第34話『狂王のクエスト』
ここは迷宮都市の馬小屋だ。
「ふむ。実家のような安心感だ」
たしかにルルイエ村のロイヤルスイートも快適だった。だが、しばらくすると不思議と馬小屋が恋しくなるのだ。
「不思議とほっとするんだよな」
気のせいかも知れないが馬小屋で寝起きをしている方が老けにくい気がするのだ。
女性冒険者の中には若さをたもつためあえて好んで馬小屋で寝起きする者もいるほどだ。
「ふわぁ……。おはよ。何か考えごと?」
「ふむ。なぜ人は宿に泊まると老いるのか、そんなことを考えていた」
「あっ、それ……懐かしい話題だね」
「うむ。ステラとパーティーを組んだばかりのときにもこんな話をしていたな」
「一応ね、私の中に仮説はあるんだぁ」
「その仮説を聞かせてくれ」
「やっぱり、宿は快適すぎるよ。だって部屋から一歩も出なくてもご飯がでるんだよっ? そりゃ、モノグサになって老けて当然だよっ」
「なるほど。それは、わかりみが深いな。部屋から出ずにゴロゴロしてたら太る。冒険攻略のモチベーションも落ちて当然ではあるな」
かつて俺の勤めていた零細企業にバリバリに気合の入った新卒が入ってきた事があった。朝7時に出社、大きな声で挨拶をする男だった。
そんな彼だが有給で5月の連休に実家に帰省しゴールデンウィークがあけても会社に来なくなり、そのまま辞職した。嵐のような男であった。
辞職の真相は知らないが、なんとなく気持ちがわからないではない。連休明けの出勤ほど気が重いものはない。……まっ、俺は長期の有給とらせてもらえなかったから、関係なかったのだが。
単にその新卒は連休地にガチ賢者モードになっただけの可能性もある。事実、その後零細期は不渡りを2回だして、倒産したからな。
何の話だろうか。
馬小屋の話です。
「ふにゃーっ。すんすん。アッシュの買ったこの香油なんかほっとする匂いだねっ」
ステラが香油のにおいをかいでリラックスしているようだ。
「うむ。リラクゼーション効果のあるアロマオイルだ。虫よけにもなる」
馬小屋生活を快適なものとするため香油を買った。うっすらレモン風の爽やかな香りがする香油だ。数滴たらせばそこは癒やし空間になる。
雑貨屋のおっさんいわく、この香油には馬にストレスを与える、蚊とかをさける効果もあるらしい。一応馬小屋管理者の許可も取っている。
「ふわぁ……。私、まだちょっと眠いかも……」
「かまわない。寝ていると良い」
かつて俺もアロマオイルを愛用していた時期があった。タオルに数滴たらして枕元に置く。すると深い眠りにつくことができた。
まあ、残業につぐ残業によって疲れているからアロマなくても眠れはするのだが。……。別に俺の女子力が高いわけではない。たまたま近所の100均タイゾーで売っていたのだ。
ちなみに俺のおすすめのアロマオイルは、レモングラスと、シトロネラ。理由は、どちらも100円で買えるからだ。
「寝てても、いいの?」
「うむ。リラクゼーションアロマをたのしみながら、ゆっくり二度寝を満喫するといい」
「やったーっ!」
どうせギルドは混雑回避のためにパーティーリーダーの俺しか入れないからな。
ギルドの外でステラを待たせるのもかわいそうだ。二度寝をしてもらった方が良いだろう。
「ではいってくる」
「いってらっしゃいっ」
ひさしぶりのギルドだ。ステラがすやぁ……と寝息を立て、眠りについた。
「幸せそうな顔だ」
二度寝は最高だからな。
◇ ◇ ◇
ここはギルドのカウンター。いつも密な場所ではあるがら今日はいつにも増して人が多いようだ。
「何かあったのか?」
「あっ、アッシュさん。……そうなんですよ。実は……」
ギルド嬢がその理由を語る。狂王ロバートがこの迷宮都市にあらわれ、迷宮の王討伐のクエストを公示した。それがこの混雑の理由だという。
狂王ロバート。全身が隠れるほどの黄の衣をまとった不気味な男だと言う。かつては自ら兵を率いて他国を蹂躪、虐殺、領土を拡大していたそうだ。
俺はこの世界の人間の戦争の是非を問うつもりはない。戦争による領地の拡大は珍しいことではない。それに俺の生前の世界も決して戦争と無縁な世界ではなかった。
ただ、この狂王なる男が不気味なのは、目的と手段が逆転しているようにしか思えないことだ。狂王は侵略した領地に関心を持たず、蹂躪と殺戮そのものが目的のように振る舞っていたそうだ。
