れの果てを討伐せよ』を成し遂げるため訪れている。


 冒険者の成れの果てとは殺人、誘拐、人身売買を平気でおこなう外道どものことだ。そして、ここがそのアジトだ。魔獣よりよほど危険な存在。



「貴様らを討伐するために来た冒険者だ。抵抗は無駄だ。いますぐに武器を捨て投降しろ」


「いひぃっ……威勢がいいねぇ。で、イヤだと言ったら?」



 チンピラ男がナイフを振り回す。あまりに遅い。バックラーで雑に殴りつける。車と衝突したかのように吹っ飛んだ。



「叩き潰すだけだ」



 冒険者の成れの果てのアジトの他のチンピラが口を開く。



「ひっ……ひぃ……ありえねぇ……人間か?」


「司教だ」


「へっ……テメェら、ビビってんじゃねぇ! 相手は鑑定しか能がない司教だ!」



 大柄な男がチンピラどもに複数の強化魔法を付与している。かつては魔術師だったのだろう。



「来い。おまえたちの価値を鑑定してやる」


「ひひっ! 体が軽い! 負ける気がしねぇ!」



 強化魔法を付与されたチンピラどもが武器を手に襲いかかってくる。バックラーで殴り、ケチらす。



「貴様らの鑑定が完了した。売値ゼロのガラクタ。存在することすら許されぬ、ゴミだ」



「……若造。三下を倒しただけで勝った気か?」



 こきたないドワーフの男が巨大なハンマーを振り下ろす。手入れをしてないヒゲが汚らしい。



「な、……なんじゃと!? 司教の分際で……このワシが作った最高傑作のこの巨槌を防いだじゃと?!」


「出来の悪いハンマーだ。筋力も不十分だ」



 メイスでハンマーを真ん中からへし折り。バックラーでドワーフを殴りつけた。



「面倒だ。まとめてこい」



 酒瓶片手にヘラヘラと見物していたゴロツキが俺の前に立ちふさがる。双子の兄弟のようだ。



「円月輪の使い手か」



 双子の兄弟。円月輪をフリスビーのように交互に投げあっている。どうやら俺の首を斬り落とそうと狙っているようだ。



「円盤投げ遊びは見飽きた」



 双子の投げる円月輪を同時にキャッチ。双子はまるでこの世の終わりのような顔をしている。


 この程度の稚拙な腕前でよくもそこまで自信を持てたと逆に感心する。



「どうした。お前たちはそんなにこのオモチャが大切か? なら、返してやる。受け取れ」



 双子の悲鳴がアジトに響き渡る。どうやらフリスビーのキャッチに失敗したようだ。



「もう十分だ。貴様らは鑑定に値しない」



「司教。あんたが強いのはよーく分かった。……取引だ。金目の物も女もガキも欲しいだけくれてやる。……見逃せ。それがお互いのためだ」


「不可能だ。貴様らは叩き潰す」



 男は足元のズタ袋を蹴りつける。……子供の悲鳴だ。男はズタ袋から子供を引きずり出し、首元にナイフをつきつける。



「司教……罪のないガキを殺されたくなければ、おとなしく言うことを聞け」



 男は怯える子供の首筋にナイフを突き立てている。俺の回答次第ではためらうことなく殺すだろう。コイツはそういう目をしている。



「おっと……、そこから一歩も動くなよ。まずは、その凶悪なメイスとバックラーを床に置け」


「構わないが、その条件を飲んだらその子を解放するのだな?」


「ああ。ガキの1人や2人失っても痛かねぇからなぁ。減ったぶんは補充すれば良いだけだ」



 男は興奮しているようだ。突き立てたナイフの先端が首筋に当たり血が流れだしている。よくない兆候だ。


 これ以上この男を刺激するのは良い判断ではなさそうだ。俺はメイスとバックラーを床に放る。


 男は子供を解放。約束を守ったという訳ではない。人質が邪魔になったから手放しただけだ。



「へへっ。テメエなんざ、その強力な武器と盾さえなけりゃ怖くねぇ。死ね!」



 男はナイフを片手に突っ込んでくる。



