第12話『猫の村ウルタール』
表情こそ穏やかだが、よくみたらこの村長、かなりガタイが良い。顔には細かい古傷もあり、昔は腕の立つ冒険者であったのだろうことを想像させる顔立ちだ。
「それにしても猫が多いですね」
「はい。ウルタールの村の人間はみんな猫が好きなんです。疫病をはやらせるネズミを駆除してくれますし。それに、見ているだけで癒やされますからね」
「ですよね」
俺は少し食い気味で同意した。
「ですが……最近、ウルタール村に移住してきた老夫婦が……」
村長が何か言いづらそうにしている。
「どうされましたか?」
「その、……猫嫌いといいますか……その」
声のトーンが暗い。動物嫌いにも2種類あるらしい。動物が怖いから近寄らないタイプ、もう一つは嫌いだから殺してしまおうとするタイプだ。
前者はあくまでも個人の好みの問題で害がないので全く問題ないが、後者はタチが悪い。村長の表情や声のトーンから察するに後者のパターンなのだろう。
「くわしく聞かせてくれますか?」
「……実は、こういう事情なんですよ」
村長の話をかいつまんで話す。
この村に移住してきた老夫婦の猫に対する虐待があまりにも酷かったので、村の代表として村長が注意をしたそうだ。そうしたら、老夫婦は猫を捕まえて家の中に連れさるようになったというのだ。
老夫婦を説得しようとしても門前払いで全く話にならず、かといって証拠もないので、対応に困っているという話であった。
こんな平和そうな村ですら、面倒くさい人間はいるもんだ。
「状況はわかりました。私が訪ねてみましょう」
「いいのですか?」
「神に仕える司教です。信仰の能力値は40を超えております」
「40超えですか……それは、凄い!」
「まずは、私とステラで現地調査をした後に、場合によっては、ある程度は強引な手段を取るかもしれませんが、構いませんね?」
「はい、もちろんです。方法は司教様におまかせします。私が現役時代の時のように、あいつらを殺、……倒す力があれば、ご迷惑をかけることがなかったのですが……」
村長、冒険者の時は血の気が多かったとみた。
「冤罪の可能性はないと思って良いのですね?」
「はい、神に誓って」
「わかりました」
「何があっても今回の件の責任は私が取ります。ただ相手は非常に危険な相手です。そして、慎重な相手です。くれぐれもお気をつけて」
まぁ、神に仕えるうんぬんについては、口からでまかせだ。だが全部が全部嘘という事ではない。信仰が40超えているのは本当だし、司教なのは本当だ。
それに生命を軽んじる行為は教義にも反する行為。もっとも、残念ながら少額の罰金ていどの軽い刑だが。まずはそれで良い。まずは村から引き離すことが重要だ。
「偉大なる司教様がこのような村にいらっしゃったのは、きっと神のお導きに違いありません。神に感謝いたします」
「それにしても迷宮の中に村があるとは驚きました」
「この村は隠れ里なんですよ。アッシュさんもくれぐれもこの村については、冒険者の方には口外しないようにお願いします。すぐに広がっちゃいますので」
「ですね」
「はい。隠れ里とはいっても、月に数度は行商の方がいらっしゃいます。ですので完全な隠れ里ではありませんが、村の平穏のためご協力いただけますと幸いです」
「あ、はい。前人未到じゃないんですね。わかりました」
前人未到の地ではなかった。まあ、別に気にしてないけどね。ステラが俺を励ますためか背中をポンポンと軽く叩いている。
それにしてもあの商店、こんなところとも取引してんのか。商人の仕入れルート、あなどれんな。
「この村の特産品は蜂蜜酒とキャベツです。特産品を使った料理は、村の自慢ですので、滞在中にぜひ召し上がってください」
「それは楽しみです」
なるほど。道中でこの村では作ることができないような物が多く見かけたが、特産品を行商に卸すことで、物々交換しているのか。
「粗末な建物ですが、宿泊施設もあります。普段は行商人の方が使われているのですが、しばらくは誰も来る予定はありません。ご自由にお使いください」
「ありがたく使わせて頂きます」
村長と分かれ俺とステラは老夫婦の家へと向かう。
「にひひっ。偉大なる司教様だって! 出世したねっ」
ヒジでうりうりとわき腹を突かれた。
「口からでまかせだがな」
「でも、格好よかったよっ」
「ふむ?」
褒められると脳がフリーズし話を広げられないバグが発生する。うまい返しが思いつかない。キリッとした顔でごまかそう。
◇ ◇ ◇
夜になった。
あの後に、村長の言葉の話の裏を取るため、村人から聞き込みを行った。村人の証言を聞くにつれ、状況が村長の話より深刻な事態だと理解できた。
……あと、村人の証言のなかに気になる証言が一つあったのだが、……これは関係ないと思いたい。いずれにせよ急ぎで対応が必要な事態であることは理解できた。
「ひどいな。ゴミ屋敷だ」
「うわぁ、……鼻が曲がりそう」
まるでゴミ屋敷。そして、腐敗臭。ステラが家の周りを調べたところ、この家の周囲に動物の骨がたくさん見つかった。確かに危険な相手のようだ。
ドアをノックして家に入れてくれるような人間ではないのは、数々の証言から間違いがなさそうだ。ならば、強硬手段を使ってでも直接会いに行くしか無い。
「アッシュ。どうしよ?」
「忍び込もう」
「おぬしもわるよのー」
「まあな」
村長の合意があるとはいえ、グレーな行為だ。だが、決して信仰の道に背く行いではないはずだ。自分よりも弱い動物を殺す人間は、遠からず人にも危害を加える。
冒険者として悪行を見過ごす訳にはいかない。
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