第19話『訃報:ダイヤモンドナイツ死す』

 ここは迷宮の第二階層。


 俺とステラは、昨日見つけた隠し通路の先にある、前人未到のダークゾーンを探索していた。


「視界が悪いな」‌

「うん。松明の明かりがギリギリ届く範囲しか見えないね」‌


 このダークゾーンは、視界を著しく制限する特殊なフィールドだ。


 部屋全体を照らす《ライト》の魔法も、ここでは効果が半減してしまう。そのため、松明の明かりだけを頼りに、一歩一歩、慎重に進んでいくしかない。


「アッシュ、見て! あれ……!」‌

「なんだ、あれは?」‌


 ダークゾーンの通路のど真ん中に、不自然なまでに明るく照らされた一角があった。


 そこには、まるで高級ホテルのティーラウンジから持ってきたかのような、豪奢なテーブルセットが置かれていた。


 

 そして、そのテーブルを囲むように、奇妙な人影が三つ。



「……罠、かな?」‌


「分からん。だが、敵意は感じない」‌



 俺たちが警戒しながら近づくと、その奇妙な集団の正体が明らかになった。ウサギの耳を生やした男、巨大なシルクハットを被った男、そして、金髪の美しい少女だ。


 三人は、俺たちに気づくと、陽気な歌を歌い始めた。



「「「なんでもない日、おめでとう!」」」

「「「なんでもない日、おめでとう!」」」



 ウサギの男とシルクハットの男が、テーブルの上でタップダンスを踊りながら、大声で歌っている。



(……これは、何のイベントだ? 特定の選択肢を選ばないと進行しない会話か? それとも、ただのフレーバーテキストか? ……DRPGダンジョンRPGでは、マジで意味不明なイベントが起こるからな。ガレリアの地下迷宮のイベントとかは最たるものだが)



 俺は内心で、この奇妙な状況を冷静に分析しようと試みる。


「まあ、旅の方。そんな所に突っ立っていないで、お茶でもいかがかな?」‌


 金髪の少女が、俺たちを手招きしている。


「……ご相伴にあずかっても?」‌


「もちろん、大歓迎とも。席はたくさん空いているからね」‌


 俺たちが席に着くと、ウサギの男が、これ見よがしにため息をついた。


「やれやれ。席が空いてないじゃないか。全く、マナーがなってないな、近頃の冒険者は」‌


 テーブルには、50以上の椅子が並べられている。どこが満席だというのか。


「おやおや、三月ウサギ。そんなに邪険にしてはいけないよ。お客様じゃないか」‌


 シルクハットの男が、ウサギの男を窘める。そして、俺たちに向かってにこやかに微笑んだ。


「お茶はいかがかな? とても良い茶葉が手に入ったんだ。それとも、クッキーの方がお好みかな?」‌


 目の前に出されたクッキーは、虹色に輝き、明らかに体に悪そうな色をしていた。お茶も、飲むと記憶が飛びそうな、鮮やかな紫色だ。


「……お茶をいただこう」‌


「それが良い。賢明な判断だ」‌


 俺がそう言うと、シルクハットの男は満足そうに頷いた。それにしても、奇妙な連中だ。三月ウサギ、帽子屋、そして……おそらくは、アリス。


 この世界の配合率の一つ、不思議の国のアリス。その住人たちと見て、間違いないだろう。


「突然だが、君たちに、なぞなぞを出そう」‌


 帽子屋が、もったいぶった様子で言った。


「もし、このなぞなぞに正解できたら、良いものをあげよう」‌


「良いもの?」‌


「うむ。君たちが、喉から手が出るほど欲しがるような、良いものだ」‌


「ほう。それは楽しみだ」‌


「それでは、いくぞ。『カラスと書き物机がなぜ似ているか?』」‌



(…………知るかボケ……いかん、司教としてあるまじき態度だ。猛省)



 なんとも、哲学的な問いだ。

 俺は、しばらく考え。

 ――考えるのをやめた。



「カラスは黒いからだ」‌



 それが、俺の出した答えだった。

 まあ、適当ぶっこいただけだが。

 すると、帽子屋は腹を抱えて笑い出した。



「あはははは! 面白い! 実に面白い答えだ! ……だが、残念ながら不正解だ。このなぞなぞには、答えなどないのだよ!」‌



 そう言って、帽子屋は高笑いを続ける。

 答えがないなぞなぞとは、これいかに。

 やはりメイスで殴るほうが良かったか? 



「でも、とても面白い答えだったから、特別に褒美をやろう。なに、遠慮はいらない。持っていくと良い」‌


 帽子屋が差し出したのは、羊皮紙に描かれた一枚の地図だった。



 名称:素晴らしいお宝の数々が見つかるダイヤモンドナイツの死体がある場所の地図

 解説:しるされた場所にパーティー全員で立つと、隠された宝物庫の扉が開く



「これは……」‌



 ……ダイヤモンドナイツ死んでんじゃん。

 いやまあ、ダンジョンだからそういうこともあるけど。


「そう、宝の地図だ。だが、普通のものじゃない。なにせ、迷宮の構造すら書き換えてしまう、特別な地図だからね」‌


 つまり、この地図を使えば、何もない場所に、宝物庫への入り口を『創り出す』ことができる、ということか。とんでもないアーティファクトだ。


「これは、あなたからの褒美と受け取っていいのか?」‌


「いや、私じゃない。アリスからだ」‌


 俺がアリスの方を見ると、彼女は静かに微笑んでいるだけだった。


「ヘイ、アリス。この冒険者たちに、何か言うことはあるかい?」‌


 帽子屋が、少女に呼びかける。


(……どこかのスマートスピーカーみたいだな)


「彼らは、選ばれた者たち。この地図を託すに値するわ」‌


 アリスが、鈴の鳴るような声で言った。


「だ、そうだ。良かったな、君たち」‌


「……礼を言う」‌


「礼なら、アリスに言ってくれ」‌


 俺はアリスに向かって、軽く頭を下げた。


「では、そろそろお暇するとしよう」‌


「そうかい? もう少し、ゆっくりしていっても良いのだぞ? なんでもない日を、一緒にお祝いしようじゃないか」‌


「いや。長居は無用だ」‌


「そうか。それは残念だ」‌


 俺とステラが席を立つと、三月ウサギが不満そうに鼻を鳴らした。


「失礼な奴らめ。なんでもない日のパーティーを途中退席するなんて」‌


 俺たちは、彼らの不思議なティーパーティーを後にした。気がつくと、俺たちの目の前にあったはずのテーブルセットは、跡形もなく消え失せていた。


 まるで、最初から何もなかったかのように。……まるでDRPGの意味不明なイベントのようにまるで何事もなかったかのように消失した。


「……アッシュ。今の、なんだったんだろうね?」‌


「さあな。狐につままれたようだ」‌


「狐、というかどちらかというと兎かあ? でも、この地図は本物だよね?」‌


「ああ。確かに、俺たちの手の中にある」‌


 俺たちは、手に入れた宝の地図を広げた。地図に記された場所は、ここからさほど遠くないようだ。


「死んだままにしておくのもかわいそうだから回収するか」‌

「うん!」‌


 俺たちは、新たな冒険への期待を胸に、地図が示す場所へと歩き出した。

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