「捕まえた」



 ナイフを持った男の手首を握る。遠心力をくわえ男を壁に叩きつける。


 いまの俺の筋力ならばこの程度の相手にメイスもバックラーも不要。


 趣味の悪い椅子に座ってた男が口を開く。この男がこの成れの果てのボスなのだろう。



「野郎ども! 女子供を殺せ! 見せしめだ!!」


「不可能だ」


「司教、ただの脅しとでも思ったか?」


「繰り返す。不可能だ」



 冒険者の成れの果てのリーダーが仲間を呼ぼうと叫ぶも、なんの反応もない。



「おい……どうした!? 野郎ども、答えろ!」


「残念だったな。助けに来る者はもういない」



 俺が正面から堂々と入ったのは敵の注意を俺に引くためだ。俺は今回はあくまで陽動。


 最優先事項の人命救助。それはすでにステラが成し遂げている。この時点で既に勝負はついている。



「クソがッ! 仕方ねぇ……切り札を使うしか……!」


「往生際の悪いヤツだ」


「アレを使ったのがバレたらただじゃすまねぇが、……なぁに……へへっ……殺せば良いだけだ……まだ、挽回は可能だ」



 男が不気味な紋様が描かれた黄色のメダルを胸元から取り出し掲げる。


 まがまがしい邪悪なオーラが男を包み込む。メダルを掲げた右腕が肥大化していく。




「ぐあぁああぁがあああああああああ!!!」



 男の右腕が魔獣の腕のような異形と化す。男は異形の右腕を振るう。



「なにッ!!!? ありえねぇ!!」



 異形の腕から繰り出されるパンチ。俺は片手で受け止める。重さはあるが、それだけだ。



「見かけ倒しだ。鍛え方がまるで足りない」



 異常に肥大化した男の手首を握りしめ、そのままハンマーのように地面に叩きつける。



「ぐがぁッ!!!……バッ、……バケモノ……ッッ!……テメエは、ニンゲンじゃねぇっ!」


「それはこちらのセリフだ。とりあえずその腕は破壊させてもらう」



 異形の右腕をへし折る。



「があああああああああ!! 腕が……俺の腕がぁああああ!! あぁ……痛い。死ぬ!!」


「片腕が折れた程度で大げさだ」



 悪ニンジャですら玉を破壊されたときにこんな無様な反応はしなかった。


 泣き叫ぶ男の顔面を鷲掴みにして石造りの床に叩きつける。やっと大人しくなった。



 どうやらステラの方も無事に作戦を終えたようだ。



「ステラ、こっちは片付いた」


「私も、囚われていた人は全員解放したよっ」



 ステラは床に倒れている男たちを縄で拘束。口から何かを抜き取っていた。



「それはなんだ?」


「これ? 尋問されたときに自害するための毒だね。奥歯に仕込んでいたみたいっ」



 ギルドの尋問官相手にはどんな者であっても嘘をつくことはできない。最重要秘密とのことでその手法を知ることができないのだが。


 尋問されたときに備えての自害用の毒。……冒険者の成れの果てごときがそこまでのことをするのは珍しい。



「ふむ。こいつら、何か訳ありということか」


「だね。……すごく怪しい。……普通はこんな手のこんだことしないから」



 多少の疑問は残ったが、クエスト達成だ。成れの果てはほぼ不殺で無力化に成功している。


 人道的観点ではなくギルドで尋問を受けさせるためだ。悪党は1匹見たら1000匹居ると思ったほうが良い。


 芋づる式に巣ごと滅ぼすには、生け捕りにして自白させるのが一番有効だ。異形化した男のことは気になるが、ギルドの尋問官がすべてを明らかにするだろう。



 だが、まずは誘拐されたものたちを全員救えたことを喜ぼう。



「ステラ。決めゼリフだ」


「成れの果てどもわぁーっ?」


「百叩きだ」

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