ただただ侵略と蹂躙を繰り返す黄衣の王、狂王ロバート。踏み入った地はイナゴに食い荒らされたように不毛の地と化す。かつてはイナゴの王、アバドンとも呼ばれ忌み嫌われていたそうだ。
「いまはそのような話はきかないが?」
「それは……狂王がある者によってその力を奪われているからです」
「ある者、……迷宮の王か?」
「そうです。迷宮の王は、なんらかの魔術を使い狂王から力の源泉となる護符を奪い、その結果として狂王はかつての力を失っているようです」
「迷宮の王が護符を奪った目的は何だ?」
「不明です。迷宮の王も何考えているのか、人智の理解が及ばない存在ですので……。いまは迷宮深層の部屋に籠城しており、狂王も容易には取り返すことができていないようですが」
「なるほど」
「狂王ロバートが遣わした近衛兵達も迷宮攻略に挑戦しましたが、すべて失敗に終わっています」
「だから業を煮やし、王自らが出向いてきたということか」
「そうですね……。そして、迷宮の王を討ち滅ぼした者に、王の騎士とするというおふれをだしました。この混雑はそれが理由です」
「なるほど。近衛兵というからには相当な実力者だったのだろうが、こと迷宮攻略に関ししては冒険者より相応しいものはいないからな」
それにしても神のごとき力を授けるアイテムか。そんな物を奪ってどうするつもりなのだろうか。今のところ迷宮の王がはそのような危険な力を行使したという話は聞かないが……。
「何か狂王の側に急がねばならない理由があるのか? あまりに拙速すぎる行為に思えるが」
「……。過去に支配した領地の民が蜂起しようとする動きがあるらしく、王を打倒しようという声があがっているようです。その民衆の声に危機を感じたのかもしれません」
恐怖と暴力による支配は長く続かない。無論、この話を知った以上は、俺が狂王ロバートの側につくつもりはない。
「ふむ。どうしたものか」
「冒険者の原則ですよ」
「「ハックアンドスラッシュ」」
「アッシュさんも冒険者が板につきましたね!」
「そうかもしれないな」
「冒険者が倒した敵から獲得した物をどうするか、それは冒険者次第です」
「そうだったな」
「王に渡すも、売り払うも、破壊するも、自らの物にするも、自由です」
まあ、いまの話を聞いた以上はイカれた王に渡すという選択肢はなくなったわけだが。
「できれば、アッシュさんのような方が手に入れてくれたらギルドとしても、安心なのですが……」
「事情は理解した。可能な限りの努力はしよう」
「もしも王が力を取り戻したら……この迷宮都市も……再び戦乱の世に逆戻りです」
「命の価値が軽んじられる時代に逆戻りか。到底容認できるものではない」
「アッシュさんは、狂王のクエストを受注するつもりは、ないのですか? 迷宮の王を倒した者には王の騎士の地位を授けるとのことですが」
「俺は宮仕えには興味ない。どうやら俺には冒険者のほうが向いているようだ」
王の騎士。冒険者が爵位持ちになれる唯一の道。だが、殺戮者の元で働くつもりはない。
「正解です。それにうさんくさい話ですからね」
「うむ。あまりに話がうますぎるな」
「はい。仮に成し遂げたとしても、王の騎士としの身分を与えた上で前線に放り出して犬死にさせる。きっとそんなとこですよ」
「同意だ。そんなところだろう」
迷宮都市に現れた狂気の化身。そして我先にと功を焦る冒険者たち。
だが、俺がつられて浮き足立つ必要はないだろう。俺は一介の司教にすぎないのだから。
俺ができることは手の届く範囲の者たちを守ること。無論こちらにも生活がある。その報奨は頂戴するが。
「ではクエストを受注しよう」
冒険者のほとんどが狂王ロバートののクエストを受注するということは、それ以外の緊急度の高いクエストですら受けるものがいなくなるということ。
「成れの果て討伐依頼を受けよう」
迷宮には魔獣以上に危険な存在がいる。それは、冒険者の成れの果てと呼ばれる者たちだ。
魔獣と戦闘中の冒険者、深手を負った冒険者を狙い殺め身ぐるみをはぐ、外道ども。
普段であればこの手のクエスト依頼ははすぐに埋まる。だが、いまは未受注のまま放置されていふ。
俺はまずはいままさに見過ごされつつある問題に着手するのであった。
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