第29話『最強のふたり』
ジャヴァウオック討伐支援のために俺とステラは迷宮第4階層の森林地帯に向かった。今回の作戦では、俺はヒーラーとしての役割を期待させれている。
ねこ娘の説明では最強の冒険者2人組がジャヴァウオックの元にたどり着いているとの話だった。
「超一流の冒険者か。どのような者たちなのだろうな」
「なんか、すごそうだよねっ。私たちは足を引っ張らないようにサポートしよっ!」
「ふむ。そうだな」
今日の戦闘を通して超一流の冒険者の戦い方を学ぶつもりだ。見稽古と言うやつだ。
見稽古。五体全てをカタナとするとある武闘家は他者の技を見て習得し、最強に至ったという。
「ステラ、作戦開始の時間だ。合流ポイントに向かうぞ」
「了解っ! 気合いれていこっ!」
今回の相手は相当に手強い相手となる。階層主の可能性が高い。
強い緊張から、昨晩は夜11時まで眠れなかった。たったの8時間睡眠。……完璧なコンディションとは言えない。
だが、闘争とは常にそういうものだ。いつでも、どこでも、誰とでも。コンディションは言い訳にはならない。
「アッシュ。あの黒服の人、見おぼえない?」
「ふむ」
地面にうつ伏せで気絶している男がいた。ここは、最強の冒険者との合流ポイント付近。
倒れている男の特徴は、金色の長髪、黒服、赤マント。B級映画の吸血鬼みたいだ。
「そういえば、サキュバスのとこで会わなかったっけ?」
あまりにズタボロになっていたので気づかなかった。ヴァンパイアロード、迷宮の王の腹心でもある強敵。
「……なぜこんなところに」
この男と以前会ったときも4階層だった。疑問はある。だが、いまは考えている時間はない。ジャヴァウオック討伐を優先すべきだ。
「その男はあと回しだ、合流ポイントに急ぐぞ」
「そだねっ。まずは合流しないと」
前回は敵対しなかったがヴァンパイアロードは俺たちの敵だ。迷宮の王の腹心でもあり、いずれ倒さなければならない相手でもある。だが、いまは相手をしている余裕はない。
「あれが、……ジャヴァウオック」
「なんと醜悪で、巨大な……バケモノ」
合流ポイントには冒険者はいなかった。そこには老人が1人。いま、まさにジャヴァウオックに殺されかけていた。
服もボロボロで、加齢によっておとろえた足を支えるためと思われる杖は、無残にも真ん中からへし折られ、あちこちから血が出ている。このままでは危険だ。
「作戦変更だ。老人を救助する」
「りょーかいっ」
老人を放っておけば確実にこのバケモノに食い殺される。ついでに気絶してるヴァンパイアロードも。
当初の作戦とは違うが、仕方がない。ねこ娘いわく最強のふたりが来るまで時間を稼ごう。いち早く合流してくれることを祈るばかりだ。
ジャヴァウオックがムチのようにしなる尻尾を振るい、老人に叩きつけようとしていた。
「ふんっ!」
俺は老人をかばうように立つ、バックラーでジャヴァウオックの尻尾を弾き返す。パリィ成功。間一髪だが間に合ったようだ。
「ご老人、避難を。あの巨大な魔獣はジャヴァウオック。危険な相手です」
「要らぬ、我がここで死ぬのは本望よ。ここが死地! 一歩も動かぬッ!」
……老が、ご老人。
「今は、個人の感情を優先している場合ではありません。繰り返します。避難して下さい」
強者と戦い果てる。そういう死生観を持った者もいる。だがいまは緊急事態。議論をしている時間はない。
「テコでも動かんぞッ! 友を殺したあやつに一矢報いるまではなぁッ! ここが我の死に場所と決めたのじゃッ。小僧に譲る気などないわッ!」
……耐えろ。この老人は絶対に人の言葉を聞かない頑固者タイプ。この老人に限らず、加齢とともに偏屈になる老人は非常に多い。
人は加齢によって前頭葉の機能が退化するそうだ。前頭葉は人の理性を司る器官だ。前頭葉の機能が低下すると感情の制御が困難になるのだ。
かつておだやかだった人が、いつの日か迷惑な老人に変わることがある。これは、本人の責任ではない。前頭葉の退化によるものである。そう、テレビの人が言っていた。
やむおえまい。人命救助のためには手段を選んでいる場合ではない。冒険者は緊急時には臨機応変な対応が求められる。
「手荒な方法になりますがご容赦を〈スリープ〉」
「この大魔術師にスリープなッ……すやぁっ……」
老人は安らかな顔で眠りについた。俺の魔法のせいで永眠したということではない。まだ生きている。深い眠りについた、ということだ。
「ステラ、すまない。この老人を安全な場所に運んで欲しい。敵は俺が引き受ける」
ジャヴァウオックが俺をにらみつけ、咆哮。ガラスを引っ掻いたような甲高い声、一時的に金縛り状態を引き起こす、バインドボイス。獣の咆哮。
耳栓を持ってきて正解だった。
「悪しき魔獣を浄化せよ〈ディスペル〉」
聖なる光がジャヴァウオックを包みこむ。けたたましい咆哮をあげている。どうやら効いているようだ。
「さすがに即死とはいかないか」
だが、それで十分。俺の目的は足止め。時間を稼げれば良い。メイスとバックラーに硬化魔法を付与、敵の攻撃に備え障壁魔法を展開する。
「まずは動きを止めねばな」
地面をダッと蹴り、ジャヴァウオックと距離を詰める。近くで見ると驚くほど大きい。ゾウと同じくらいの大きさだ。
俺はジャヴァウオックの前足をメイスで思いきり殴りつける。ジャヴァウオックがバランスを崩し、倒れる。
「翼を破壊させてもらう」
倒れたジャヴァウオックの背中によじ登る。
「今日は百叩きで済ますつもりはない」
ジャヴァウオックに馬乗りになり翼をメイスで徹底的に殴りつける。メイスによる滅多打ち。
メイスによる殴打により、ジャヴァウオックの翼の根本がへしゃげた。翼が、カラ傘オバケみたいにズタボロ。穴だらけになっている。
「まるで暴れ馬、ロデオだ」
けたたましい絶叫をあげながらジャヴァウオックがのたうち回る。しがみつくだけでもやっとだ。恐ろしく凶悪なバケモノ。……最強の冒険者はいったい、何をしているのだ。
「ぬうッ!」
いつまでも最強の冒険者が来ないことによる怒りのせいか、思わず力のこもった一撃を放ってしまう。ジャヴァウオックの弾性にいとんだゴムのような皮を破り、メイスが深々と突き刺さる。
「なかなかしぶといやつだ」
本来であれば。翼を破壊した時点で俺は撤退してもいいはずだ。もう、役目は十分に果たしている。……だが。
「老人を見捨てる訳にはいかない」
俺はメイスを構え凶悪な魔獣とのさらなる戦いにそなえるのであった。
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