第21話『ささやき 祈り 詠唱 念じろ』

「ロストです」



 神父が告げる。



 ここは教会だ。回収した5人のうち、4人までは蘇生に成功することができた。だが、最後の1人の蘇生は失敗に終わった。



「教会としてもありとあらゆる手を尽くしましたが、残念ながら……」



 蘇生が失敗してロストするのは確率的な問題だ。誰の身にも起こりうること。そもそも蘇生すらしてもらえない冒険者の方が多い。


 一度蘇生に失敗すると骨から灰になり、更に蘇生に失敗するとロスト。ロストした人間は、二度と蘇ることはない。この世界の真の意味での死を意味する。



「ありえねぇッ! あいつはパーティーの盾役のロードだ。体力の能力値はパーティーで一番高い。まだ30代前半だッ! 確率的にロストなんてするはずねぇんだッ!! 何かの間違いだッ! おまえの蘇生がヘタクソだからだッ!」



 ガストンが神父に向かって吠える。



「最善を尽くしましたが。力及ばず、申し訳ございません」


「うるせぇ! こちとら大金を払ってんだッ! 蘇生失敗が許されると思ってんのか?! さっさと蘇らせろ! さもなきゃ次にロストするのはてめぇだッ!」



 神父に殴りかかろうとするガストンの肩を掴み引き止める。



「なっ、なにしやがるッ。俺は仲間のためにキレてんだッ!」


「ロストに心を痛めているのはおまえだけじゃない。ここにいる皆がそうだ」


「部外者は黙れ! 薄情モノッ!!」


「少し、黙れ」



 ガストンの肩を握る手に思わず力が入る。



「ぐぁああッ……ッ!!!! いてぇ……ッ! 離せッ! アッシュッ!!」



 ガストンの無神経な言葉にイラッとしていたせいか言葉にトゲが入ってしまった。


 教会の神父が告げた通り蘇生に二度失敗したものは復活することはできない。これに例外はない。神々の力をもってすら、ロストした者を復活することはできないと聞く。


 同じパーティーにいた時に数度会話を交わした程度の間柄だ。それでも、残念だ。



「君のおかげで一命をとりとめることができた。感謝を」


「へっ、アンタは命の恩人だ。アンタになら喜んで抱かれてやるよ」


「その、……アッシュさん。ありがとうございました」



 蘇生に成功した4人のうちの3人だ。最後の1人が恐る恐る口を開く。



「アッシュさん、このたびは大変なご迷惑をおかけしました。……僕がトラップ解除に失敗していなければ……こんなことには……本当に、すみません」


「えっ?! どう責任を取るつもりだ!? おまえのせいでロードが死んだッ! バギムのアホが抜けたから、おまえをニンジャにするためにせっかく5万ゴールドも出して超特別なアイテムで下級職のおまえを上級職にしてやったのに、恩を仇で返したなッ! このやくたたずのまぬけなエルフ野郎ッ!」



 ガストンが罵声を浴びせているエルフは元僧侶だった男だ。〈盗賊の短刀〉という特殊アイテムで、僧侶からニンジャに転職させられたそうだ。


 盗賊スキルに不可欠なのは、速さと運の能力値。種族としての適性。そして生まれ持っての手先の器用さと経験。


 エルフの僧侶だった彼がニンジャに転職したとて、すぐに盗賊のまねごとができるはずがない。そもそもトラップ解除や宝箱の開錠が目的ならニンジャではなく、盗賊を雇うべきだ。



「ガストン、ここは教会だ。口を閉じろ」


「リーダーとして教育的指導をしているだけだッ。部外者にとやかく言われたくないねッ」


「せめて今は旅立っていった仲間のために祈りを捧げろ。黙ってな」


「祈り? いや、その必要はないッ。アイツは旅立ってなんかいない! 死してなおアイツの魂は俺と共にあるからだッ!」



 ガストンはおもむろに遺灰の納められた骨壷を持ち上げ、頭から全身に遺灰を振りかけている。教会の神父はあまりの光景にあっけにとられている。



「見たかアッシュッ! これが真のダイアモンドの輝きだッッ!!!」



 遺灰を被ったガストンのダイアモンド装備がキラキラと光り輝く。この宝石のような輝きはダイアモンド装備が持つ魔力作用によるものだろう。

 

