第12話『ねこの村ウルタール』
俺たちの前に立つ村長と名乗る男は、穏やかな表情とは裏腹に、かなりガタイが良かった。
厚い胸板や太い腕は、農作業だけで作られるものではない。顔に刻まれた細かい古傷も、彼がかつては修羅場をくぐり抜けてきたであろうことを雄弁に物語っていた。
「それにしても、この村は猫が多いですね」
俺がそう言うと、村長は嬉しそうに目を細めた。……ねこはかわいい。ねこです。よろしくお願いします。
「はい。ウルタールの村の人間は、みんな猫が好きなんです。疫病を媒介するネズミを駆除してくれますし、何より……見ているだけで癒やされますからな」
「ですよね!」
俺はかなり食い気味に同意してしまった。
猫は正義。猫とは和解しなければならない。
「ですが……」
村長の表情が、ふと曇る。
「最近、このウルタール村に移住してきた老夫婦が……」
何かを言い淀むように、言葉を切った。
「どうされましたか?」
「その……猫嫌い、とでも言いますか……。いや、個人の好き嫌いならば、我々も何も言いません。ただ、あの夫婦は……」
声のトーンが暗く、重くなる。動物嫌いにも二種類あると聞く。動物が怖いから近寄らないタイプと、嫌いだから積極的に危害を加えようとするタイプだ。
前者は個人の好みの問題でしかないが、後者はタチが悪い。村長の表情や声のトーンから察するに、これは後者のパターンなのだろう。
「よろしければ、詳しく聞かせていただけますか?」
「……実は、こういう事情なんですよ」
村長の話を要約すると、こうだ。
この村に移住してきた老夫婦の猫に対する虐待があまりにも酷かったため、村の代表として村長が注意をした。
すると、老夫婦は表立って虐待することはやめたものの、今度は猫を捕まえては家の中に連れ去るようになったというのだ。
老夫婦を説得しようにも門前払いでまったく話にならず、かといって決定的な証拠もないため、村としても対応に困り果てている、という話であった。
(……こんな平和そうな村ですら、面倒な人間はいるものだな)
「状況はわかりました。私が一度、その老夫婦と話をしてみましょう」
「よろしいのですか? アッシュ殿」
「ええ。神に仕える司教として、見過ごすわけにはいきません。私の信仰の能力値は、40を超えておりますので」
「ななななんと! 信仰40超え……それは、素晴らしい! まさに大司教様だ!」
「……はい。まずは、私とステラで現地調査をします。その上で、場合によっては、ある程度強引な手段を取るかもしれませんが、構いませんね?」
「はい、もちろんです。方法は司教様におまかせします。……私が現役時代の時のように、あいつらを殺……いえ、倒す力があれば、ご迷惑をかけることがなかったのですが……」
村長は一瞬、冒険者時代の鋭い目つきになった。やはり、ただの好々爺ではないようだ。
「念のため確認しますが、冤罪の可能性はないと思って良いのですね?」
「はい、神に誓って。村の子供たちが、何度も目撃しております」
「わかりました。お任せください」
「何があっても今回の件の責任は私が取ります。ただ、相手は非常に危険な連中です。そして、慎重な相手でもあります。くれぐれもお気をつけて」
(まあ、神に仕えるうんぬんについては、半分は口からでまかせだが……)
俺は内心で独りごちる。
だが、生命を軽んじる行為は、司教として、いや、人として許しがたい。教義にも反する行為だ。
たとえ、この世界の法では少額の罰金程度の軽い刑罰だとしても、まずは村から引き離すことが重要だろう。
「偉大なる司教様がこのような村にいらっしゃったのは、きっと神のお導きに違いありません。神に感謝いたします」
「それにしても、迷宮の中にこれほどの村があるとは驚きました」
「この村は、いわば隠れ里のようなものですからな。アッシュも、くれぐれもこの村のことは、他の冒険者の方々には口外しないようにお願いします。すぐに噂が広がってしまいますので」
「承知しました」
「はい。隠れ里とはいっても、月に数度は行商の方がいらっしゃいます。ですので、完全に閉ざされた里ではありませんが、村の平穏のため、ご協力いただけますと幸いです」
「なるほど。それで物資を」
道中でこの村では作ることができないような物資をいくつか見かけたが、特産品を行商に卸すことで、物々交換しているのか。たくましいことだ。
「この村の特産品は蜂蜜酒とキャベツです。特産品を使った料理は、村の自慢ですので、滞在中にぜひ召し上がってください」
「それは楽しみです」
「粗末な建物ですが、宿泊施設もあります。普段は行商人の方が使われているのですが、しばらくは誰も来る予定はありません。ご自由にお使いください」
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
村長と別れ、俺とステラは、問題の老夫婦の家へと向かうことにした。
「にひひっ。偉大なる司教様だって! アッシュ、すっかり出世したねっ」
ステラが、ヒジで俺のわき腹をうりうりと突いてくる。
「口からでまかせだがな」
「ううん、でも、すごく格好よかったよっ」
「ふむ?」
褒められると、どう返していいか分からず、脳がフリーズする。俺にはそういうバグがあるらしい。とりあえず、キリッとした顔でごまかしておくことにした。
* * *
夜になった。
俺たちは、村長の言葉の裏付けを取るため、他の村人たちからも聞き込みを行った。村人たちの証言を聞くにつれ、状況が村長の懸念以上に深刻な事態だと理解できた。
……あと、村人の証言の中に、いくつか気になる点があったのだが……それは一旦、置いておこう。いずれにせよ、急ぎで対応が必要な事態であることは間違いない。
そして、俺たちは問題の家の前に立っていた。
「ひどいな。これは……」
「うわぁ……鼻が曲がりそうだよ……」
家というより、もはやゴミ屋敷だ。そして、家の周囲には強烈な腐敗臭が漂っている。
ステラが家の周りを調べたところ、動物のものと思われる骨がいくつも見つかった。確かに、村長の言う通り、危険な相手のようだ。
ドアをノックして、素直に家に入れてくれるような人間ではないのは、数々の証言から明らかだ。ならば、こちらも相応の手段を取るまで。
「ステラ、準備はいいか」
「うん。いつでもいけるよ」
俺たちは、夜の闇に紛れて、邪悪が潜む家への潜入を開始した。
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