第9話『玄室を攻略しよう』
ここはいつもの馬小屋だ。
「ステラ。準備はいいか?」
「まって! 回復薬、毒消し、紙と筆記用具」
ステラが道具を指差し確認している。
「うん! 大丈夫だよーっ」
「昨日、酒場で話した通り玄室に挑戦する。いけそうか?」
「だいじょーぶ! 宝箱は私におまかせだよっ」
「よし、行くぞ」
俺たちは迷宮に向かった。
◇ ◇ ◇
「ふふーん。やっと私の出番だねー!」
ここは迷宮の通路。ステラがいつになくはりきっている。
迷宮には、玄室(げんしつ)と呼ばれる不思議な部屋がある。一言で説明すると、魔獣を倒すと宝箱が現れる部屋のことだ。
玄室に一歩でも足を踏み入れると、どこからともなく魔獣が現れるのだ。そして、倒すまでは部屋から出られない。そんな部屋だ。
「開錠道具は忘れてないか?」
「えーっと……あらら、どこにしまったっけー」
「よし、引き返すぞ」
「うそうそ、冗談! ちゃーんと持ってきてるよ、ほら!」
ステラは開錠道具の納められたサイドポシェットを指差す。まあ、持ってきているとは信じていた。
ステラは大ざっぱなようでいて割と慎重なところがある。それがステラだ。普段から開錠用の道具の手入れも怠らない。
「アッシュ、天井にスライム。よけて!」
天井から落下するスライムを避ける。
「ふん!」
俺はスライムに浮かんでいる核を狙いメイスを振るう。核が砕けた。スライムの形状を維持するために必要な核が壊れたことで、スライムは水のように溶け広がる。
「ねーねーアッシュ」
「ん、どうした」
「ひとつ質問していい?」
「いいぞ」
「スライムどもはみなごろしだ! は、しないの?」
「はい」
「なんでー?! ゴブリンのときはあんなにキメ顔で言ってたのに」
ステラ、今めっちゃいい顔してるな? ステラにうりうりとわき腹をヒジで突かれた。俺も負けてはいられない。こういときは、伝家の宝刀を抜く。
「記憶にございません」
迷宮内で冗談が言える余裕があるのは良いことだ。
ある程度肩の力が抜けていないと、臨機応変な対応ができなくなる。俺とステラは意味のない軽口を言いあいながら目的地の玄室に向かう。
1階層ということもあるが、ステラの気配探知スキルがあれば不意打ちを食らうこともなく、安定した探索ができる。
前衛の俺はメイスで魔獣を蹴散らしながら玄室に向かう。
「ついたな」
「ここが玄室。なんか、緊張するね? てへへっ」
「だな」
ステラが宝箱の開錠道具を指差し確認している。しばらくした後に、小さくコクリと頷いていた。準備オッケーという意味だろう。
「準備は良いか? あけるぞ」
「うん。大丈夫だよっ!」
玄室に踏み入る。
石造りの扉が閉まる。
部屋の中は完全な暗闇。
「ステラ、魔獣の気配を教えて欲しい」
「前方から3体。足音から、人形の魔獣みたい。大きいよ!」
「了解だ。〈ハードニング〉」
メイスに硬化の魔法を付与する。メイスの耐久力が上がるだけではなく、純粋に鈍器としての破壊力も向上する。
ドスンドスンという足音が近づいてきている。あともう少し引きつけたらまずは目潰しをくらわしてやる。
「そこだ!〈ライト〉」
ライト、10メートル四方を照らす低位の信仰系魔法だ。ライトが、魔獣の姿を映し出す。この玄室の敵は4体のオークだ。
「ウガァオォオンッ!?」
魔法の光で目がやられて目を手で覆っている。スキありだ。俺はオークと距離を詰め、メイスによる一撃。
「まずは一匹」
うしろに控えていたオークが棍棒を振り下ろす。あえて避けずに、メイスで受け、そして、そのまま力で押し返す。筋力22はダテじゃない!
押し返されてオークがひるんだところに追い打ち。メイスで頭部を破壊。2匹。
「気をつけて! 今度は左右から挟み撃ちにしようとしてるっ!」
「了解。おらっ!」
左側のオークの腹を蹴りで吹っとばす。もう一体はメイスで頭部を破壊。蹴りで倒したオークにトドメの一撃。
「オークどもはみなごろしだ! アッシュはキメ顔でそう言った」
「てい」
ステラの頭にストンとチョップ。
「てへへっ」
舌をだしてごまかしている。てへへじゃないが。
「あ、宝箱が出てきたよ」
いつのまにか宝箱が現れていた。まるで元からソコにあったかのように。
「ステラ、あそこに宝箱なんてあったっか?」
「なかったね。宝箱っていつの間にか現れてるんだよね。不思議だねー」
「だな」
もし幻影のたぐいなら、ステラが見逃すはずがない。ステラですら目の前に宝箱が突然あらわれたと言うのだから、つまりは、そういうことなのだろう。
迷宮ではこのような不可解な現象が起こる。迷宮はそれ自体が魔法のような物だと聞いたことがある。黄金の英雄亭の酔っ払いの与太話だから信憑性は謎だが。
「次は私の番だね。その宝箱開けるよー!」
「無理すんなよ。危なそうな時は引くのも勇気だ」
トラップ解除にミスっても体力が19もあれば、即死は避けられる。ステラは開錠のプロだ。幸運と速さも35。成功する確率は高いが、絶対ではない。
何かあった時のために対策をしておくに越したことはない。最初に体力にボーナスポイントを使わせたのはそれが一番の理由だ。
「まずはっ、トラップの解除からだね!」
ステラは宝箱に近づくと注意深く観察し、トラップの種類を見極め、解除していく。複数仕掛けられていたトラップを全て解除していく。
ずいぶんと難易度の高い宝箱のようだ。ステラは額から汗を流しながら作業を続けている。相当な集中力で作業していることが伝わってくる。
「はぁ……はぁ……この子、なーかなか、手強いっ」
ステラはサイドポシェットから開錠道具を取り出し、宝箱の鍵穴をカチャカチャといじくり回している。俺ができることは、邪魔しないように黙って見守るだけだ。
「っと、……成功っ!」
ガチャリと宝箱が開く。
「さすがステラ。やるな」
「アッシュもね!」
おたがいの検討を称えるためにハイタッチ。ステラはポークル族で背が小さいから、軽くピョンと跳ねる感じ。
実際ステラのトラップ解除と、宝箱の開錠はみごとな腕前だった。職人芸、芸術と言っても良い。いままで見たなかで一番あざやかな技術だった。
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