第19話『*いしのなかにいる*』

 ここは馬小屋だ。足にぬめっとした感覚がする。俺は何者かに足を舐められているようだ。馬かな?



「アッシュ、頼む! ……俺の仲間を救ってくれッ!!」



 ダイアモンドナイツのリーダー聖騎士ガストンだ。まったく理由は分からないが、ガストンが俺の足を舐めている。正直、あまりの事態に驚いた。



「落ち着けガストン。何があった」


「ダイアモンドナイツが4階層で全滅したッ!」


「全滅?」


「玄室のトラップ、テレポーターで壁に埋められて全員死んだッ!」



 テレポーター。いわゆる『*いしのなかにいる*』というヤツだ。パーティーに一人は盗賊が必要とされるのは、LVも一切関係なく問答無用で即死させるトラップのリスクを避けるためだ。


 ニンジャとかも一応盗賊技能を持っているが、盗賊の能力と比べるとかなり見劣りする。これが必ずしもニンジャが盗賊の上位互換とは言えない理由の一つだ。



「なぜ俺なんだ?」


「俺は、冒険者に片っぱしから助けを求めた! なのに、すべて断られた! 俺にはアッシュ、おまえしかいないッ! この通りだ足も舐めるッ!!」



 絵面が完全にサイコホラーだ。つか、もう無許可で舐めてるしな。朝起きたら男が足を舐めているとか完全にホラーだ。


 つか、ガストンは実力のわりに人望がなさすぎる。


 冒険者は基本的には助け合いの精神を大切にする。だが例外はある。普段から助けてもくれない相手にはそうではないということだ。


 ステラがガストンの声で目を覚ます。ガストンが俺の足を舐めている光景に驚き、目を丸くしている。そりゃそうだろう……。俺も怖い。



「ガストン小声で話してくれ。周りに迷惑がかかる」


「おうッ!! 分かったッッ!!! 小声で話せばいいんだなッッ!!!」


 はい。聞いてない。


「あと、足を舐めるな。気持ち悪い」


「わがっだッ!!」



 俺はぬめぬめした足をワラでぬぐう。スライムのような粘性のある唾液なのだが、何をくったらこんな粘性を持った唾液になるのだろうか。



「冷静に状況を説明してほしい。何があった?」


「4階層の宝箱のワープトラップを開けたらワープトラップで石壁に飲まれてみんな死んだ。俺は、ひとりで命からがら逃げてきたッ!」


「なぜおまえだけ助かった?」


「えっ、俺だけ助かった理由? そりゃ……俺はたまたまサキュバス部屋で、濃厚なレベルドレインを食らうために一時的にパーティーから離れていたからだ。おかげで命拾いしたぜ。やっぱり、サキュバスのレベルドレインって最高だよなッ! アッシュ!?」


「……?」



 ガストンのサキュバス云々の話については、俺もガチで何を言っているのかよくわからん。たぶん、仲間を失ったショックで気が動転して頭がおかしくなっているんだろう。


 シラフで人の足を勝手に舐める野郎だったら、そっちの方がヤバいからな。気が動転しておかしな行動を取っているに違いない。そうであって欲しい。



「頼れるのは世界でアッシュ、おまえしかいない。ダイアモンドナイツの皆を助けてくれッ! おまえこそが、ダイアモンドナイツの最後の希望だ」


「俺はダイアモンドナイツじゃないし、おまえとも関係ないけどな」


「たしかにッ!!」



 ぶっちゃけ俺がダイアモンドナイツの奴らを助ける義理はない。ましてや勝手に足を舐めるガストンのお願いごとを聞く必要はない。


 まぁ、それはそれとして、だ。助けられる可能性がある命を見捨てるというのは、それはそれで問題があるかもしれない。まぁ、一応は俺も司教だしな。


 もっとも、死体を回収したとして、教会で蘇生できるかどうかは運次第だが。時間が経てば経つほど蘇生の成功率は下がっていく。急ぐ必要がありそうだ。



「ダイアモンドナイツの死体のあるは場所はどこだ」


「4階層だ。仲間が死んだ場所はこのマップに書いたッ!」



 めちゃくちゃ汚い手書きのマップだが、場所は分かった。


 4階層はアンデッド系の魔獣が多いフロアだ。俺の信仰系の解呪魔法〈ディスペル〉を放てば、複数体だろうが瞬殺だ。現時点でディスペルを6回使える。



「4階層か、だが、昇降機の鍵を俺は持ってないぞ?」


「昇降機の鍵はアッシュ、おまえにやるッ!」


「ふむ」


「アッシュ、ふたたびパーティー再結成だ! 俺たちふたりでダイアモンドナイツを再結成だッ!」


「いや、結構です」


「なぜ? 俺は聖騎士だぞ? ダイアモンドナイツの実力者のガストンだよ?」


「本当、結構です」




  ◇  ◇  ◇




 ここは第一階層の昇降機の前。



「聖騎士の人は置いてって良かったの?」


「ああ。アイツは情緒不安定だからな」


「だね。正解だったと思う。かなり……怖かった」


「だよな」


「いきなり足を舐めるとか、……あまりに、常識がなさ過ぎる」


「本当にね」



 俺とステラは昇降機に乗り込み、鍵を差し込む。1階層から4階層まで通じる魔法のエレベーターが起動する。


 この昇降機は磁力を帯びた石で作られているようだ。壁面の壁も同じように磁力を持った石で作られており、反発しあう力で稼働しているようだ。


 たぶん動作原理はリニアモーターカーの小型版みたいな感じだ。下降していた昇降機が止まった。さすがにチンとか音はしない。ここが4階層だ。



「4階層の魔獣はアンデッドだ、なかなかしぶとい。ステラは回避に専念して欲しい」


「うん、わかった」



 アンデットは司教の得意とする信仰魔法が非常に有効な魔獣だ。LV差が多少あろうとも相性的には問題はない。それに、今日の俺にはバックラーがある。



「さっそくお出迎えか。骨野郎ども」



 魔法の昇降機を降りると、俺とステラの目の前に無数のスケルトンが待ち構えているのであった。

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