第13話『道を外れた上級職に神罰を』

「アッシュ、縄を投げるから受け取って」



 屋根の上のステラが投げた縄をつたい、壁ぞいに屋根の上にのぼる。極力音をたてないように注意しのぼり切った。



「侵入できそうな場所はありそうか?」


「エントツから侵入できそうだよ」


「了解。エントツからか」



 エントツから家の中に潜り込むことに成功。ここは、一階。この部屋には、この部屋の主はいないことは、ステラの気配探知で確認済みだ。



「……ひどい。……こんなのって」


「想像以上だ」



 この部屋で邪悪な儀式が行われていたことは床に描かれた魔法陣を見れば想像に難くない。魔法陣の赤はおそらく血。


 この部屋での道を外れた儀式の詳細については、語らない。あまりに酷すぎ。この部屋で行われていたことは、到底赦されるものではない。それは、明らかであった。


 部屋のカゴの中にまだ息がある生き物がいる。黒猫だ。この部屋で唯一救うことができる命。待ってろよ、すぐに解放してやるからな。もう少しだけ、耐えてくれ。



「……許せない、こんなのってっ」


「落ち着け、ステラ」


「だってっ……」


「俺も同じ気持ちだ」


 わきあがる怒りを抑える。


「この部屋に漂う独特の鼻をつく薬のニオイ、錬金術師か」


「……上級職っ」


「そうだ。相手はこちらより戦闘経験が豊富な上級職。だが、向こうはまだこちらの動きに気づいていない」


「うん」


「奇襲で虚を突き、一気にしとめる。この作戦の成否はステラの腕にかかっている。対人用のトラップもあるはずだ。頼りにしているぞ、ステラ」


「まかせてっ」



 頼もしい言葉だ。ステラは慎重に部屋を確認しつつ、対人用の殺傷トラップ、警報アラームを無力化し、敵の潜んでいる地下へと進む。


 ステラの完璧なトラップ解除のおかげで、まだ相手にこちらの存在は悟られていない。……それにしても、過剰なまでのトラップ。まるで要塞だ。



「俺が先行して相手の動きを封じる。ステラは敵の拘束を頼む」


「わかった」



 盗賊は正面からの真っ向勝負での戦闘が想定された職業ではない。俺が前線で敵の注意を引き、ステラが臨機応変に対応。これが、一番確実だ。


 硬化の魔法でメイスを強化、障壁魔法のプロテクションで守りをかためる。階段を一気に駆けおり、地下の部屋で待ち構えていたのは錬金術師のジジィ。



「先手必勝〈サイレス〉」


 信仰系に属する沈黙魔法を放つ


「効かんわ! ワシは沈黙無効持ちじゃ。サイレスなど効かぬよ。ひひっ」

 

 ペラペラ喋ってるその男のミゾオチにケリを放つ。


「ああ、知ってたさ。錬金術師固有のパッシブスキルだろ?」



 錬金術師は沈黙を無効化する職業固有のパッシブスキルを持っている。だからこそ、油断を誘うためにあえてサイレスを唱えたのだ。



「がはっ……う……がぁ……っ」



 前蹴りで横隔膜を破壊した。息を吸うことも吐くことも不可能。



「信仰戦士流のサイレスだ」



 自分が沈黙無効スキル持ちだから、俺が魔法の使い手だと思ったから油断した。物理的に声を封じれば、問題ない。



「ぐぎ……か……ッッ!」


「追加のサイレスだ」



 錬金術師の顔を靴底で踏み潰しアゴを破壊。多少手荒な方法だが、サイレスが効かない相手である以上、仕方があるまい。



「ステラ、そのジジイを縄で拘束して欲しい」


「まかせてっ」



 物音を聞きつけ、もうひとりの醜悪な悪党が駆けつけてきた。今回の事件で直接的に動いていたのは、このババァだ。



「降参するなら今のうちだ」


「ひひっ。司教ふぜいが、戦闘プロに勝てると思うかね?」


「ああ」


「すこーしばかり力が自慢の魔術師なんて、あたしゃ腐るほど見てきたからねぇ……。ひひっ、思い上がったね。この包丁で活造りにしてあげるよ。ひひっ」



 包丁を片手に襲いかかる。急所狙いの正確な4回攻撃。障壁魔法が2層破壊され、残りの2連撃はメイスで防いだ。コイツも上級職だ。



「4回連続攻撃。ニンジャか」



 再度障壁魔法を展開し守りをかためる。ニンジャは上級職の中で最も高い基準のステータスを必要とされる上位職。相手が準備万端だったなら、苦戦は避けられなかっただろう、……だが。



