第27話『ステラとアッシュ』

 ステラが舞台の上のねこ娘たちを凄い集中して見つめている。目がキラキラしている。犬だったらきっと尻尾を振っているだろう。



「明日は休みにしよう。服でも見に行かないか?」


「服? でも、買ったばかりじゃなかった?」



「迷宮攻略用の服以外にも、オフの日に着る服もあった方が良いだろう」


「そだね。アッシュの服、選んであげるっ」


「うむ。ではお返しにステラの服は、俺が選んでやろう」



「えっと。私、オフの日の服とか大丈夫っ。だって盗賊だしっ。おしゃれとかは、あんまり興味ないし、むしろ機能性の方が大切だからっ!」



 目が泳いでいる。嘘乙。



「ふむ。では、賭けをしないか?」


「賭け?」


「ふむ。コイントスで勝負だ。ルールは簡単、コインの表が出たらステラの服は俺が決める。もしも裏が出たら、その時はステラの言い分を聞こう」


「でもでもーっ!」


「はは。ちょっとした賭け。遊びだ」



 俺は親指でコインを上空へ弾く。空中でくるくると回転しながら左手の甲に落下。コインのヒヤリとした感触。右手でコインを抑える。



「俺は、表だ」



 ステラはしばらく腕組みをしながら考えたあとに、答える。



「じゃっ。私は、裏っ」



 俺は右手をずらし。コインをステラに見せる。表だ。



「ふふっ。表だ! どうやら賭けは、俺の勝ちのようだな!」


「あー。負けちゃったぁ。くやしいっ! 運が75もあるのにっ」



 まったく悔しそうではないが? すごいニコニコしているのだが?



「今の俺は信仰88で、体力77。ゾロ目が2つもある。ツイているようだ」



 まぁ、なんてことはない。ちょっとしたイカサマだ。本気で幸運75もある相手に勝てるはずがない。タネがある。俺が使ったのは両面表のイカサマコイン。


 サキュバスとの文通を手伝ったお礼にと、ボッタクリ商店の在庫処分品を悪ニンジャから貰ったのだ。ゴミを押し付けられたと思ったが、意外なところで役に立った。



「ステラ、エグいくらいかわいい服を選ぶから、覚悟しておけよ。そうだな……、ステージで踊っているあの子の服と似た感じで選んでやる」



 ステラが熱心に見ていた子の衣装だ。さほど勘が良くない俺でも明らかに分かった。


「えーっ。でもでもっ! 私、女の子っぽいのは似合わないし。そのそのっ……」


「フッフッフ。残念だが賭けだ。敗者には相応の罰を受けてもらわねばなるまいて」


 悪司教だ。


「賭けかぁ……。なら、仕方ないの、かな?!」



 あきらかに嬉しそうな顔をしている。……わかりやすいなぁ。



「でもでも、アッシュもさっきの、ねこさんみたいに、かわいい女の子のほうが好きでしょっ? 私が着ても、似合わないしっ」


「ふむ。俺はステラの方が好きなのだが?」


「アッシュ、もうっ。からかわないでっ。おこるよっ!」



 ふむ。少し言葉足らずだっただろうか? もう少し詳細に説明した方がよいかもしれない。複数の解釈ができるようなふわっとした言葉は事故の元だ。


 まわりくどい表現、業界の専門用語、カタカナ言葉は使わず、簡潔で伝わりやすい言葉で報告する。俺が新入社員のころに、よく言われたことだ。俺は補足する。



「すまない少し抽象的な表現だったようだ。訂正しよう。俺はステラの方がより好きであり、より女の子っぽいと思っており、更に、ステラの方が、よりかわいい。そう思っている。よって、かわいい服を着て欲しいと思っている。以上だ」



「      」



 ……。言い終えて、俺はふと、何かに気がつく。だが、……考えるのはやめておこう。一つ思ったことがある。この酒のアルコール度数、高すぎませんか?、と。




「千里の道も一歩からだ。まずは。ねこみみから挑戦しよう」



 俺は沈黙に耐えられず口を開く。雑貨屋で買ったねこみみをステラの髪にとめる。ねこみみだ。ぶっちゃけ脈絡のない行動だ。……。アルコールのせいです。


 もしかしたら俺は、混乱しているのかもしれない。なぜこのタイミングでねこみみをステラに付けたのだろうか。SAN値チェックが必要かもしれない。



「ふむ。かわいい」


「にゃっ、……にゃぁっ///」


「うむ」



 俺の顔が赤くなっている気がするが、……エールの飲みすぎということにしよう。だめだ、……今日の俺は、本格的におかしい。まるで観光地でハイになっている旅行者だ。




「新しい服を買ったら、黄金の英雄亭で一曲歌ってみたらどうだ? せっかくの新しい服だ。お披露目しよう」


「でもでもっ! 私、歌へただし。人前で歌うとか恥ずかしいしっ」


「歌はうまいと思うが?」


「えー? 私、歌ったことあったっけっ」


「うむ。らーらららーらー。みたいな歌を機嫌がいいときに歌っている」



「あっ、その歌。ポークルの里の歌だっ」


「どんな歌詞か教えてくれないか?」


「うーんっと。ないしょっ」



 俺はおもわずステラのあたまを撫でた。



「にゃっ、……にゃぁっ」



 女性は髪を撫でられるのは実は迷惑。そういう記事を読んだことがある。ネットで。どうやら女性は髪をセットせるのがとても大変らしいのだ。……。知らんがな。




「……ステラ」


「……アッシュ」




 たがいに見つめ合う目と目。言葉はない。ただ、少しずつ距離が近づ……。




「おまたせしたにゃん!」




 ◯◯◯◯! いかんいかん。神に仕える司教としてあるまじき、神を冒涜するような言葉を心の中で呟いてしまった。


 俺は正気に返る。まあ、微妙に気恥ずかしい感じにもなってきたので、救いの船ということにしよう。……。



「いや、待ってなかったが?」



 ねこ娘は俺の言葉をジョークだと受け取ったようだ。「にゃんでやねんっ☆」と、ツッコミの猫パンチをされた。……。猫に、罪はない。


 まぁ、猫パンチと言うか、……正直人パンチだ。グーで力をこめて殴られると、そこそこ痛い。たぶん明日あたり二の腕にアザができていると思う。まっ、いいけど。



「いやいやぁ。さっきは、いろいろと失礼しましたにゃ。にゃはははっ」


「たしかに」


「にゃぁーせんっした。にゃっ」


「はい。ところで、今度は注文した飲み物を忘れているようだが?」


「わわわっ! 急いで追加のエールを2つ取ってくるにゃっ!」



 わわわではないし、注文も間違えているのだが?……。頼んだのジュース2つ。まっ、いいけどね。俺はまったく気にしてない。ネコと和解せよ。



「待て、注文はよい。それよりもなにか相談したいことがあるのではないか?」


「にゃい。司教さんに折り入って、相談したいことがありますのにゃっ……」



 ねこ娘はこの平和な村ルルイエに忍び寄るとある危険な存在について語りだすのであった。

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