 妖刀ムラマサが血を吸うことで切れ味を増すのと同じように、おそらくガストンが装備しているダイアモンド装備にもそのような特殊能力があるのだろう。



「ダイアモンドナイツの魂は、死してなおも輝く。おまえの遺灰はダイアモンド装備の一部になった。俺はてめぇの死を犬死にしねぇッ!」



 故人の遺灰を人工のダイアモンドにするサービスがあったのを覚えているが、それは相手の同意があってのことだ。これは単に死者に対する冒涜だ。美学がない。



「ダイアモンド装備はロストした仲間の遺灰を吸収することで強化される。ダイアモンドナイツは死してなおも、ダイアの輝きを放つ。これが絆の輝きだ」


「悪趣味だな」


「アッシュ、おまえには話してなかったな。俺のダイアモンド装備は無数のロストした仲間の遺灰を吸収するほど強くなり、輝きを増す。俺の装備には無残に散っていった仲間たちの想いがこもっているッ! この輝きこそがダイアモンドのように堅く光り輝く仲間との絆ッ! まっ、真の仲間ではない部外者のおまえは別だけどなッ!」


「そうか。安心した」



 俺は他のダイアモンドナイツの方に視線を向ける。



「おまえたちは納得の上でコイツの元にいるんだな?」



 気まずそうに小さく首を縦に振る。肯定か。



「そうか、騙されている訳ではなく、合意の上か。ならば俺が言うことはない」



 ガストンと仲間たちははドスドスと足音をたてながら教会を去っていた。教会に1人残ったのは、エルフの元僧侶。



「その……。アッシュさん、申し訳ありません。ガストンも気が立っているみたいで……本当は、もっと御礼らしいことをしたかったんですが」


「冒険者は助けあいだ。必要以上に感謝する必要はない」


「アッシュさん、ありがとうございました。そして、……本当にすみません」


「気にするな。それよりもはやくガストンと合流しろ。ここに居るとまたブチ切れられるぞ」


「はい、失礼します」



 一礼をして去っていった。



 俺はロードの遺灰が納められていた空の骨壷に祈りを捧げる。



「主の導きに従い、安らかな旅路とならんことを〈ディスペル〉」





  ◇  ◇  ◇




 ここは黄金の英雄亭。




「アッシュ、落ちこんでる?」


「少しだけな」



 迷宮で死んでいった冒険者は数しれない。死にゆく仲間を見送ったのだってはじめてのことではない。


 同じ馬小屋で顔をあわせていた冒険者がいつからか居なくなるなんてことも、珍しいことではなかった。


 それでもやはり、死は慣れない。



「アッシュは危険をかえりみず最善を尽くしたよ。考えられる最短の時間で散らばった骨を回収したし、4人は助けることはできたんだよ! だから、元気をだしてっ」


「うむ。しめっぽい感じになってすまない」


「ううん、気にしないで。仲間が死んだら私だって凄い落ち込む。だから、私もアッシュの気持ち分かるよ」


「そうか」


「その人はどんな人だったの?」


「知らないんだ、名前すらな」


「そっか」



 迷宮都市の冒険者は田舎の村や里から一獲千金や一発逆転の名誉を得るために集まった名もなき者たちが多い。


 大きな失敗をして迷宮都市に逃げるようにたどり着いた者も多い。


 お互いの過去や素性を詮索しないのが暗黙の了解になっている。ロストした彼もそんなよくいる冒険者の一人だった。



「いつまでも落ちこんでいても仕方がない。飲むか」


「そうだねっ。亡くなった人の分まで、食べて飲もうよ!」


「ふむ、冒険者流の献杯か。悪くない」



 お互いのジョッキをコツンとぶつけて一気に飲みほす。ジョッキの中身は俺はエールで、ステラはジュースだ。


 俺とステラはしめっぽい話はなしにして明日の話をする。これが、死と隣り合わせの冒険者流の弔い方なのであった。

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