第20話『ヴァンパイアロード』

 スケルトン、骨の魔獣だ。一体一体は弱いが数が多い。スケルトンは錆びついた剣や棒を持っている。おそらくはここで散った冒険者たちが持っていた物だろう。



「まずは耐久強化だ〈ハードニング〉」



 ハードニングでバックラーとメイスに硬化の魔法を付与する。耐久力の問題はこれで解決だ。地味ではあるが非常に頼りになる魔法だ。


 多数のスケルトン相手の乱戦のさなかにあっても、メイスやバックラーが途中で破損する心配はない。安定した立ち回りが可能だ。



「こいよ、スケルトン」



 メイスでバックラーを叩き、音によってスケルトンの注意を自分に引きつける。後方支援のステラに魔獣の注意が向かないようにするためだ。



「所詮は骨。音だけでもヘイト稼ぎには十分だ」



 目の前のスケルトンが振りおろしたロングソードをバックラーで弾き返し、怯んだところをメイスで思い切りぶん殴る。スケルトンの頭蓋骨が爆ぜる。


 壺を地面に落としたような乾いた音が迷宮にこだました。



「次は私だよっ!」



 ステラの正確無比なスリングショット。玉がスケルトンの眉間に当たり貫通した。動いている相手にスリングによる的確なヘッドショット。ステラの腕は本物だ。



「ダメだー。コイツラにはぜんぜん効いてないっ!」



 だが痛覚や重要な器官が存在しないスケルトンにはスリングによる攻撃はあまり効果がなさそうだ。スケルトンは物理的に粉砕できるメイスの方が効果的だ。



「ヘッドショット、ナイスだ。ところでかなり難しいとは思うが、スリングでスケルトンの膝の関節を撃ちぬき、動きを止めることは可能か?」


「やってみるね。まかせてっ!」



 ステラがスリングを弾くとスケルトンが足の関節を破壊され、地面に前傾に倒れる。


「さすがステラだ」



 俺は地面にうつ伏せに倒れたスケルトンの後頭部を、靴底で踏み潰し、粉砕する。バリンという、気持ちの良い音が迷宮にこだまする。



「ふむ、ひと段落だ。結構な数のスケルトンを倒したな」


「うん。38体倒したよ」


「かなりの数だな。レベルアップも期待できそうだ」



 4階層の魔獣は基本的にスケルトンやゾンビといった人型だ。アタックドッグのような四足の獣や、スライムのような不定形の魔獣よりもよほど戦いやすい。


 スケルトンは剣や棒を振り回して攻撃してくるから、練習したパリィの最初の実戦相手としては申し分のない敵ではある。



「アッシュ。ほら、例のアレ、決めゼリフ!」


「スケルトンどもは百叩きだ」



 俺はガストンの書いたマップを確認しつつ迷宮を進む。道中のスケルトンやゾンビの攻撃はパリィで弾き、メイスで頭を破壊しながら迷宮を最短ルートでつき進む。



「これがダイアモンドナイツたちの骨だな」


「うん。この数、まちがいないね」



 テレポーターで壁にブチ込まれて即死した冒険者たちのキレイな骨が床に散らばっていた。肉とか内蔵とかは迷宮に吸収されるので、絵的なグロ感はほぼない。


 俺は頑丈な麻袋にダイアモンドナイツの骨を集めてポイポイと放り込む。うっかり骨を取りそこねたりしたらまずいので、まじめにひろった。



「これで全部だ。帰るか」


「だねっ」



 無数の小さなコウモリが集まり一つの形になり、人型になる。いかにも高貴そうな黒服をまとった金髪の男が現れる。




「先制攻撃だ〈ディスペル〉」


「ぐあああああぁッッ!!」


「ならばもう一回〈ディスペル〉」


「ぎぃやぁああああッッ!!」




 二度のディスペルで死なないとは、なかなか強力なアンデッドのようだ。残数は4発しかない、魔法耐性を持つ相手ならメイスで殴るしかない。俺はメイスを構える。




「ストップ! タイム! いや、ちょっ、ちょっと待って、……マジでタンマ! ちょっとだけ待って。その威力のディスペル、闇の王たる我でもマジでヤバいから! あと、メイスもやめて。まずは、話しあおうよ」



 言葉を話せる魔獣とは珍しい。かなり高位の魔獣のようだ。両手を挙げて降参のポーズを取っている。信仰値60を超える俺のディスペルを食らって倒れないとは、かなりの強敵だ。まずは話を聞いてみるか。



「わかった」


「そ、そうか、それは助かる。我はヴァンパイアロード、迷宮の王の片腕だ」


 ヴァンパイアロード。迷宮の王の腹心にしてアンデッドたちの王。千年の時を生きる不死王。だが、そのような伝説級の魔獣がなぜ4階層に居るのだろうか?



