第30話『ボーパルバニー』

 ジャヴァウォックは翼を広げバサバサと飛び上がる。10メートルほど上昇。そして、墜落。



「村に向かわせる訳にはいかんのでな」



 穴だらけの翼で飛べるはずはない。現時点でジャヴァウォックの村への進行を大幅に遅延させることに成功。だがそれは、最低限の目標に過ぎない。いずれはたどりつかれる。



「ぬぅ。状態異常付与のブレスか」



 ジャヴァウォックがブレスを放つ。紫色の炎の息。ねこ娘に事前に聞いていた情報が役に立った。このブレスはさまざまな状態異常の効果があるようだ。



(まずは沈黙を解除させてもらう)



 情報をもとに事前に準備していた丸薬をなめる。沈黙の状態異常を解除。こちらも出し惜しみをしている場合ではなさそうだ。


 もはや、加勢に来る者たちを期待する余裕などない。足止め目的、長期戦を前提とした闘い方から、討伐も視野にいれた闘い方に転じよう。




「仕切り直しだ。ここから先は全力でいく〈マヒール〉〈キュアポイズン〉〈アンストーン〉〈リスリープ〉〈アンフィア〉〈リパラライ〉〈ギガアーマー〉〈ブレスクリーン〉〈メガライト〉〈アンチマジック〉〈アンチエレメンタル〉〈プロテクション〉〈ハードニング〉〈ハードニング〉〈ハードニング〉〈ハードニング〉」



 バックラーを構え、ジャヴァウォックのブレスのなかをゆっくりとあゆみ進む。心頭滅却すれば火もまた涼し。どうやらその域に達するにはまだ修練が足りないようだ。炎の中は、普通に熱い。



「ブレスを抜けたぞ」



 ジャヴァウォックは目の前だ。



「今度はこちらの番だ」



 ジャヴァウォックは尻尾をムチのように振り回し攻撃。バックラーでパリィ。尻尾を弾き返す。



「そのブレス、封じさせてもらう」



 ジャヴァウォックの口のなかにメイスを叩きつける。バケモノのアゴ骨が砕け、口がだらしなく開く。俺はさらにメイスで追い打ちをかける。ジャヴァウォックのブレス袋の破壊に成功。



「飛行とブレスを封じ、退路を断った。ここから先は相手も本気で俺を殺しにくるだろう。よい、ならばこちらも受けてたとう」



 ジャヴァウォックは天を仰ぎ、けたたましい咆哮をあげる。大気がビリビリと震える。震動が皮膚にまで伝わってくる。


 ジャヴァウォックの尻尾の先端に3つの横一文字の亀裂が生じる。信じられないことに、3つの亀裂は2つの目と、口になった。魔獣の形態変化、……バケモノも本気のようだ。



「おぞましいバケモノめ」



 尻尾の先端に新たに現れた黄色の眼球が、ギョロリと俺をにらみつける。尻尾だと思われていた方が真の頭だったようだ。


 不自然に飛び出したおぞましい眼球。神を冒涜するかのような表現不可能な醜悪なる顔。……その形状は、例えるなら旧劇場版のエパ量産機。



「まさか双頭の魔獣とはな」



 ジャヴァウォックは自身の頭をムチのようにしならせ振るう。尻尾だった部分に眼球があるせいか狙いがより正確になり、速度も重みも増した。



「ぬう!」



 凄い衝撃だ。だが、俺にはバックラーがある。弾き、殴り、弾き、殴り、弾き、殴る。たがいの死力をつくした応酬が続く。



「我慢比べで負けるつもりはない」



 こちらも相応のダメージを負っているが、ジャヴァウォックにも確実に深手を追わせている。


 明らかに相手の動きも鈍くなっている。だがこちらも無限に戦えるわけではない。回復魔法の残数はあと、たった3回。



「石の雨。飛びツブテを使う知能があるとは」



 ジャヴァウォックは尻尾で岩を砕き、俺に向かってショットガンのように石の雨を飛ばしてくる。


 広範囲の面での攻撃を全て防ぐことは非常に困難。俺は石ツブテを食らう。もったいないが、回復魔法を使うしかない。



「回復させて貰うぞ〈マヒール〉」



 回復魔法の残数は2。ジャヴァウォックは勝利を確信したのか、ウサギを追い詰めるライオンのようにゆっくりと俺に向かって歩みを進める。そして咆哮。



「気が早いな。勝利の雄たけびのつもりか」



 ジャヴァウォックが鼓膜が破れるほどの悲鳴をあげる。ジャヴァウォックの脳天に深々とボーパルナイフが突き刺さっている。ステラだ。



「さすがだ、見事な技だ」



 ステラはジャヴァウォックが形態変化する魔獣だと予測を立て、真の弱点を晒すそのタイミングを虎視眈々とうかがっていたのだ。


 音も気配もなく、木から木に影のように飛び移りながら機をうかがい移動。ニンジャでもここまでの動きは出来ないはずだ。


 あくまでも一般論として、ステラはかわいく、優秀な、自慢の相棒だ。無論これは、あくまで客観的評価であり決して自慢ではない。事実だ。



 ステラが木のてっぺんからジャンプ。空中でくるりと回転。まるで手品師のように芸術的な身のこなし。ステラの自重をのせた一点集中の刺突攻撃がジャヴァウォックの脳天に突き刺さる。


 見事な物だ。拍手をしたいが、いまは両手がふさがっており、不可能だ。俺はこの技を〈ボーパルバニー〉と名付けた。

 