「ああ、あたしの包丁が……あぁあッ!」



 硬化の魔法で強化したメイスと調理器具の包丁、耐久はこちらが上、つまり。



「当然の結果だな。調理器具と武器だ。耐久値の差を考えろ。上級職のくせに基礎がなっちゃない。快楽殺人にうつつを抜かしてモウロクしたか、ババァ」


「ぐぬぅ……生意気なクソガキがぁ……殺す! あんたなんて素手で十分だよ!」



 ハッタリではなく、実際に徒手空拳で首を切断することができるのだ。だが、だからこそ動きを読むのが容易。高速で繰り出された手刀をメイスで受ける。



「うかつに近づきすぎたな」



 メイスを持っていない方の手で、相手の顔を鷲掴みにし、そのまま床に力任せで叩きつける。泡を吹きながら、気絶。顔を掴んだまま、信仰系の睡眠魔法を放つ。


 倒れたふたりをステラが手際よく縄で縛り上げる。あとはこのふたりをギルドに突き出し、余罪を全て吐かせる。



「アッシュ……魔獣の……気配、……どうしてっ」


 刺すような肉食獣の視線。この感覚はつい最近体感したばかりだ。


「あの時のバケモノか」



 第一階層で戦ったネコモドキのバケモノが目の前に居る。あの血で描かれた魔法陣で呼び出された従魔といったところか。俺はあの時のような遅れは取らない。


 いまの俺は、LV5だ。



「猫騙しだ〈ライト〉」



 俺は光の信仰魔法、ライトを放つ。


 反射神経の優れた野生の猫が夜の山道で車に轢かれることが多いのは、車のフラッシュライトで筋肉が硬直し動けなくなるからだと聞いたことがある。


 バケモノとは言え、そこは同じようだ。俺は両手持ちでメイスをフルスイング。バケモノが吹きとぶ。俺がかっ飛ばした先には、ステラが待ち構えている。



「一撃で決めるよっ」


 ステラのボーパルナイフによる華麗なる一刺し。致命の一撃だ。


「トドメだ」


 メイスによる渾身の一撃。決着だ。


「だね。LVアップしてなかったら危なかったかも」


「まったくだな」



 事前にLVアップしておいて良かった。玄室攻略のあとに勢いにまかせてこの村に来ていたらどうなったかと思うとゾッとする。ほっと一息する前に。



「念のためだ。〈スリープ〉〈スリープ〉〈スリープ〉」



 相手は上級職だ。確実に起きないように睡眠の魔法を重ねがけした。3日は殴っても蹴っても起きることはないだろう。


 次にコイツらが目を覚まして最初に目にするのは尋問官。彼らはプロだ。あらゆる手を使っていままでにコイツらがおかしてきた罪を吐かせるだろう。


 本職は冒険者のように甘くはない。



「外、出よっか」


「そうだな」



 俺たちは玄関から堂々と外に出る。実際にこの家に居た時間はわずか十分の出来事だった。だが、体感は1時間くらいいた感じだ。



「空気がうまい」


「ほんとー。星がキレイ」


 この夜空の星々も迷宮の見せるまぼろしなのだろう。それでも、いまはとても美しく感じる


「私、腰抜けちゃった」


「ステラは、本当に頑張ったな。俺がおぶってやる」


「わ……でも、わるいよっ」


「遠慮するな。こう見えて俺は、体力が45、筋力が24。ステラくらいなら10人背負ってそのまま歩くのも余裕でできるほどの力持ちだ」


「うーん。そゆことじゃぁ、ないんだけどなぁ」


「ふむ?」


「まいっか。にししっ。うん、じゃっ、お言葉に甘えさせてもらいまーすっ」



 ピョンと俺の背中に抱きつく。ステラは羽のように軽い。まるで重さを感じない。俺は能力値がただの数値ではないことを、改めて確信する。



「ああ、今日はゆっくり休むぞ」


「うん」



 俺はステラをおぶったまま村長の家を訪れ、事情を伝えた。村長は大あわてで村の男連中を集め、その日のうちに外道の家に向かった。


 唯一の生き残り、黒猫も救出された。


 かくして俺は迷宮の不思議な村ウルタールの事件が解決したのを見届け、眠りにつくのであった。

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