「なぜ、ヴァンパイアロードがここに居る」


「いやね。我、サキュバスたちから相談をうけちゃったんだよね。ひどいことをする冒険者が居るからなんとかして欲しいって、凄い熱心に頼まれちゃってね」


「サキュバスって、あのサキュバスか?」


「うん、そうなんだ。我ってさ、サキュバスとか知性を持った魔獣たちの相談とかも受けてるんだよ。まあ、部下の愚痴を聞く上司みたいな感じだよね」


「大変ですね」


「ありがとう。そうなんだよ。でさ、最近あんまりにも常識のない冒険者が居るって聞いてさこのフロアに来たんだよね」


 闇の王も大変だ。


「ところで、貴君の名は? たった二人で4階層を危なげなく攻略するとは、なかなかやるね。高レベルの司教といったところかな?」


「司教のアッシュだ」


「そうか。で、申し訳ないんだけどさ、貴君にお願いしたいことがあるんだ。聞いてもらえるだろうか?」


「話を聞いてから判断しよう」


「そうだね、それも一理あるね。貴君は、ダイアモンドなんちゃらとかってパーティー知ってる?」


「まぁ一応」


「そう、よかった。なら話がはやいね。ちょっとね、ダイヤモンドなんちゃらの聖騎士とニンジャが、サキュバスにひどいことをしてるって聞いてさ。我、ここに来たんだよね」


「吸血鬼の眷属殺しか?」


「違う違う。我は闇の王だし、そういうことでは怒らないよ。別に眷属とか仲間とかを殺されても我、文句言わないし」


「そうなんですか?」


「まぁね。だって、我らってさ、お互い殺し合う関係なわけじゃん。そういう意味ではお互い殺されても文句言えないし、文句言うのも何か筋違いって気がするじゃん? でもね、まっ限度があるよね。さすがに我もね、カチンときちゃった」


「何をやらかしたんですか」


「サキュバス側のプライバシーもあるから、まぁ詳細は伏せるけど、ダイアモンドなんちゃらの聖騎士とニンジャが嫌がるサキュバスにレベルドレインを強制させまくってたんだってさ。まったくひどい話だよね?」


「ですね」


 ……。一体何やらかしたのやら。


「分かってもらって助かるよ。そじゃ、この護符をソイツらに渡して欲しい。この護符、サキュバスを遠ざける効果があるから。具体的にはサキュバスの20メートル以内に近づくと、アラームがなり響く呪いだね」


「でも、彼らが装備するとは限らないですよ」


 

 ガストンは別として、悪ニンジャの方の危険性は低いだろう。悪ニンジャは地獄の監獄のようなボッタクリ商店で無償奉仕という名の、奴隷労働をさせられている。


 悪ニンジャが迷宮に潜ろうとすれば守衛に追い返されるし、そもそもギルドの監獄よりセキュリティが厳しい商店の〈寮〉から脱獄するのは不可能だろう。



 商店の寮は悪ニンジャが全盛期の能力を持っていたとしても実力で突破不可能なほどの異常な堅牢性を持った寮らしい。上長の許可が無いと外にすら出られない。

 

 それに、彼のニンジャボールはすでに俺の蹴りで部位破壊済みだ。もはや悪さはできないだろう。


 まあ、ヴァンパイアロードからの頼みでもあるし、面会かなんかで悪ニンジャに会えたら護符は渡しておこう。



「それは大丈夫。一度でも手で触れれば永久に効果があるような術式を施してあるから。手に持たせればオッケー」


「わかりました」


「悪いね。本当は我が自らの手で殺したい気持ちはあるんだけど、闇の王たる我が直接手を下すってのはさすがにね。それに、ヴァンパイアロードが四階に現れたって広まるとまずいでしょ? ギルドとか大騒ぎして迷宮を閉ざしちゃうし」


「ですね」


「じゃ、これ前払いのお礼。かなり良いアイテムだよ」





 名称:アミュレット

 解説:レベルドレイン、石化、麻痺を無効化し、体力を少しずつ回復させる首飾り





「これ、もらって良いんですか? なんか、凄そうなアイテムですが」


「うん、あげるよ。元の魔除けのアミュレットの力が強すぎてヤバかったから、100分割して作ったヤツの1つだ。もちろんそれでも効果は、かなりの物だと思うけどね」


「ありがとうございます」


「うむ。もっと良いアイテムが欲しければ、頑張って我の部屋に来るといい。その時は、貴君を超一流の冒険者と認め、その時は本気の我の力をお見せしよう。では」



 ヴァンパイアロードは無数の小さなコウモリに变化し消え去った。



「ステラ、これやる」



 俺はヴァンパイアロードからもらったアミュレットをステラに渡す。



「えっ、いいのっ?!」


「うむ。効果を見る限り、体力のある俺よりステラが付けていた方が役に立ちそうだ。もしよければ使ってくれ」


「ありがとうアッシュ」


 ハグされた。


「うむ」



 常時体力回復は良いと思うのだが、俺は体力が高いからそこまで必要なさそうだ。あと、このアミュレットはデザインが女物っぽい。


 一応は男女兼用を意識して作られてるっぽいのだが、ちょっと綺麗過ぎる。こういう装飾品はステラが身につけた方が良いだろう。ハグされたし。



「じゃ、帰るか」


「そうだねっ!」



 ダイアモンドナイツの骨を回収した俺たちは、立ちふさがるアンデッドの群れをディスペルとメイスでケチらしながら昇降機に乗り、帰路につくのであった。

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