 実は複数の技の名前を考えてはいた。最終候補に残ったのは、ラブリーフェアリー、キューティーバニー、プリティービー、ファンタスティックエンジェル。


 かつて俺とステラは迷宮1階層で、LVあげのため、ボーパルバニーを倒していたことがあった。ウサギ狩りしかの部屋。……特にうまいことは言えなかったが、要するにボーパルバニーをふたりで狩ったのが俺にとって大切な思い出、そういことだ。だから〈ボーパルバニー〉なのだ。



「バケモノ。貴様の敗因を教えてやろう」



 ステラのボーパルナイフはジャヴァウォックの脳の奥深くにある、運動を司る部位を破壊したようだ。ジャヴァウォックは真の頭を地につけ痙攣しながら俺を睨みつけている。



「ステラの気配を察知できなかったことだ」



 まあ、あくまでバケモノ相手なので偉そうなことを言ってしまったが、実は本気で身を隠したステラの気配を察知するのは、俺にも不可能だ。ジャヴァウォックは断末魔の叫び声をあげる。



「貴様に与える慈悲はない」



 俺はメイスを両手で強く握り締める。ジャヴァウォックの脳天に突き刺さったボーパルナイフの柄を、硬化魔法で強化し、力任せにメイスで叩きつける。


 俺は杭打機のハンマーのように、突き刺さったボーパルナイフを何度も何度も叩きつける。ボーパルナイフは奥へ奥へと突き進む。そして、脳幹を破壊。完全に動きを停止。さすがステラだ。



「邪悪なる存在を滅せよ〈ディスペル〉」



 念のための、追いディスペルだ。この手のグロテスクなバケモノは死んだふりが得意だ。


 冒険者が勝利に酔いしれ油断し、背中を向けた途端にパクリと頭から丸呑みにする。だから俺はより一層気を引き締める。



「頭が2つ以上ある可能性も考慮すべきだな。2頭ある者は、3頭あってもおかしくない。油断せずに、確実かつ、徹底的に破壊するしかない」



 ねこ娘が村の危機と言うほどのバケモノ。さほど強くないコカトリスですら2つ頭がある。


 ヒュドラにいたっては9つの首を持ち、更に首が再生する。恐るべき強敵ジャヴァウォック、この凶悪なバケモノがヒュドラのように復活する能力がある可能性も、現時点では排除しきれない。


 この魔獣はあまりにも情報が少なく、未知の部分が多すぎる。こうなったら、もはや徹底的に念を入れてメイスで叩きまくるしかない。



「ステラ、こいつがまだ頭を隠し持っている可能性はあるか?」


「そだねーっ。その可能性はゼロではないかなぁっ? たとえば、虫型の魔獣の脚や、タコさん型の魔獣の足には、ちっちゃい脳があるんだよっ。あくまで補助的なものなんだけどねっ」



 さすがだ。ステラは頭がよく、知識も豊富で、そしてかわいい。本当に相談してよかった。



「ふむ、なるほど。ステラなら第3の頭がどこにあると考えるか、教えてくれるか」


「この魔獣、今もうつぶせで倒れて、おなか隠してる感じもするし、ちょっとだけ、怪しいかもね。弱点を隠してるとしたらおなか、かなぁ?」



 俺はジャヴァウォックを思い切り蹴り転がし、うつぶせの状態から、仰向けにする。



「ビンゴ。大当たりだ」



 こいつの腹にも小さい顔があった。即座にメイスで殴りつけ、破壊する。


 腹部の脳は小さく、破壊も容易だった。いざという時の補助的な器官だったのかもしれない。



「もう少し頑張るか」



 俺がひたいの汗をぬぐおうとしたら、代わりにステラが俺のひたいの汗を、くまさんステッチが入ったハンカチでぬぐってくれた。だからどうしたという訳ではないが、そういうことがあった。


 俺は、3つめの頭を確実に破壊、ついでに心臓も破壊、ステラの助言に従い、驚異となりそうな部位を、無駄なくひたすら殴りまくった。いつのまにかバケモノの原型がなくなっていた。



「ここまでやれば十分だろうか」


「うんっ! はなまる100点だよっ!」



 ジャヴァウォックは誰の目から見てもあきらかに死んだ。ステラが言うのだから、まちがないないだろう。かなりの強敵だったが、勝利だ。



「ステラ、驚嘆と称賛に値する見事で華麗なる美技であった。ナイスクリティカルだ」


「アッシュも、ナイスメイスっ。それにしても……とんでもなく強い敵ったねっ」


「階層主だろうが、さすがに強いな。ここまで生命力が強い魔獣が存在していたとは。驚きだ」



 迷宮の各階層に潜む強敵、階層主。四階層でもこの強さとは。この先の階層ではより強力な魔獣が待ち受けることだろう。


 つまり、俺たちは油断せずに、よりいっそう強くならなければならないといつことだ。だが、……いまは、この勝利をステラとともに喜びあおう。



「アッシュ、それじゃー決めゼリフいくよっ! ジャヴァウォックわぁっ?」


「百叩きだ!」



 ハイタッチ。その後、ヴァンパイアロードが倒れていたことを思いだし、回復魔法〈マヒール〉で回復しておいた。なぜ倒れていたのかは、謎。


 あと、スリープで眠らせておいた老人にも念のために回復魔法をかけておいた。回復魔法を2回残しておいてよかった。



「アッシュ、この2人、……ここに放置しておいたら、魔獣に襲われるかも」


「そうだな。まずは村まで運ぶとするか」



 人命救助と階層主の撃破。俺とステラは勝利の喜びを分かちあい、とりとめもない話をしながらルルイエ村へ帰るのであった。

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